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とりあえず平和な日常をくれ!  作者: ネームレス
月島雪音との日常
84/248

83.先輩のために

「…………」


 夢なら覚めてください。切実に。

 その前にこれが現実である可能性を否定したい。


「お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん……」


「……何やってんすか、九陰先輩」


 人を急に襲う荒っぽさ。お腹が空いたらしつこく要求する子どもっぽさ。無表情だけど責任感の高いリーダー気質。俺のために限界突破(リミットアウト)という奥の手を使ってくれた優しさ。

 短い付き合いではあるが、九陰先輩の人物像はそれなりに把握しているはずだった。

 だが、晶と焔が告白旋風に巻き込まれ、木崎双子もいず、久しぶりというか偶然というか気まぐれというか、とにかく一人で帰ってきた今日。

 ……道端で九陰先輩が倒れていた。


 ・・・

 ・・

 ・


「……ごめん」


「別に」


 現在、九陰先輩をおんぶして運んでいる俺。九陰先輩は小柄なためとても軽いのだが、装備が充実してたため意外と重かった(小太刀二刀を筆頭に、鎖、ワイヤー、縄、手錠、ペイント弾数個、メリケンサックetcetc……。いったいどこに隠し持ってるのか)。


「というか、何であそこで倒れてたんすか」


「……お昼、食べてなかった」


「…………へ?」


 九陰先輩が食べなかった? あの食い意地張ってる九陰先輩が?

 ……想像以上に重症だぞ、これは。


「……お姉ちゃん」


「…………」


 原因は、十中八九お姉ちゃん……マキナ・チャーチのダークこと“黒木八陽”、なんだろうな。

 今思えば、俺はアパートの住人のこと、何一つ知らないのだ。さっき人物像はそれなりに把握しているとか言ったが、それがその人の本心なのか? と聞かれたら、俺にはわからない。

 輝雪がいい例だ。キャラを何個も持ち、相手によって使い分ける。どれが本当の輝雪かなど、全くわからない。……少なくとも、烈に言い返してくれた時は本当の輝雪であったほしい。

 和也の気配を探す技術や逆に隠す技術も、どういう環境で手に入ったのか。魔狩り……だけではない気がする。

 刀夜や舞さん、冷華さんだって、俺はその表面しか知らないのだ。舞さん、冷華さんに至ってはパートナー猫にその属性、武器という魔狩り関連の事ですら、俺は知らないのだ。

 そして九陰先輩に姉がいることも、あの時初めて知ったのだ。

 もしかしたら刀夜や舞さんにも兄弟姉妹がいるのかもしれない。いないかもしれない。

 好きなもの嫌いなもの得意なこと苦手なこと趣味やら何やら、同じアパートに住んでいて、俺は一切知らないのだ。


「……お姉ちゃん」


 俺はどうすればいいのか。

 その答えがあるのなら、教えて欲しかった。


 ・・・

 ・・

 ・


「ただいまーっす」


「あら? おかえり紅くん」


「帰ってたのか、輝雪」


 最近は会う時間の減少で、こういうどうってこともない時間が少し嬉しい……って、


「どうした輝雪」


「……襲った?」


 爆弾をぶち込んできた。


「襲ってない!!」


「ふ〜ん……あっそ。まあいいわ。だいたい予想もつくしね」


「じゃあ何故聞いた」


「ここで普通な対応したら私のアイデンティティが失われるからよ!!」


「無駄な説得力!?」


「ん? 紅いたのか」


「おお。和也もうたの」


「襲ったのか?」


「か。って、お前ら二人は何なんだ!!」


 普段の倍疲れる。なぜだ。


「ああもう。九陰先輩を部屋に寝かしてくる。そんでちょっと聞きたいことがある」


「はいはい。じゃ、居間にいるわね」


「了解」


 そして一旦別れた。場が急に静まる。

 その場に突っ立ってってもどうにもならんので、さっさと移動を開始する。

 普段、意識する事の無い階段のギシギシとする音。風の通る音。壁の色。他にもいろいろな事がクリアに頭の中に入ってくる。

 二人なのにただ話すでも無く歩いているという状況が、そういう環境を作っているのだろうか?


「……紅」


 ふと、九陰先輩が言った。


「なんだ」


「行かないで。何処にも、行かないで」


「…………」


「輝雪も、和也も、刀夜も、舞さんも、晶も、焔も、他のみんなも、何処にも、行かないで」


「九陰、先輩」


 嗚咽が混じっていた。

 何も知らない。ある意味普通だ。

 相手の過去や家族構成、好み好き嫌いなど、大きい事から小さい事まで何でも知っている人というのは、そういないはずだ。友達でさえ、全部知っているわけでもない。

 だから、会ってまだ数ヶ月の俺と九陰先輩が、いくら魔狩りで俺のお目付役という事で一緒にいる事が多くても、特殊な関係でも、相手の事を何も知らないのはある意味普通だ。俺だって、自分の事は何一つ話していないのだ。

 でも、今だけは、都合良くも、図々しくも、思ってしまうのだ。

 もっと知っておけばよかった、と。

 この普通な状況が、憎かった。


 ・・・

 ・・

 ・


 九陰先輩を部屋に寝かせ、俺はすぐに居間に移動する。

 でなければ、すぐにでも聞いてしまいそうだった。

 あの黒木八陽とは何があったのか、と。

 流石の俺でも、この質問が地雷なのはわかる。

 まあ、だからこそ木崎双子を呼んだのだが。


「待たせたな」


「大丈夫よ。そんなに経ってないから。今は少し余裕あるしね」


「で、用件は?」


「……九陰先輩の家庭について」


「……成る程。まあ、あんな状態だもの。気になるのはしょうがないわ」


「ああ。それに、思い上がりだとしても、どうにかしたいんだ」


「それはなぜ? 別に九陰先輩はあなたの日常に入れたの?」


「そう簡単に入れねえよ」


「へえ……それにしては随分と安請け合いしてるわね」


 この双子は、一緒の時に話す時、主に輝雪が喋る。だが、それは性格上の話ではない。それは……試している時だ。

 でも、だからどうしたって事だけどな。俺には、正直に話すしか道は無い。


「別に安請け合いはしていない」


「そうは思えないわね」


「してないさ。何故なら俺のやっていることはただの……恩返しだ」


 風紀委員で、魔狩りで、短い期間でもお世話になった。


「でも、九陰先輩はどちらかと言うと迷惑かけてない?弁当とか」


「そんなの、苦労のうちには入らねえよ。迷惑のめの字もねえ」


 同じアパートで、楽しいひと時を過ごした。


「恩と言っても、あなた、何だかんだで大抵のこと一人でどうにかしてるじゃない」


「そうか? でもさ」


 そんな先輩が、落ち込んでいる。


「俺は、目の前で困っている奴をほっとけねえんだ」


 だったら、俺は自己満足のために動くんだ。

 先輩を元気付けたい。その一心で。


「……なーんか、結局そこに落ち着くのね」


「ゔ……」


「恩返しとか迷惑じゃないとか散々言って、最後は目の前で困っている奴をほっとけないって、話が全く繋がってないし」


「い、いいだろ!」


「いいんじゃないか」


「か、和也?」


「お前らしいとも言える。少なくとも、変な正義感持ってる奴よりマシだな」


「お、おう……」


「だが、一つだけ聞くぞ紅」


「何だよ」


「お前は自分の恩人と、自分の日常にいる人間、どっちも窮地に達している時、お前はどっちを助ける?」


 これは、どういう事だ?

 九陰先輩と、晶、焔の事か?

 …………。


「日常に入れている人間だ」


 きっと、正義の味方なら両方救えるんだろうが、俺にはそんな力は無い。


「そうか」


 だが、こんな答えにも何処か納得した様子の和也。結局何だったんだ?


「時間を取らせたな紅。済まない」


「いや、別にいいんだが」


「いや、本当に済まない」


「ん?」


「さっきから偉そうな事を言ってたが、俺たちも九陰先輩……黒木家については何も知らないんだ」


「……はああああああああ!?」


「ごめんね☆」


「「ごめんね☆」じゃねえ! いや、すっごく緊張したよ!? もしかしたら普通は聞かせちゃダメな秘密があるみたいな事かと思ったぞ!?」


「いや、まあしょうがない。魔狩りの暗黙の了解なんだ」


「ど、どういう事だよ」


「……昔、将来有望な魔狩りがいたらしい。家族とも仲が良く、さらには信頼できるパートナーがいたらしい。だが、将来は絶対強くなれることが約束されていた、と言えば大袈裟かもしれんが、そのぐらい期待されていたそいつも、最初はまだ弱い。経験が無いからな。そいつがどうなったかと言うと、まだ未熟な時に(ジェネラル)と対峙して、死んだんだ。そいつのパートナーは酷く悲しみ、更には自分のせいだと言い始めた。自分がもっと上手くフォロー出来れば、とな。そのパートナーは家族の方へ行き、自分のせいで死んだ、と馬鹿正直に言ったんだ。そしたらどうなったと思う?魔獣に向いてた憎しみが、そのパートナーにも矛先を向けた。結果、パートナーもその家族に“殺された”。それ以来、相手の家への干渉はできる限り避けるのが暗黙の了解として成り立った」


「まあ、大袈裟に解釈されている事もあるけど、あまり魔狩りの人間の家に干渉するなっていうのは実際にあるのよ、空気として。ついでに、刀夜、舞さん、冷華さんも知らないわ」


「……本人に聞く他無いってことか。でもそれって


「地雷、よねえ」


 結局振り出しに戻るわけか。


「それでだ、紅。頼みがある」


「いやいや、頼みがあるってどう考えても俺のセリフ」


「九陰先輩をお前の日常とやらに入れてやってくれないか?」


「……はい?」


「日常の人間を優先して守るお前こそ適任だと思うがな」


「いやいやだからって」


「わかっている。お前にとってそれが特殊な意味を持つことも。だからこそ、“お願い”だ。紅、頼む」


 和也はかなり真剣だ。雰囲気でわかる。

 だからこそ、流されて答えるわけにはいかない。

 俺は、九陰先輩の為に、動けるか?

 答えは……。


「……ありがとよ。教えてくれて。とりあえず、後こっちでやっとくわ」


「紅くん?」


 俺は和也に答えを出さず、九陰先輩の元へと行く。

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