80.月の巫女
『どうしました!?』
声が聞こえる。だが、そんなものは耳に入らない。
「紅!紅!!」
『ちょっと、落ち着いてください!』
状況が整理出来ない。思考が回らない。視界が狭まる。動機が早くなる。もう、どうにも
『聞いてください!!!』
その声に、はっ!と我に戻る。
「お、お前は?」
『紅の契約猫パズズ。兎に角状況を教えてください!』
「か、雷が紅に……」
『……大丈夫です。まだ生きてます。契約が解けてないのが証拠です』
「本当か!?」
だが、うかうかしてられない。
“まだ”生きてます、なのだ。
どうするどうするどうする!?
ああ、紅が死ぬのか?
させてたまるか!
貴様は、
「俺が殺らんといけんのだ!」
こいつを倒せるのは、倒していいのは俺だけだ!!
他の誰にも、その役目は譲らん!!
脈を確認、心臓が動いてるか確認、呼吸してるか確認。
全部大丈夫。まだ生きてる。
なら、まだ治せるはずだ。
こいつを背負い、兎に角もといた場所まで戻る。
「うぉっ!」
足がガクンといき、自分の体にもガタがきていることに気付く。
くっ、ここで主人公なら限界の一つや二つ突破して走れるというのに!!
あまりにもゆっくりとしか動けない現実的な自分の体を恨めしく思いながら、必死に走る。まだ俺はこいつを超えていないのだ。くたばられては困る。
だが、唯一の懸念材料がある。
“雷”。
どうとっても人為的なものだ。もし紅が契約解除してなければ確実に死んでいただろう。
それに、俺の視覚、聴覚が無事な事から相手は威力を挑戦できる。
今だって、どこからか監視しているのだ。
「くそ、もっと早く走れんのか!!」
自分の体に文句を言いながらも、ここを離れる。
一刻も早く、離れなければ!
『上です!』
「っ!?」
上から落ちてくるのは巨大な“氷”。雹をも遥かに凌ぐ大きさだ。こんなもの、もし頭上に落ちたら即死だ。
そんな氷が、俺の前を塞ぐように落ちる。
足止めか!?まさか、雷の奴か!?
その予想を正解だと言わんばかりに、頭上に影がおり、目の前に二人の人間が降りてくる。
そして、片方は知っている顔だった。
「お、お前は!?」
そいつは……俺を誘った女だ。そう、名前は……
「八陽!」
エクス・ギアを俺に渡し、力をくれた女だ。
「貴様……」
「おいダーク。何を本名教えてるんだ」
「あのねえ。ダークなんて組織内のトップ八柱会メンバーにしか付けられない中二くさい名前を言って、話聞くと思う?」
「…無いな」
「あと、力を望んだのは君だから私を恨むのはお門違いよ」
「ふん、そんな事で怒ってなどいない。俺は俺の力で超えると決めたからな。誰に何と言われようと。俺が起こっているのは二つ、エクス・ギアの暴走の機能……そして疲弊していた紅を攻撃したことだ!!」
力を望んだのは俺自身。本音を言えばもう一度欲しい。……凄く。
暴走も怒っているというだけで重要視はしていない。
だが、最後の紅の事に関しては許せん。
「紅の事は俺に任せるとお前は言ったはずだ!」
「……まあ、そうね。約束は破ることになるわね」
「っ!貴様!!」
「だからこそ、今私たちが言いたいこと、わかるわよね?」
その瞬間。空気が重く、冷たく、鋭くなり、恐怖という感情が体を支配し動けなくする。
……殺気。
「紅紅を明け渡しなさい」
有無を許さぬ“命令”。
逆らえば殺すというセリフは、言ってなくとも後についてることがわかる。
……だが、正義になると誓った俺に、そんな脅しが通用するとでも?
「どうぞ!!」
『ちょっとおおおお!?』
「じょ、冗談だ冗談!!」
い、今のはびびった訳ではない!!作戦だ!!時間稼ぎだ!!
「わ、わわわ渡すわけが無いだろう!!」
う、裏返ってなどいないからな!!
「ふーん、そう。ウェザー」
「はいはい。一応、僕の方が上の筈なんだけど、ね!!」
「っ!!」
黒雲が一瞬でひしめき合い、ゴロゴロと雷がなる。
……やばい。
そう直感した俺は、ただただ走る。
どうしようもないとわかっている。
だが、諦めるわけにはいかなかった。
例え、たった数秒の抵抗でも、俺は、正義の味方は!
「諦めるわけには、いかないんだああああああああ!!!」
光が空間を埋めつくし、音が空気を震わした。
*
「殺った?」
「どうだろうね。一瞬邪魔が入った」
「あんたがダラダラやってるから」
「酷いね。でも、この状況で邪魔してくると言えば誰だろうね」
「……“月の巫女”」
「はぁ、やはりそうなるか」
「追わなくていいの?彼女は時の迷子以上に危険な存在でしょ?」
「それもそうだけど、さっきの雷のおかげで何処に行ったか全くで」
「…………」
「いでででで!痛い!痛いよダーク!!」
「大丈夫かしら、この先」
「いいんじゃない?マキナ様は言ってたろ。『予想が外れたら、それはそれで面白い』と」
「全く、ゲーム感覚ね」
「暇を有効活用してるのさ。なんたって、神様なんだから」
*
……死んだのか?
……風の音が聞こえる。熱も、地面、匂い、心臓の鼓動……。
生きている?
だが、どうやって。
そこで、自分がようやく目を瞑っている事に気付く。どこまで余裕が無かったのか。瞑ってる事に気付かないとは。
「大丈夫ですか?」
聞こえるのは女の声。若い。
俺はゆっくりと目を開ける。
そこには……
「……ぁ、ぁぁぁああああ!?」
あり得ない。
あり得るはずがない。
何で、何で“由姫”が!?
由姫 (?)が俺の顔を見ると少し笑い、少し悲しそうに言った。
「すいません。私はあなたの妹、陽桜由姫ではありません。私は、“月島雪音”です」
後に、俺とではなく紅とではあるが、大きく巨大な運命という“敵”に歯向かう一本の矢。
そして、由姫と瓜二つの容姿を持つ女。
月島雪音。
これが、その女との邂逅であった。




