79.手のひらの上
……ここは、どこだ。
暗くて、何処までも先が見えない。それでいて、俺の姿は見える。まるで宇宙にでも投げ出されたかのようだ。
光はあるのに背景が360度全方位真っ黒という、気味の悪い空間だ。
……俺は何故、ここにいるんだ?
……思い出せない。
思い出そうとしても、思考出来ない。体に力が入らない。
……もういい。何も考えなくても、ここにいれば、どうせ何も関係無い。
この空間に身を任せればいい。
もう俺には、生きる理由さえも……
『なら、いつでも来いよ。お前が正義である限り、俺はお前の悪となる。悪が強ければ強いほど、正義は輝くんだ。俺はいつでもお前の闇になってやる』
……違う。
生きる理由なら、ある。自分で、あいつに向けて、言ったんだ。
『……俺は正義であり続ける。俺は俺の正義を証明する。いつか、お前の正義を飲み込めるぐらい、貴様の存在意義を消してやるぐらいに……』
そう言ったんだ。
あいつに宣言したんだ。
……あいつって、誰だ?
……あぁ、また思い出せない。
俺の敵で、悪で、正義で、……そして目標で、超えると誓った……相手。
妹が、よく話してた。友達のお兄ちゃんで、強くて、優しくて。
大人気ないと思いつつも、いつも人を惹きつける魅力を持ったあいつに嫉妬して、妹を殺したと知った時、怒りよりも悲しさがあって……。
ああ、あと少し、あと少しで思い出せるのに。
あと、もう少しで……
「突風の一撃!」
・・・
・・
・
「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」
「うわあ!?まだ鬼化から元に戻ってねえのか!?」
「貴様あ!!今凄く重要な感じの場面だったんだぞ!?」
「あ、元に戻ってら。って何だよその言い草は!せっかく元に戻してやったのに!!」
「知るか!!貴様!どこの世界に暴走状態から精神世界で重要なことを思い出そうとしてる人間を(物理)が付きそうなやり方で起こすんだ!」
「暴走してた自覚はあるのかよ!?というかそっちの事情なんか知るか!!こっちもいっぱいいっぱいなんだよ!!」
「んなもん無いわ!!だいたいクレナイコウ!貴様はいつもいつ……も……」
……あ。
俺は今なんて呼んだ?
「無えのかよ!?……て、どうした?」
「貴様……クレナイコウか?」
「あ、ああ。紅紅だ」
「……は、ははは。そうか。クレナイ、紅……コウ、紅……フフフ」
「お、おい。頭でもぶつけたのか?気持ち悪いぞ?」
「いや、何でもない」
……ああ、やっぱり。
「貴様を見てると憎しみが湧くな」
「だったら見るなああああああああああああ!!」
「いやいや、しばらく見てる」
「何でだよ!?憎しみ湧くんだよなあ!?」
「ああ、今にも殺したいぐらいだ」
「なんなのお前?やっぱ頭でも打ったのか?怖えよ!逆に不気味だよ!!何でもいいから元に戻ってください!!」
その後もしばらく言い合いを続けていた。
怒りも憎しみも、そして悲しみもある。
だが今は、わからない問題の答えがわかったような、そんな清々しさがあった。
・・・
・・
・
「で、どうやって出るんだ」
「いや知らん。普段はどう出るんだ?」
お互いが落ち着いたのち、ここエルボスよりどう出るかを話し合う。
…いつの間にか俺は装備が解けていたがな。
「ん?……ああ、普段は魔獣を倒した後自分が転移した場所まで行って後は感覚」
「曖昧だな……。で、俺たちの最初の戦場は?」
「ああ。あっち」
そう言って、紅が指差す方向を見る。
………………。
「この地面の跡が通ってきたルートという解釈でいいのか?」
「ああ、そうだ」
「……遠すぎだバカ!!」
いったいどれだけダッシュしたんだこいつは!?
逆にどんな速度でダッシュしたんだこいつは!?
「いや、まあ、高速ならぬ紅速〜。なんちって」
「……行くぞ」
こいつには付き合ってられん。
「ああいいぞ。だが問題がある」
「問題?」
「俺が歩けん」
「……は?」
「ダッシュする時にお前から貰ったダメージでガタガタの体に鞭打ってまだ制御出来てない大量の風を使ったから、体がもう動かん。立てん」
「…………」
俺のやったことで俺を元に戻すためだと思うと、強くは言えない。
いくら憎くても、俺の正義に反する。
「お前の猫はどうした」
「ああ、寝ちまった」
「そうか。……しょうがない。肩かしてやる」
「…………」
「どうした」
「あ、いや。サンキュー」
どうしたというのだ?変な奴め。
「はぁ、こっから長い道のりだな」
「別にいいだろ。これだって全て、現実じゃすべて千分の一……数分、いや数秒の出来事だ」
「マジかー」
そういうやり取りをしながら無理矢理に紅を立たせてやる。
貴様を倒すのは俺だ。くたばってもらっちゃ困る。
……絶対に。
*
「ウェザー」
「ああ。わかってる。まさかあの状況をひっくり返すとはね」
「そうね。何処までがマキナ様の読み通りかしら」
「さあね。ただ一つ言えることは……何処までも読み通り、だろうね」
*
「っ!離れろ!烈!」
「うわっ!?」
突然、紅が風で俺を吹き飛ばす。
貴様!恩を仇で返すつもりか!?
と、思考できたのはそこまでだった。
突如、赤黒い空から“雷”が落ちる。
視覚は光、聴覚は音で全てが埋め尽くされ、思考が止まった。
どれだけ経ったかなどわからない。
ただ、目を開ければそこにあるのは……黒く焦げた紅の姿だった。
「……うわあああああああああああああああああ!!!」
自分が受ければ死んでいた。
そもそも網膜や鼓膜が無事な事事態が奇跡だった。
そんな一撃を、紅は俺を庇い受けた。
ただただ。目の前の光景に絶望した。




