76.鬼
「来いよ三流…お前の怒りも恨みも憎しみも悲しみも、覚悟の無えお前に代わって俺が背負ってやるよ!」
言葉じゃ伝わらない事もあると、誰かが言った。
だけど、言葉で伝えなければならない事もある。
あの事件には、裏も表も無いのだ。
実は家族に伝えるわけにはいかない秘密があるとか、死んだ理由は他にあるとか、そんな物語は由姫の死には無い。
俺が殺した。それだけだ。
だから、俺は奴の全ての負の環状を背負わなければならない。
体で、言葉で、全てを受け止めなければならない。
それが俺の、正義であり悪である俺の責任だから。
「ううううううるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!お前程度の存在が、背負う?俺の感情をか?…ははは、ふざけるのも大概にしろおおおおおおお!!」
水が圧倒的な水量で俺を襲う。全てを潰し、破壊する。
俺はそれを避けるしかなかった。避けなければならなかった。だが、俺は決めてしまっていた。
受け止める、と。
「うおおおおおおお!」
両手に風を纏わせ、突風の一撃を使い、水を散らす。
だが、極太のレーザーに似たそれは、ちょっとした風の揺らぎでは止められない。
…ダメか!
「うわあああ!?」
圧倒的な力の差により、俺は上空へと吹き飛ばされる。
そこに、烈が追撃を仕掛ける。
「言葉だけは達者だな紅紅!この程度も受け止められんか!」
「そんなお前こそ、本当に俺を殺せるのか!」
「なに!?」
「俺はお前ほどいい奴なんて見たことねえよ!見ず知らずの他人助けて、最良の選択をして!妹のために医者になろうとして!だからこそ許せねえ!久しぶりの再開の時、お前は俺を止めた!無闇に殴るなとも言ったな!自分は散々俺を殺すって言ったくせにな!」
「だ、黙れ黙れ黙れ!俺は、俺の正義は、お前の正義を否定する為にある!…そうだ。俺は、お前の正義を…」
記憶が、頭が、魂が、全力で訴えてきた。
これ以上は危険だ、と。
「否定だ。否定してやる」
『否定だ。否定してやる』
記憶と現実がまた重なった。
最後は、たしか…
『お前の正義、壊してやる』
だったはずだ。
それをあいつが言った時、どうなるのか。嫌な予感がする。
流れを変えなければならない。だが、俺に出来る事は限られている。
言葉を紡ぎ、行動することだけだ。
「…やってみろよ。やれるもんならなあああああ!」
「くぅっ!?」
烈を弾き、今度はこっちが追撃を仕掛ける。休む暇など与えない。
…今度は、こっちの番だ!
「俺の正義は俺だけの正義じゃねえ!晶、焔、蒼、そして由姫が!俺の正義なんだ!お前みたいに空っぽの、独りよがりな正義なんかに、否定なんか出来ねえよ!!」
「由姫が、貴様の正義を認めるか!由姫はお前に殺されたんだ!そこに由姫の名前を入れるなああああああ!」
「黙れ三流!借り物の力に天狗でなって、無闇に拳を振るうお前に、正義は無い!」
相手の大剣を払う。そこに、大きな隙が出来た。
…ここだ!
「これで…落ちろ!!突風の一撃!!」
俺の全てを乗せた一撃が、奴の腹にクリーンヒットする。烈は拳の威力と重力に逆らうことが出来ず、一瞬で地面へとぶつかった。
その後、俺もすぐに地面へと着いた。
「はぁ…はぁ…何か言う事はあるか」
「…俺は、認めん。お前だけは」
「なら、いつでも来いよ。お前が正義である限り、俺はお前の悪となる。悪が強ければ強いほど、正義は輝くんだ。俺はいつでもお前の闇になってやる」
「…貴様」
「だから、この力だけはやめろ。元々、お前は誰かを殺せねえ。一度でも医者を、妹のために医者を目指した奴が本当の人殺しになんかなれねんだ」
「…俺は正義であり続ける。俺は俺の正義を証明する。いつか、お前の正義を飲み込めるぐらい、貴様の存在意義を消してやるぐらいに…」
「ああ、なれるもんならな」
「…許したわけでは無い。…だが、いろいろ吐き出して少しスッキリしたな。…だが、次はない」
「…そうかよ」
全てがハッピーエンドでは無かった。
だが、俺みたいな奴には恵まれ過ぎなエンディングだ。
心の中で、深く安堵した。
*
「ま、そうは問屋が卸さない、ね」
「そういうことだ。ダーク、エクス・ギアの第二段階の実験だ」
「了解。第二段階…どこまで耐えれるかしら」
*
「ぐ!?がああああああああああああ!!」
「っ!?」
どういうことだ!急に烈が苦しみ始め…。
『こ、これは!』
「パズズ、わかんのか!」
その瞬間だった。
烈の体から、闇が放出した。
「ァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イ憎イイイイイ!!」
「烈!おいしっかりしろ!」
『ダメです紅!これは…』
「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
『“鬼化”です!!』
「なん…で…」
ギュッと目を瞑る。網膜の裏には、“鬼化した烈と戦う俺が”映し出されていた。
これは、運命だとでも言うのか?抗えないのか?
ここには俺と烈の二人。元に戻す方法などわからない。
どちらかが死ぬまで続く死闘。
「何でだよ!!」
俺はただ、そう叫ぶしかなかった。




