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75.矛盾した正義

 人は罪を犯す。

 生きていれば必ず犯す。

 例え…罪に問われない罪だとしても、自分の起こしてしまった事に悲しむ者がいるのなら、それは罪だ。

 いや、もっと簡単なのかもしれない。

 虫を簡単に殺す。

 異端者を疎外する。

 地を進めば植物を踏みつけ、呼吸をすれば空気が汚れ、自然を壊し街を作る。

 身近で誰もが普通と思っている、見逃している、罪に問われない罪。

 …なら、人を、由姫を殺したという罪が清算されるのは、いつなのだろう。

 その答えは、誰も知らない。


 *


「…殺す?冗談。お前にそんな力あんのかよ」


「言われなくてもわかってる。だが同時に気づいてるだろう?お前は日常的にここで戦っているのだからな!」


 …こいつ、やっぱり知ってる!

 だが、どうやって。ここは魔獣が出なきゃ入れないはず…。

 …いや、あるだろ。大前提を既にぶっ壊してる所が。転移した場所に行かなければ元の世界に戻れないという大前提を、エクス・ギアっていう胡散臭いのを使って脱出した、あの組織。


「…マキナ・チャーチか」


「ご名答!…なら、俺の“力”も、わかるよなあ紅紅!!」


「っ!パズズ!」


「我が契約者紅紅に大いなる風の加護を与えよ!」


「来い、ポントス!」


 その場に暴風と水流が吹き、流れ、荒れ狂う。


「水か!?」


「いえ、ポントスは“海”です!」


「先手必殺!」


 水流は天高く巻き上がり、大津波となってこの身に降りかかる。


「…まさか津波に襲われるとは、思っても見なかったよ!暴風(ストーム)一撃(・ブラスト)!」


 だが、俺も負けてはいられない。

 風の砲弾が津波に穴を穿つ。


「っらあ!」


 一瞬の溜めと同時に飛ぶ。

 穴が塞がる前に、間に合え!


「死ねえええええええ!」


「ここでか!?」


 穴を通る瞬間、巨大な刃が頭上から振り落とされる。

 まさか、穴を出る瞬間を狙われるとは…て、冷静に考えてる暇じゃねえ!

 風の力による無理矢理な姿勢制御により、巨大な“(ヤイバ)”は俺の脇を通り過ぎる。


「お返しだ!」


「っ!」


 無理矢理な姿勢制御のせいで上手く反撃の体制は取れない。だが、俺の風はそんな弱いものでは無い!


「吹き飛べやあ!」


「ぬう…!?」


 周りの水ごと強引に吹き飛ばし、距離を取る。

 …ああ、もう!急に現れても意識が追いつかねえよ!


「はぁ…はぁ…てめえ。急に襲って来やがって。どういうつもりだ!」


 立ち上がった烈は道着に袴という、侍を彷彿させる格好に西洋風の大剣という何ともミスマッチな姿をしていた。

 だが、烈から放たれる威圧感…いや、“殺気”はとても冗談で受け止めれるものではなかった。


「…く、くははは、ははははははははは!!笑わせるな紅紅!貴様と俺が揃ったなら、やること…否!殺ることはただ一つだ!」


「っ!」


 大剣に巻き上げられた水流は圧倒的な水量、質量を持ち、必殺の威力を誇っていた。


「くらえ!」


「わざわざくらうか!」


 大剣を振り、水球を放つ。だが、それにむざむざ対抗する訳がない。俺はその場から離れる。

 だが、俺は読み違えていた。

 この水球は直線的で、必殺の威力を持っていようが当たるわけがない。そんなの、使用者が一番良く知っているはずだ。

 だから、気付かなかった。

 これは、“目潰し”だった。

 地面に着弾した水球は、圧倒的な水量で空間を支配し、視界を青に染めた。


「しまっ!?」


「むん!」


 視界を失った俺はなす術もなく烈の一撃を受ける。


「っつう!…やりやがったな」


「どうしたどうした!その程度か!よくその程度の実力で生き残れたな!周りがさぞ優秀なのだろうな!」


 烈が追撃を仕掛ける。

 こっちも反撃の準備…を?


「ぬお!?」


 ガクン、と膝が折れた。

 っ、さっきの一撃が思ったより効いてたか!


「ふん!」


「ちぃっ!」


 ガキィィイイイン、と金属音が鳴り響く。

 鉄甲で烈の大剣を受け止めるも、上から押し付けられるように、重くのしかかる。


「お前はいつもそうだ。お前が何をした?お前はいつも優秀な妹の影に隠れ、いいとこ取りをしてただけだ!強さで言うなら氷野晶が、頭なら火渡焔が、総合なら紅蒼が!貴様などより上だった!なのにいつもお前が中心だ!何もできない、成せない、しないお前が!氷野晶なら助けられただろう!火渡焔なら危険な事はしなかっただろう!紅蒼なら厄介事にはまず関与しなかっただろう!助けられないくせに見栄を張り、見栄を張るために厄介事に首を突っ込み、赤の他人の事情に関与し、全てを悪い方向に引っ張ったのは、貴様じゃないか!!なのに、何故お前が、由姫じゃなくてお前がここにいるのだ紅紅!!」


「っ…」


 何もかもその通りだ。

 俺は反論の余地もない。

 俺はいつもいいとこ取りだ。

 誰よりも弱い。

 不幸を呼び寄せる疫病神。

 それでも、それでも…譲れないものが、俺にはある。


「…ああ、その通りだ」


「む?」


 俺の反応が予想外だったのか、首を傾げる烈。だが残念。俺の心はあの雨に、お前に会った日に折れている。今更、この程度で折れたりはしない。


「たしかに、その通りだよ。俺は弱い。由姫はこんな俺のために死んだ。…だけどよ陽桜烈。何故ここで勝負を仕掛ける。俺を潰したいなら、元の世界でも出来たはずだ」


「言っただろ。貴様を殺すとな。元の世界では生憎殺人罪に問われるのでな。だが、ここなら全力で貴様を殺れる!」


「は、はは…あーはははは!」


 その答えに、甘過ぎる答えに、何の覚悟も無い答えに、俺は笑った。


「な、何だ!?」


「殺人罪?笑わせる!この世にどれだけ“復讐”で人を殺す人間がいると思ってる!殺しに躊躇する時点で、お前は三流だよ!」


「なに!?」


 これはただの開き直りだ。

 それでいて本心。

 大切な人を殺してしまったあの日から、覚悟していた事だ。

 俺は…


「俺は殺すぜ!俺の“日常”をぶっ壊そうとする奴は!何があろうともぶっ殺す!残念だ陽桜烈!てめえの憎しみは俺の覚悟に及ばねえ!!」


「だ、黙れええええ!!開き直るな人殺し!貴様さえ、貴様さえいなければ!」


「ここまで来ると子どもの駄々だぜ、烈。悪りいけど、負けるわけにはいかねえ!!」


 鉄甲に風を集め、一気に開放する。風圧で大剣を押し戻す。

 …ここだ!


突風(ガスト)一撃(・インパクト)!!」


 吹き荒れる暴風が俺の拳へと集束され、相手に触れた瞬間に爆発した。


「か…はっ」


「はぁ…はぁ…これで終わりか?」


「…終わるものか…終わるものか終わるものか終わるものかああああああ!」


「…ああ、わかってるよ。お前がこの程度じゃ終わらないなんて、わかってる」


 だから、俺は…


「俺の譲れないもの…俺の“正義”にかけて、全力で相手してやるよ」


「“正義”?“正義”だと!?そんなもの、貴様が口にするなああああああああ!!」


「来いよ三流…お前の怒りも恨みも憎しみも悲しみも、覚悟の無えお前に代わって俺が背負ってやるよ!」


 *


 答えなんてわからない。

 だけど、覚悟はわかるんだ。

 人はみんな覚悟を持っている。大小あれど、持っている。

 だけど、あいつは持っていない。

 だから、持っているおれが背負うんだ。

 罪は消えない。だけど、罪によって苦しむ者がいるのなら、その痛みを和らげる方法が一つだけある。

 自分が、“悪”となればいい。

 それが俺の“正義”だから。

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