60.ピンチは主人公補正
これが、俺の力。
俺とパズズの力。
守るための、力。
「行くぞ!」
吹雪が空間を支配した。
side九陰
「…何?あれ」
『…おぉ』
和也に部屋を追い出されて、一人でのパトロールをしていたところ、共鳴転移が発動し、私はエルボスに飛ばされていた。
すぐに戦闘を、としていたら、急にそう遠くない所から“風”が起こった。
“風”…そう、“風”だ。普通なら、紅とパズズの能力だとも思える。
だが、肌を切り裂くような“寒さ”。とてもじゃないが、風で下げれる温度じゃ無い。
「あれは…誰?」
『紅だろうよ』
だが、白夜は私と違う答えを導いていた。
『あんなの起こせるのはパズズしかいねえ。あんな非常識なの考えれるのは紅しかいねえ。そして、あいつらはやる時はやるぜ。自分の後輩ぐらい信じろよ』
「…そう、だね」
そう、あれは紅とパズズだろう。
きっと、紅がパズズに“込めた”のだ。
大切な人を守るために。
「…私たちも頭を見つける。早く…早く決着をつけよう」
『了解だ!』
side紅
吹雪。
冷たい風。
そんなもので何が出来る。
だが、そう思っている以上は何も出来ない。
要は想像だ。
愛と勇気があれば勝てる…ここは、そんな夢物語理論が通じる世界だ。
俺の後ろには守るべき人がいる。
なら、退くな!
「ふっ!」
短く息を吐き、意識を腕に集中させる。
現在俺たちは囲まれている。
蒼は俺について来る。
なら、俺は前に道を作る必要がある。
だが、俺の力じゃ足りない。百も承知だ。
だから、工夫する。
「氷礫」
この肌を切り裂くような冷気を使い、氷を作る。
だが、俺の、パズズの能力のメインはあくまで風。はなから大きい氷は期待しない。
俺には、礫程度で事足りる。
俺を包む風の中には、大量の氷礫が渦巻いている。
「お兄ちゃん。それ、どうするの?」
「決まってるだろ。“撃つんだよ”!」
右腕に氷礫を集めて、風と共に放つ。
「暴風の一撃!」
氷礫が大量に混じってる暴風の一撃を、渾身の力で放つ。
氷礫は本来、攻撃力が低い風の砲弾に、たしかな攻撃力をもたらした。
抉り、削り、貫き、砕く。
威力は想像通りに上がっていた。
…まあ、氷礫を充電するのに、少しかかるが。
「行くぞ蒼!」
「はい!お兄ちゃん!」
襲いかかる魔獣は全て俺が潰す。
皆には悪いが、今回は蒼の護衛に回させてもらう。
「蒼!大丈夫か!」
「私を誰だと思ってるのお兄ちゃん?正義の味方で皆から超人とか異端とか言われてさらには氷野 晶を圧倒し…締めは紅 紅の妹だよ!」
「…よく言った!」
そうだ。蒼はこういう奴だ。
いつも俺の、俺たちの想像の上を行って度肝を抜かせる…それが蒼だ!
「わん!」
蒼の腕の中で犬が吠える。
…空気の読める犬だな。
『私の方が空気読めますし』
「へーへー。…うぉっと」
曲がり角で待ち伏せした魔獣が剣を振り下ろす。
俺は手甲で防ぎ、逆にその兜に一撃食らわせ、吹き飛ばす。止めを刺してはないが、構ってる余裕も無いため無視する。
だが、どうしても無視出来ない事象もあった。
「…‥はぁ」
「主人公補正ですかね」
だったらこんな補正いらねえよ。マジで。
ドスン、ドスンと重い地響きがなる。
俺が最初に相手にした頭程では無い。
だが、奴の足元には大量の兵がいた。
そこには、人型魔獣の頭がいた。
「…こんな時に限って」
「逃げますか?」
「決まってんだろ!」
残念ながら、蒼がどうこうでは無く今の俺にあの大群をどうにかできる実力は無い!
「っ!何か投げて来ますよ!」
「ん…なぁ!?」
投石。
昔の戦争とかで使われてたあれ。
「んなもん、効くかあああああ!」
風を使い、全部を吹き飛ばす。
だが、油断は出来ない。
距離がそれなりにある状況からさらに離れようとした俺たちを、あいつらは投石で当てようとしたのだ。しかも、充分に飛距離は届いていた。
“そしてまだ、飛距離には余裕があった”。
「第二波、来ます!」
「パズズ!」
『大丈夫です!』
こんなんじゃ何時まで経っても逃げきれないと悟った俺は、風の制御をパズズに頼み蒼を抱え逃げる事に専念する。
だが、
「っ!?」
目の前にも魔獣が現れた。
…まさか、誘導されてるのか!?
こうなったら一気に飛ぶと、足に力をいれるが、
「いっ!?」
「お兄ちゃん!」
足を狙われた。
中途半端に力を溜めていたために、突然の攻撃に咄嗟に反応できなかった。
『紅!』
「ぬお!?」
だが、そこはパズズがフォローしてくれた。だが、投石がある。俺を助けるために力をこっちに削いだパズズでは、投石の軌道を変えるのに充分な力は使えないだろう。
元々、パズズたち猫に、大きな力は使えない。
例え、大きな力を持っていたとしても、それを使う術は無い。
だったら、俺がやるしかねえだろ!
「ちっ!」
ガキンガキン、と投石を打撃で落とす。
右脇には蒼を抱えている。右腕は使えない。
投石の量は多く、落としても落としきれない。
さらには後ろの魔獣からの攻撃もあり、思うように動けない。
劣勢というのは、例え元の力を取り戻せても、そう覆る事は無い。
パズズの風の力でも、だ。
後ろの魔獣はしっかりと対策をしており、前衛と後衛に別れ、前衛は盾を構え剣を地面に刺して自分の体を固定。後衛は槍を構えている。
前衛にアタックし、1秒でも手間取ったら槍で刺され、高く飛んでも投石でアウト。
随分と無茶なゲームだ。
「お兄ちゃん。聞いて」
「何だ蒼」
そんな時、蒼から声がかかる。
「私を、信じて」
蒼の目はまっすぐこちらを見据える。
全く、今更だな。
「とっくに信じてるよ!」
こうなったら、俺たちの間に言葉は必要ない。
互いが互いの目で、挙動で、仕草で、相手の動きがわかる。
「パズズ!」
『はい!』
こっちも、どうやら言葉は必要ないみたいだった。
「せい!」
まずは、風で牽制。
「行くぞ蒼!」
「任せて!」
蒼を下ろし、腕を地につけ足を上に向ける。倒立した状態で身を屈めたような体制だ。
…これは、発射台だ。
そして砲弾は、
「OKです!」
蒼だ。
蒼が俺の足の上に乗り、俺は蒼の合図とともに風と腕の力をフルに活動させ飛び上がり、蒼もそれに合わせて、飛ぶ。
高く、高く、高く、蒼は飛んだ。
今なら、“投石は蒼に向く”!
「突風の一撃!」
氷礫入りの突風の一撃を魔獣にくらわす。
体全体を使い、氷礫を使い、何より、パズズの風を使い、魔獣の前衛を倒すのなんかに、“1秒もかかるはずがない”!
ガシャン!という音と共に、魔獣は吹き飛ぶ。いや、吹き飛ぶだけでは無く、少なくとも前衛は仕留めた。
「蒼!」
「お兄ちゃん!」
蒼を高く上げたのは、囮でもあり、投石が当たるまでの時間を稼ぐため。
俺は、風を足元へとため、投石に接触しそうな蒼の元へと、飛ぶ。
「邪魔だ!」
風で投石を吹き飛ばし、蒼をキャッチする。
「…信じてくれてありがと、お兄ちゃん」
「こっちのセリフだ。バーカ」
蒼を抱きかかえ、そのまま地面へと着地。
「さて逃げるか!」
「いっそ清々しいね」
当たり前だ。
だが、俺は防御に夢中になって忘れていた。
ドスン、ドスンと音を立てる、
…頭のことを。
「「『………あ』」」
投石と足止めの効果はちゃんとあったようで、気付かぬうちにまた囲まれていた。
頭もいて、大ピンチだった。
「…最悪だ」
「あれだね。戦わないと生き残れないっていう」
『さあ、腹を括りましょうか』




