表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
とりあえず平和な日常をくれ!  作者: ネームレス
ゴールデンウィークでの日常
60/248

59.変化

目の前には騎士。

振り上げられた剣はすでに我が身へと降りかかる。

だが、


「邪魔…すんなあああああああああああ!!!」


一蹴で、その剣の元から折った。

バキィィイイイン、と甲高い音と共に刃が宙を舞い、俺の右の拳は人型の魔獣の喉元を貫く。鈍い感触と共に血が噴き出す。

だが、周りの魔獣は否応無く襲い掛かる。

だから、俺は喉元に手を突っ込んだまま、“魔獣を振り回す”。


「うっらあああああああ!」


風の力も使い兎に角振り回す。それは周りの魔獣を遠ざけるのには十分だった。

左脇に、目を見開いてる(アオ)がいることを確認し、俺はひとまず魔獣から逃げるように走った。


・・・

・・


「は、離して…ください!」


若干他人行儀なのが気になったが、周りに魔獣は見当たらないのでとりあえず降ろす。


「大丈夫か、蒼」


「………」


答えは無言。

知らぬ間に居た犬を抱きかかえ、俺を強く睨んでくる。

まあ、予想していた事だ。


「魔狩りだ。長時間同じ場所にいるのは危ない。ついて来い」


「…嫌です」


そこにあるのは、拒絶の意思。


「私はお兄ちゃんが憎い。好きであると同時に、殺したいぐらい憎い。今だって、八つ裂きにしてやりたい」


「だが、現にそうしてない」


「それはパズズがいるからですよ。私がお兄ちゃんを殺ろうとしたら、パズズが邪魔するでしょ?」


『当たり前です』


「あっそ」


まあ、そんな事はどうでもいい。


「兎に角、来い」


「っ。聞いてたんですか?私はお兄ちゃんが憎いんですよ?」


「そうだな。悪い。こんな兄だが、せめて魔狩りが終わるまででいい。一緒にいてくれ」


「…理解、できない」


「………」


「私は、あなたが憎い。普通なら、パズズがいるとはいえそんな人を近くに置きたくはないでしょう?」


「そうか?どっちかって言うと、相手の方が気にするだろ。憎い相手の近くにいる。この場合、俺が憎い相手で、お前が近くにいる奴だが、俺の立場でそういうのを気にするなら、そもそもここにはいない」


「あなたは私より弱い!」


「認めるよ」


「私はあなたが憎い!」


「何度も聞いた」


「…後ろから殺すかもしれない」


「お前になら殺されてもいい」


『その場合は私も一緒ですよ』


「そうだったな」


パズズと運命共同体になったのを思い出し、思わず苦笑する。

だが、蒼の心はさらに燃え上がるばかりだ。


「何故あなたは自分の命を粗末にできる」


「粗末に何か、してないさ」


「してる…いつも、いつも、いつも!何故赤の他人の為に命を張れる!?」


「…それは」


言葉に詰まる。

これは俺の偽善だ。

ただ、目の前で起こった事を見逃せない。

くだらない正義感だ。


「あなたの自己満足でしょう!?普通の人は、見て見ぬふりをするんです。近くで起こっても、普通は無視するんです。野次馬に混ざるのも、“皆と同じでありたい”からです。人は集団で生きる動物。だから人はより多くの人が選択してる答えに安心する。だからみんな無視するんです。なのに、何であなたは“人と違うことをする”!あなたは私とは違う!普通でいれたんです!なのに、正義の味方を名乗り!調子に乗って人を殺し!自らこの殺しの世界に飛び込む!これは、あなたの仕事じゃ無い…」


だけど、今回の事で一つだけわかった事もあるんだ。

気付けたんだ。

たった一つの、本心(しんじつ)に。


「お願いだから…普通でいてください。…あなたには、私と同じ…異端の道を歩んでほしくない」


だから、俺は…


「蒼」


「…何ですか」


「ありがとう」


ただ正直に、言ったんだ。


「は?」


「お前は、俺の事を考えてくれていた。今だって、由姫を殺した俺の事を、許してないにせよ、心配してくれる。だから、ありがとう」


感謝を。


「…ふざけるな」


「ふざけてない」


「ふざけてる。ふざけまくってる。意味がわからない」


「わからなくていい」


「ええ。一生わからない。あなたが何を考えてるかなんて」


「ああ、わかってる。だから…今話す」


「今更何を…」


「俺は、お前の兄でいたかった」


「………」


その目は、驚愕に満ちていた。


「俺は、“特別”、お前の言葉で言うなら、“異端” でいたかった。だって、お前はいつだって特別で、いつだって凄かったんだ」


「…買いかぶりです」


「違う。俺が命を粗末にするように人助けしてるのだって、“お前との繋がり…正義の味方ごっこという繋がりをまだ大切にしたかったからだ”」


「っ!」


これが、俺の本心。


「信じれもらえないかもしない。正義の味方ごっこは由姫への自慢だったし、正義の味方ごっこのきっかけだって忘れてた。だけど、俺は胸を張って言える。俺は、お前の兄だから命を張れるって」


「…嘘、だ」


「嘘じゃない。…そりゃあ、怖いとも思ってる。気付けば貞操の危機だし、俺よりかなり強えし、…でも、お前がそんなんだから、俺はお前を“好きになれた”」


「…嘘だ」


「俺は怖かった。お前に嫌われるのが、心の底から怖かったって思えた。いつも俺の事を考えてくれて、協力してくれて、一緒にいて、笑顔を向けてくれた。そんなお前に嫌われるのが…とても怖かった」


「嘘だ!」


蒼は声を荒げる。


「嘘だ嘘だ嘘だ!お兄ちゃんは嘘を言ってるんだ!」


「嘘じゃない」


「私はお兄ちゃんの思ってるほど凄くない!私は弱い!お兄ちゃんが思ってるほど“特別”じゃない!それに、今まで好きなそぶりなんて少しもしてくれなかったじゃない!何の証拠も無しに信じられるわけが」


言葉はそれ以上続かなかった。いや、“続けさせなかった”。

理由は…俺が蒼の口を、自分の口で塞いだからだ。

パズズが『ほぉー』とか感心したように声をあげる。

口を離すと、蒼はゆでダコのように真っ赤だった。


「な、なにを!?」


「妹だからって、嫌いな奴に“ファーストキス”はやれねえなー。…これが俺の、証明だ」


蒼の顔はさらに真っ赤になって少し面白い。


「…お兄ちゃんは変態です」


「男は皆そういうもんだ」


「お兄ちゃんはクズです」


「否定できない事はやらかしたな」


「お兄ちゃんはシスコンです」


「こんな事の後じゃ取り繕えねえな」


「お兄ちゃんはロリコンです」


「それには全力で異議を唱える!」


ロリコンじゃねえ!

…多分。


「…最低です。本当に。私、本当にお兄ちゃんの事を…“好きになってしまった”じゃないですか」


「そりゃ、光栄だな」


「怒りとか憎しみとか、そんなもんどっかに飛んでっちゃいました。本当は怒りたいのに、怒れないです。卑怯ですよ、こんなの。こんなんじゃもう、お兄ちゃん以上の人なんて期待できないじゃないですか。どうしてくれるんですか。お嫁に行けないじゃないですか」


「なら、俺と一緒にいろ」


俺の言葉は、もはや無意識だった。


「俺は、さ。ダメな兄だから、お前みたいな優秀な妹がいると助かるんだ。だからさ、もし困ったら、俺のとこに来い」


「…許したわけじゃ、ありませんから」


「ああ。わかってる」


そして、ガシャガシャと金属音が響く。


「全く、邪魔な奴らだ」


「お兄ちゃん」


「ん?」


「…私を守ってね」


「…ああ!任せろ!」


『では、騎士は姫を守る責務を果たしましょうか』


言われなくても。

そして、一歩踏み出した瞬間、風が変わった気がした。

そよ風から、少し強い風へと。


「…そうか」


難しい事じゃなかった。

同じものなんて、無い。

心が澄んでる今ならわかる。

俺が風に、何を見出したのか。

人の心も、今の世も、そして“風”も、同じでいることは無い。

今の俺と蒼の関係は、二度と昔のようには戻らない。

だが、それが普通なんだ。

1分1秒が、違う。

全てが“特別”。

俺が風に込めたのは、


「【変化】それが俺が風に込めたものだ」


『了解しました』


準備は整った。

後は、想像(イメージ)だけ。


「行くぞパズズ。…北風(ボレアース)!」


辺り一体凍らす吹雪が、空間を支配した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ