50.解錠
「…どうしてこうなる」
「文句は言わない」
「♪~♪~」
少し前を歩くは九陰先輩。
腕に抱きつくは蒼。
腕の持ち主は紅こと俺。
頭に鎮座するはパズズ。
…いつから俺の周りは女ばっかになったのだろう。
・・・
・・
・
「で、何故九陰先輩は俺と一緒なわけ?」
「教育係」
「簡潔な説明ありがとよ」
あと、和也と輝雪の双子は双子で動いてるらしい。
「…まさか、手取り足取り…は、破廉恥です!」
「蒼はどんな妄想してんだ!」
『ニャーニャー』
騒がしいのか猫たちの抗議の声。
それにしても、今回初めて九陰先輩の猫を見た。
白猫で額に黒く三日月模様の毛がある。目の色は普通に黒。
名は白夜と言うらしい。
「ん。発見」
「は?」
九陰先輩が指を指すのでその方向を見ると不良三名がこの夜遅くの時間にコンビニ前でたむろっていた。
「交渉してくる」
「ああ、俺も行く」
「当然私もです」
…面倒事が起こりませんように。
「あなたたち」
普段と話し方が違う。風紀委員モードとでも言うのだろうか?
「んあ?なんだおめえら」
「風紀委員。既に学生は帰宅時間。速やかに帰りなさい」
「はっ。お前らも学生だろうが」
「そうですね。でも権利があるからいいのです。あなたたちはその権利でも持ってるのですか?」
「権利とかウルセエよ。大人の犬が」
「そーそー。俺たちは自由に生きるんだよ」
「ルールとかそんなもんに縛られたく無いしなー」
…うっぜえ。
拳を握り、一歩前へ出た…所で静止がかかる。九陰先輩だ。
「あなたたちの使うお金は?」
「ぁあ?」
「服は?靴は?身につけてる貴金属類は?ご飯を作ってくれてるのは?学校に通わせているのは?今まで育ててくれたのは?もしそれら全てバイトでもして自分で稼いだお金ならあなたたちを自立した“大人”と認め、見逃してもいいですよ?」
「ぐっ。関係無いだろ」
「どうやら、親のお金のようですね。自分に責任が持てない立場のくせに、よく自由がどうの、大人の犬がどうのなど言えましたね。私たちが犬ならあなたたちは寄生虫でしょうか?」
蒼が吹き出す。笑ったのだろう。俺もついにやけてしまう。不良たちも赤面…というか軽くきれてる。
「どうせ寄生するならいっそ帰省でもしてください穀潰したち。あと、自由という言葉を間違って覚えてるようなのでここで覚えといてください。自由ってルールを守らなきゃ犯罪と同じということを」
「て、てめえ…」
不良の一人が立ち上がる。
「おいおい。正論言われて怒るなよ」
「黙れよてめえは!女ぶら下げて、てめえこそ粛清対象だろうが!」
「あ、バカ」
ドスッ!という音が響く。
…あーあ。
「今、お兄様の事を侮辱しましたね?」
「…かはっ」
不良が白目で倒れる。
「お、おい」
「やべえんじゃねえか?」
その異常性に、他二人の不良も気付いたようだ。
「死ね」
簡潔に、ただそう言った。
「させるかあああああああ!」
そして、そう何度も反応が遅れる俺では無い。この短期間に蒼の爆発は何度もあった。だから、だいたいの検討は付く。付くなら先読みの動きも出来る。
俺が蒼の腕を掴み、捻り、地面に抑え込む。その間に九陰先輩は不良たちを制圧。…抜け目無え。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロコロkorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokorokoro」
「お前らにいい事教えてやる。死にたくなかったら逃げろ!」
というか、もうそろそろで拘束が解ける。
「そこの気絶してるのもね。速やかに帰宅してください」
『ひ、ヒィィイイイイイイイイイイイイ!!!』
不良たちは言われた通り、すぐに逃げていった。ちゃんと気絶してる奴も持って。
…あいつら、ちゃんと眠れるかな。
「月の出てない夜は気を付けろよクズどもがあああああああああああああ!!!!」
『ヒイイイイイイイイイイイイイイ!!!』
今宵の蒼は、血に飢えて…あ、ダメだ。笑えね。
「こほん。ごめんお兄さ…お兄ちゃん。取り乱した」
取り乱したのレベルじゃ無い。
「 ああー、まあ、お前に慕われるのは嬉しいが、俺は別に優れたとこがあるわけでも無いからさ、俺がバカにされたぐらいでそこまで怒らなくても」
「そんなこと無いです!お兄様は私を外に出してくれた人なんです!周りの人は私をバケモノ呼ばわりだったのに、お兄様だけは私を『お前は俺の妹だ』と、人間扱いしてくれました!それのおかげでどれだけ救われたか…。お兄様は私にとって全てであり、そのお兄様に刃向かう者は私の敵です!人類がお兄様の敵になるなら私は人類を滅しましょう。世界がお兄様を否定するなら世界全てを作り変えましょう。地球がお兄様を拒絶するなら理すら変えましょう。そのお兄様をバカにするのなら死んで当然なのです!」
…狂信、とでも言うのだろうか?
蒼は昔は賢過ぎた。同時に、俺よりも身体能力が高かった。まあ、知識で言うなら焔の方が上だが。
そのせいで皆からよく敬遠されがちだった。レベルが違うのだ。まだやんちゃな周りと、もう精神的には大人の蒼とでは。そのせいで俺と親以外の人間は蒼と関わるのを嫌った。
近所の大人もよく“気味が悪い”と蒼を見るなり口にする。
必然的に、蒼と長くいた俺は蒼に慕われた。まあ、もう慕われたのレベルでは無いが。親も好きではあるらしいが、俺が一番らしい。
俺はただ、「自分の妹は優秀なんだ!」と軽く思ってたぐらいなんだがな…。
まあ、そんな自慢の妹の実状を知った俺は、蒼を見る目を変えさせようとある対策を…あれ?
「そういえば、何を」
「お兄様?」
「あ、いや。そういえば俺はお前に」
「話はそこまで」
ここで九陰先輩が止める。話し過ぎたな。蒼が睨むが九陰先輩は気にしない。
「そろそろ行く」
「りょーかい」
「むー!」
蒼が頬を膨らませる。さっきまでとのギャップに少し笑ってしまった。無論、苦笑いだ。
だから、忘れていた。蒼が来てから危惧していた事を。
ほんの一瞬だって忘れてはいけないのに。
「なに?これ」
蒼が呟く。
来てしまった。“この世界”に。
「なんて、タイミングだよ…!」
世界が色褪せる。
先ほどまでの出来事が嘘のようだった。
空は血のように赤く、街並みは荒廃となっていた。
「お兄ちゃん…これがお兄ちゃんの秘密なの?」
蒼が何かを呟くが、今の俺には届かなかった。




