46.ヤンデレ+エロハプニング=命がけ
結局、あの後蒼は大人しくなり、心配してたような厄介事も無く、無事にゴールデンウイークを終える事ができました。
めでたしめでたし…。
何て事は無く、
「お兄ちゃん、体洗って?」
「出てけえええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
現在進行形で俺の貞操は危機に晒されていた。
ゴールデンウイーク三日目の朝だった。
・
・・
・・・
ゴールデンウイーク二日目にして、九陰先輩と蒼の仲がもはや修復不可能なぐらい壊れた昨日。夜、俺は魔獣対策の見回りを再開することにした。
だが、何かに勘付いた蒼は頑なについて来ようとする。
最悪、俺がゴールデンウイーク中は我慢すればいいだけの話、と思っていたが、蒼は九陰や輝雪にまでついて行こうとする。
俺が何か危険な事をしていて、九陰先輩たちが関係していると予想したらしい。我が妹ながら、末恐ろしい。
「風紀委員の仕事だ」と言うが、全く聞いてくれない。
だからと言って、見回りをしないわけにもいかない。
結局、魔獣が出ない事を願いながら見回りをするのだった。
が、ここまではいい。
部屋に戻ったら、蒼が急に「お兄ちゃん。…背中流そうか?」と言ってくるんだ。
俺が拒否し、蒼が迫り、結局晶と二人掛かりで押さえ込んで、…寝た。
うん、起きたら流石に汗とか気になってな。朝風呂を堪能してたわけだ。…まあ、ここまで言ったらだいたい想像できると思うが、…蒼が乱入してきたんだ。
「いつもいつも!女の子としての恥じらいを持て!」
「妹としての自覚はあるよ?」
「そんな自覚捨ててしまええええええええーーーーーーーーーーーー!!!!」
「え?じゃあ妹?さ、流石に早過ぎるよ~」
恥ずかしそうに赤面しながらそんな爆弾を放つ妹。
「俺は妹という漢字にそこまで多様な意味があるとは初めて知ったよ!」
「よかったね!勉強になったね!」
「タオルを付けろ!誘ってんのか!?」
「誘ってるんだよ?」
勢いで言った言葉に後悔した。知りたくなかった。
そして「そんなの当たり前じゃん」みたいに言い放つ妹にそろそろ恐怖を感じてきた。
だが、神はさらなる追い打ちをかける。
「ふあ~、眠い」
寝ぼけ眼の焔登場。
「んな!?」
「ん~?紅?」
ぼんやりと俺を確認してから、ぼんやりとシャワーを浴びる焔。俺は手で顔を覆う。何故かって?焔の奴、寝ぼけてタオルを付けてなかった。…ダイレクトに見ちまった。
「…………………………紅?」
ゆっくりと起動し始めたらしい焔。だが、その動きはとても不自然で、ギギギ…という音が聞こえそうな動きだった。
「何でいるのおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?」
咄嗟に前を隠そうとするが、タオルを持ってきてないことに気付いたのか、細くしなやかなその白い手で胸の辺りを隠す焔。
「おおおお、落ち着け!俺は昨日入れなかったから今日の朝に!」
「わわわ私はその、いつもの日課で」
…知らなかった。
まだほんの一ヶ月でも、一緒に暮らしててわからない事もあるんだな、と妙に納得した。
だが、こんなラブコメみたいな不幸は長くは続かなかった。
「…オ兄チャン」
ピシッ、と空気が凍った気がした。
「…ドウシテ?」
俺は湯船に入っている。温かい湯船にだ。
なのに、何故だろう?
…こんな、まるで氷水の中に入ってるかのように、感じてしまうのは。
すでに温かさは、この空間から霧散していた。
残っているのは、絶対零度の空気と、張り詰めた緊張感。そして、…冷たく鋭い刃を喉元に当てられてるかのような、純粋な殺意。
「…あ、蒼?」
「私ノ時ハ慌テナカッタ」
小さく消え入りそうな声。なのに、遠ざかったのはシャワーの音で、蒼の声は耳にちゃんと届く。
…心に恐怖を刻み込みながら。
「私ノ時ハ怒ッタ」
空気が重くなる。
「私ノ時ハ赤面シナカッタ」
刃という殺意は鋭さを増す。
「何故私ジャ無イノ?私ジャ駄目ナノ?」
不安と憎しみと殺意と悲しみとが混じった複雑な目。緑に輝いていたその目は、その輝きを失い、ただぐるぐると焦点を合わせず何を見ているかわからない。
…たしかに怖い。今でもだ。関わりたくない。
だが、幼い頃はかなり助けてもらった。蒼がいなきゃ晶が死んでた。競い合って強くもなれた。
だから、兄として何かしなきゃと思った。
「蒼」
「………」
反応はしない。だが、俺は続けた。
「俺たちは兄妹だ。血が繋がった兄妹だ。だから、お前の気持ちには答えられない」
「………」
「だけど、お前が俺を慕ってくれるのにはとても助かってんだ。兄としての威厳?みたいなさ。そういうのが護られてる気がして」
「だから、恋人とかは無理だけど、お前の兄として隣にいてやることはできる」
「本当?」
目に輝きが灯る。
「ああ、本当だ」
「…わかった。お兄ちゃんの事は諦める」
案外物分りがいい。
まあ、そもそも蒼はかなり頭がいいんだ。ちゃんと話せばわかってくれるんだな。
「その代わり、お兄ちゃんの隣は絶対開けてね?お兄ちゃんに好きな人が出来てもわたしがOKか判断するからね?同棲とかしたら私も一緒に住むからね?日々の料理も選択も全部全部私がやるからね?」
訂正。多分こいつは何もわかっちゃいない。
「ああ、ええと、それはだな…」
「…そう…ナンダ」
やっちまった。蒼の目から輝きが失われる。
「ウウン。イイノ。ワカッテタカラ。ダカライイノ。ソノ代ワリ」
--コ ロ ス ネ ?
と、口が動いた。
展開は迅速だった。
殺気を漏らさず、指を綺麗に並べた手刀で、焔の喉を狙う。
俺もその行動を予測し、蒼の肩へ手を伸ばす。焔自身も回避行動をとっており、少ししか手刀をずらせなかったが、十分に間に合った。
ドスッ、という重い音がなる。
手刀は、壁に穴を開けていた。
蒼の目は、輝きを失うどころか、新たな輝きを得ていた。
殺人鬼を思わせる目だった。
状況、雰囲気、蒼から発さられる空気、全てが言葉ならざる言葉を生み出していた。
ーー次ハ、外サナイ。
「しょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
正義の味方に俺はなりたかった。
だけど、正義の味方になるには目の前を魔王を倒さなきゃいけないらしい。
俺には、荷が重過ぎた。
ついでに、あの後晶が蒼を気絶させて、起きた蒼は全てを忘れていた。
だが、俺と焔はこの恐怖をしばらく、いやこの先ずっと、胸に刻んで生きていくことになるだろう。
…ああ、怖かった。




