45.先輩の威厳
逃走生活は史上最速の早さで終わった。
…うん、もう諦めた方がいいのかね?
…諦めてはいけない。そう、今の俺には
「お兄ちゃん…私を食べても…いいよ?」
「ふ・く・を!着ろおおおおおおおおおおおおおお!!!」
貞操と社会的な立場の危機なのだから。
いったい何処の誰が「ヤンデレな妹に迫られ、童貞卒業を果たした男」とまともに接してくれる?
だから、俺は逃げなければならない。
だから…
「紅、ご飯作って」
…これ以上状況をややこしくしないで下さい(泣
「…お兄ちゃん、だぁれ?この人」
…おぉう、見事に笑顔だ。惜しいな。目だけ笑ってねえ。
「あ、ああ、先輩だよ。風紀委員のな」
「…お兄ちゃん。何それ?聞いてない」
言ってないしな。
「お兄ちゃん?私はお兄ちゃんの妹なんだよ?お兄ちゃんは私に秘密を作っちゃいけないんだよ?お兄ちゃんは私だけを愛すればいいんだよ?だからお兄ちゃん。オ兄チャンノ事、全部全部私ニ教エテヨ」
…ああ、そうか。今日俺は死ぬのか。
「蒼ちゃん!ワガママ言っちゃだめだよ!」
ナイス焔!
「黙れ泥棒猫」
「あ?何か言ったかメス豚」
…ああ、焔が昔の焔に。
晶を探してアイコンタクト!
(どうにかしてくれ!)
(無理だよ!紅がどうにか出来ないのに僕がどうにかできるはずない!)
終了。
うん、たしかに無理っぽい。
だが、こんな空気の中で平常運転できる図太い奴もいるんだと、この瞬間思った。
「紅、ご飯」
「九陰先輩、今は空気を読んでくれ」
「そんなの、私に関係無い」
ぶれないねー、この人。
「でも、何で俺なんだ?舞さんの方が上手いのに」
「味が私の好みだから」
なるほどな。
「まあ、作れちゃ良いんだけどさ…」
「?」
「ちょっと今、両手がな」
と言って、包帯でぐるぐる巻かれてる両手を見せる。
「………これ、いつやったの?」
「ああ、昨日の夜からかな」
女の人がやってくれてそのままだ。
「…その人、凄く上手。でも、長時間巻いてるままだから血でシミが出来てる。変えたほういいかも」
たしかに、今は昼だし、変えたいが、
「包帯がな」
現在、幼馴染と妹が喧嘩してるが、その付近に救急箱が置いてある。
「大丈夫。私が持ってる」
何処からともなく、その小さい体から救急箱を取り出す。
…何処にしまってんだ。
「じゃ、手を出して」
「いや、何故に持ってる」
「風紀委員で前にメンバーが怪我をした。その時からいつでも処置できるように、持ち歩いてる」
「なるほど。それじゃ」
『私がやる!』
…ややこしくしないでー。
「お兄ちゃんの事なら私にお任せだよ!なんせ妹だからね!」
「紅は私の幼馴染で親友!それに知識なら私が一番持ってるもん!」
『ふざけてんじゃないわよ!』
二人ともやめてください。マジで。
「喧嘩するなら他所でやって。邪魔」
「いや、だから私が!」
「お兄ちゃんの事は私に!」
「自分の事しか考えてない奴に後輩を任せる事は出来ない」
それは、有無を言わさぬ口調。
「黙って聞いてれば何?紅を自分の物みたいに。紅は一人の人間。妹だからと言って秘密を全部言わなきゃいけない義務も何も無い」
「うっ…」
…聞いてたのね。
「幼馴染も、仲裁に入ったのにどうして喧嘩が始まるの?たいして紅の事考えて無いんじゃないの?」
「んぐっ…」
痛いとこ容赦無く言うね。
「そんな二人に紅の治療?はっきり言って危なくて見てられない。二人揃って廊下に出て頭を冷やして来て」
「…はい」
焔は素直に聞いて、廊下へ向かう。
だが、妹は、
「そ、そんなのただの“先輩”でしか無いあなたに言われたく無い!」
「“ただの”じゃ無い。“風紀委員の仲間”」
「っ!黙れ!」
蒼が必殺の蹴りを放つ。
…が、
「甘い」
腰に携帯してる小太刀木刀を抜く九陰先輩。蹴りを受け流し、軸足を払う。バランスが崩れた所を狙って蒼のマウントを取り首に小太刀木刀を当てる。
やっぱ、実際に殺し合いの中で生きてる人は経験の差でどうにかなるんだな。
「動きはいい。けど、“所詮喧嘩レベル”。こっちは年季が違う」
「………っ」
悔しそうに顔を歪める蒼。
「…私に勝とうなんて、100年早い」
…勝負は決した。
蒼side
何よ!何なのよあの女は!
お兄ちゃんと親しくして!
お兄ちゃんの隣にいていいのは私だけなのに!お兄ちゃんのそばにいるって、ずっとずっとお兄ちゃんの味方だって誓った私だけなのに!
もう、あんな悲しい思いはさせたく無いのに!何も知らない女に!
泥棒猫も泥棒猫だ!あの事を知ってるのに、何故他の女に任せようとする!?意味がわからない!
やっぱりダメだ。お兄ちゃんは、オ兄チャンハ私ガ守ラナキャ。
もう、アンナ思いをサセナイたメにも。
でも、ここの住人は“違う”。“普通じゃ無い”。
お兄ちゃんの雰囲気が変わったのも、多分ここの住人が関係してる。
でも、聞き出す事はできない。
力で聞けたらいいけど、“すでに二回、私が負けている”。
ありえない。けどありえている。
能力は全部優ってる。
だとしたら、何が?
あの女が言ってた事も気になる。
“年季が違う”。
あの動きは武道でも武術でも無い。我流。
私を負かすぐらいだ。かなりの実戦を積んでるはず。それこそ、…命懸けの。
それに、お兄ちゃんが関わっている?
…命懸け?…死?
…ダメ。それだけは絶対にダメ!
やっぱり何をやってるか突き止める必要がある。
…絶対に、絶対ニオ兄チャンハ私ガ守ル。
蒼の言ってる、あんな悲しい思い等は過去編でやる予定です。はい。




