39.輝雪の裏事情
「クロー。暇ー」
「あのねー」
解散してすぐ。私は見回りに飽きていた。
移動してるだけってのがどうもいけない。紅くんならトラブル起こして首突っ込んだり、お兄ちゃんならトラブル探して突っ込んだりするんだろうけど、私にはそういう体質も能力も無い。
「そもそも、私を連れてこれるのって明日でしょ。いいの?」
「バレなきゃね」
「…不安過ぎていけないわ」
「しょうがなうでしょー。一人怖いんだから」
「…それは知ってるわよ」
過去に、手加減ができなかった私は小学生の中では目立っていた。そのせいでイジメを受けた。
一人の時に襲われ、味方が一人もいない状況に恐怖し、今でもその感情は抜けない。トラウマという奴だ。
今でこそその気になれば圧倒的武力で黙らせれるが、当時の私は所詮小学生。複数人に囲まれたらなす術も無かった。
それ以来、私は周囲に馴染むために周りと合わせるための“心の仮面”を作った。本当の私を“上書き”するために。
「はぁー。面白いこと無いかな」
「ききき、木崎さん!」
苗字を呼ばれたので振り向くと、見知らぬ男子生徒がいた。クロはすでに隠れている。
名前はたしか…
「何かしら、大島くん」
瞬時に思い出し、仮面をかぶる。なるべく笑顔で、期待させない程度に、と。
「は、はぃい!」
…こういうタイプ苦手だなー。話が進まないし、何より何を言いたいかわからない。
というか、周りも勝手よね。こちらと小学生の頃はイジメを受けてたってのに。そんな事も知らないで、容姿と周りの噂と印象から好意持たれても困るってのに。
「え、えと、今お時間よろしいでしょうか?」
こいつバカなの?そもそも、私が風紀委員なのは周知の事実。一葉の生徒なら全員知っている。まあ、注目のされ方が、“乱闘騒ぎを起こした紅 紅を選んだ風紀委員長黒木 九陰が選んだ木崎双子”という、随分と回りくどい覚えられ方なのだけれど。
とにかく、この生徒も今私が風紀委員の仕事で見回り中だという事はわかるはず。
さらに言うなら、大島くんは私と同じクラスで、その事件の日もいたから、わからないということは絶対に無い。
…ま、今回は利用させてもらおう。
「ごめんね。今、風紀委員の仕事中なの。残念だけど、時間は無いの」
仮面は継続。どんなにブラックな事を考えいていようと、絶対に態度表情雰囲気、絶対に表には出さない。
「え?あーわわわ!すぐ!すぐに終わりますから!」
…ぶん殴ってやろうか?
最初から言うつもりだったら、すぐに言えばいいのに。それとも私が雰囲気に流されるような女だとでも?
…はぁ。さっさと終わらせよう。
「じゃあ、何かしら?」
「ええと、前に、入学式で会った時から、…その、ずっと好きでした!よかったら、僕と付き合ってください!」
…記憶にございません。
だが、ここで即答するのもダメだ。きっと彼の中では私は、“優しい人”みたいば立ち場。即答したら、それが崩れる可能性がある。
“私のために”たとえ砂粒ほどの危険性でも、生み出すわけにはいかない。
目を見開き、驚く表情をとり、その後、少し頬を赤らめ困った“演技”をする。ある程度間をとって…今。
「ごめんなさい。私はまだ、誰かと付き合うとかは考えられなくて。お気持ちは嬉しいですが、…ごめんなさい」
わずかに視線を下げ、俯く。こうした方が、“効果的”。
「そう…ですか。すみません。では、僕はこれで」
そう言って、彼は去って行った。お兄ちゃん程じゃ無いけど、気配を索敵し、相手が離れた事を確認し、
「あー、もう!面倒な!」
「今までの一連の出来事をその一言ですまされるあの男の子に同情するわ」
クロも出てくる。
「そうは言うけど、私の方に記憶は無いわ。つまり、遠巻きに眺めてただけ。何の接点も無いのに、OKすると思う?私はそっちの方が信じられないわ」
「恋は盲目って言うでしょ?あなたも恋をすればわかるわ。…走り出したら止まらないものなのよ!ああ!恋って素晴らしい!」
急に興奮し出すクロ。…この猫、どんだけ恋バナ好きなのよ。おばさんか。
「静かにしてよ。それに、いつ死ぬかわからない世界で、恋なんかしてる暇無いっつの」
「わかってないわねー。だからこそ、恋をするんじゃない」
「はあ?意味わかんない」
「さあ、輝雪の将来が楽しみだわ~」
こいつは私のお母さんかなんか?まあ、互いに心を許してるから言える事でもあるけどね。
「はいはい。じゃ、見回り再開するわよ」
「連れないわねー」
その後も、軽口の応酬をしながら適当に歩く。
「お、輝雪」
「紅くん。どうしたの?」
本能的に仮面をかぶる。クロも隠れる。
「いや、さっき女子生徒一人に襲われてな。拘束して生徒指導室に送ってやった。今頃城之内先生にこってり絞られてるだろ」
…一応心配する“演技”するか。
「襲われたって、大丈夫なの!?」
「はっ、ただの女子生徒一人に襲われてやられるぐらいならここにはいないさ」
「そ、そう。よか」
「あと」
紅くんが私の言葉を遮る。
「演技やめろ。気持ち悪い」
「………………は?」
絶句した。紅くんにはたしかに、仮面を意識的に外して話した事がある。だが、どちらも魔狩り中で、気にする暇など無かったはずだ。
「…どういう意味かしら」
あくまで笑顔。かまかけてる可能性もある。…どういう得があるかわからないけど。
「んー、何となく違うんだよ。雰囲気が」
本気で言ってるわね。どうしたものかしら。
「気のせいじゃないかしら?」
「そうか?これでも人を見る目はあるぜ」
自信満々ね。…でも、バレるわけには
「面白いわね」
「…おい。猫の連れ込みは明日からじゃないのか?」
バレるわけには…
「あなたの言うとおり、輝雪は腹黒よ」
「おーい。そう言ってるが?」
………。
「…ク~ロ~」
「まーまー。でも面白いわね。輝雪の演技を見破るなんて」
「いや。魔狩りの時との違和感。今さっき確信に変わったばっかりだ」
…気のする余裕、あったのね。
「俺は自分の周り一番だからな。俺の日常に入ってなくとも、これから付き合っていく奴のことぐらい見るさ」
「もう癖に近いな」なんて言ってくる。つまり、魔狩りの時との違和感を今まで引きずってきたわけだ。
「…今日は厄日かしら」
「おっ、そっちの方がしっくりくんな」
イラつく。
「おーおー、怖怖。誰にも言わねえよ」
「信用できない」
「…言わない方がよかったか」
「後悔しても遅いわ。こうなったら弄って弄って弄りまくるから感謝しなさい」
「できねえよ!」
「あらそう?でも「木崎さんさようなら」うん。バイバーイ!」
生徒が横切り、瞬時に仮面装備。
…は。
「…こえー」
「うるさいわね!」
何かすっごい恥ずかしい!
「クスクス」
クロも笑ってるし。
「ああ、もう」
「悪い悪い。弄り過ぎた。じゃ、行こうぜ」
は?
「何処に?」
「体育館じゃねえのか?この方向」
「…ああ」
たしかにそうだ。
でも、なー。
「紅くんと?」
「何ならお先にどうぞ。レディ・ファーストだ」
「いちいち言い回しがムカつくわねー」
「言っとけ」
そう言って、紅くんは言ってしまう。
「ああ!ちょっと待ってよ!」
で、何でか知らないけど、焦った私は紅くんの手を掴んでしまう。
「っ!!!」
気付いた私は一気に赤くなる。
い、今のは寂しいと思っただけ!
「何だよ」
でも、全く気にしてない紅くんを見て熱も冷める。
「別に。どうせ進行方向も同じなら一緒に行こうと思っただけよ」
さりげなく手を離す。
「…たく、素直なんだが素直じゃないんだが」
呆れられた。
…イラつく。イラつくイラつくイラつく!
「ほら、行こうぜ」
「…ふん!」
「…何イラついてんだよ」
その後も言い合いながら歩く。
…さりげなく歩幅合わせるのねー。
「クスクス」
この空間で、クロだけが笑っていた。
厄日過ぎて泣けてくる。
…でも、イラつき以外にも“楽しい”と思う自分はいて、こんな日も悪くないか。




