184.スカーレットヒーロー
目に見えない力に押されるように、俺たちは闇が溢れた瞬間に弾かれるように後方へと飛ぶ。
「どうなった!」
「わかんないわよ!」
今も闇は溢れ続ける。
圧倒的な質量を持って立ちはだかる。
「ダメ……だったのか?」
疑惑と不安。
そもそもが無理な話だと言える。
鬼化は過去に何度か例がある。だからこそ鬼化という名が付き、その体験から“鬼化したら助からない”という風に言われてきた。
今回も、どのように策を考えようと、やはり土台無理な事だったのか?
「お兄ちゃん! どっかの偉い人も言ってたでしょ! 諦めたらそこで試合終了だって! だったら、私たちがここで諦めたら終わりでしょ!」
「輝雪……」
だが、その迷いも、不安もどこかへと消え去った。
そうだ。
前例がなんだ。
じゃあ、俺たちで新しい例を作ってやればいい。
「……ああ!」
「ですが、あなた達には諦めてもらいますよ?」
不意に聞こえる声。
「上だ!」
『っ!』
俺の声と同時に全員が上を向く。
あいつは……ウェザー!
「いやー、助かりましたよ。流石の私も鬼化の相手はごめん被りたいので」
嘲笑を混ぜながら笑うその姿には言い知れぬ怒りが溢れる。
だが、俺の手持ちは鎌のみ。それに、今全員にはかなりの披露が溜まっているはずだ。
「動けませんよね?」
「っ」
見透かされている。いや、見ていたのか!
「あなた達の戦いは見させてもらいました。そうですねー。今動けそうなのは黒髪の女の子二人でしょうか? あと青紫の人ですね。いやー、男性陣は情けない」
「そこか降りなさい!!」
輝雪が剣を振るい、影の斬撃が飛ぶ。だが、奴には届かない。
「冷気もいいですが、ここまで届きますかね?」
「……ダメ。遠過ぎる」
微かに聞こえてくる声。
冷気は文字通り冷気。外気で温度は変化する。遠過ぎるとその効力を無くしてしまう。
九陰先輩のジャンプ力でも届かないだろう。
頼みの綱は刀夜だが、今の刀夜はまだ傷の後遺症が残っている。大した力は期待出来ない上、相手も雷を使うなら対策は取られてしまうだろう。
「いやー、本当に都合がいい。“ここで邪魔者を一掃出来るのだから”」
「雲が!?」
ウェザーが天に向けて手をかざす。
風や空気が変わり、黒雲が立ち込める。
「逃げるぞ!」
だが、大変な事に気付いた。
まずは体が動かない。すでに俺の体は限界を迎えていた。
そしてもう一つ……紅だ。
闇に押されるために今の紅には誰も近付けない。なら、持ち運ぶことも出来ない。
「和也!」
「九陰先輩」
「どうしてここに!?」
九陰先輩が切羽詰まったような顔で走ってくる。
いや、当たり前と言えば当たり前だ。状況が状況……
「パズズがいない!」
『なっ!?』
そういえば……パズズが風を堰き止めるために紅に抱きついていたが……
「まさか、あの闇の中、未だに紅に捕まっているのか?」
『っ!』
俺たちはあの闇に吹き飛ばされた。まさかパズズが残っているとは思えない。
……そう、思えない。だが、どこかでパズズは“紅の近くにいる”と確信する俺もいる。
「俺が探せればいいんだが、もう力が」
「どうするの!? このままじゃ紅くんとパズズが!」
「……っ」
こうして迷っている隙にもどんどん黒雲は巨大になっていく。
「さあ、落ちなさい! 神の雷、雷霆!!」
一筋の閃光が雲の中に走る。
そして、光が徐々に漏れ、一点に集まっていく。
そして、その光が放たれる……時だった。
「我が契約者、紅 紅に大いなる風の加護を与えよ!!」
光が放たれた。
・・・
・・
・
「…………?」
パラパラパラと、欠片が飛び散る音が聞こえる。
雷は落ちたのか?
鼓動が聞こえる。空気を感じ、呼吸もしている。臭いも……。
……生きている?
「お兄ちゃん……?」
輝雪も不思議そうだった。
見ていただけでもあの光は途轍もない威力を秘めていた。
だが、俺たちは生きている。
「……あ、あ…………」
そして、九陰先輩の喘ぎ声が聞こえる。
俺はゆっくりと目を開け、その光景を見た。
心臓が跳ねる。
その光景を、酷く久しく見た気がした。
さっきまで見ていたはずだ。暴れ狂っていた姿を。
だが、やはり違うものだった。
「……キサマ……なぜ」
ウェザーも驚いているようだ。
当然だろう。多分、あいつにとっても最強の技だったのだ。
そして、防いだのは十中八九目の前にいる少年だ。
少年はこちらに顔を向けた。
「よっ。無事か、皆」
変化はいろいろあった。
紅くなっている左眼。
首元に光る月と太陽を象った首飾り。
だが、その少年は紛れもなく“紅 紅”。本人だった。




