183.二人の紅④
「認めて……ない?」
「ああ。そうだ」
「……は、ははは。はーっはっはっは! 何を言うかと思えば」
「強がんなよ」
「お前、俺のくせに何も分かってねえんだな! もっと深いところにある感情? あったとしても、それは他を圧倒する憎悪だ!」
「……何があっても認めねえんだな」
「俺は認めてるぜ? 認めてるから、お前が間違ってんだって分かるんだ!」
「いいや違うな。俺たちは最初から認めてなかった。認めず、目を背けてきたんだ。そんな自分が嫌で、ずっとずっと隠してきたんだ。“俺の名前を呼ばないのがその証拠だ”」
「っ!?」
こいつは“俺はお前でお前は俺だ”と言っていた。
“自分に否定されるのがこんなにもイラつく”とも言っていた。
だけど、こいつは名前を呼ばない。コウともクレナイとも言わない。心のそこで、認めたくないんだ。
「さあブーメランが帰ってくる時間だ。今までお前が俺に言った分、今度はお前が認める番だぜ、紅!」
「う、うるせええええ! 突風の一撃!」
「突風の一撃!」
同じ技だ。
全く同じだ。
何たって、どっちも俺なんだから。
「諦めろよ。お前の攻撃は全部わかる。威力も同じだ。決着は付かねえよ」
「うるせえ! 威力が上がっても同じことが言えんのか!」
「おいおい。もう“心の質”は同じだぜ?」
さっき俺が威力で負けたのは本当にどこまでも単純な話だった。
鬼化になった時の話だ。侵食されてない心を由姫が保護したのだ。
じゃあ、全く同じ量になれたか?
違う。分けられた心は不均等だった。
つまり、侵食された心と、侵食されてない心で分けられた時、侵食された心の方が多かったのだ。ただ純粋に力が足りなかった。それだけなのだ。
精神世界だとよくイメージ力の勝負になるのが多かったから、自分の力不足とは感じなかったが、それ自体が間違い。普通にあっちが強くてこっちが弱い状態。
そこに俺は特別な理由を見出そうとして、あいつも意味深な事言うから楽な方法探してその間に負けたが……もう大丈夫だ。
一度取り込まれて一つになって、また分かれた時、俺とあいつは全く同じ心の質になったから。
「ちぃっ!」
「ほんと、意味深なこと言ってくれたよなあ。おかげで混乱しちまったよ」
「なら」
紅が俺の右腕を強引に掴む。
取り込む……いや、元に戻ろうとする。
……が、
「何やってんだ?」
「っ!?」
掴まれた右腕を払う。
その時に風を起こし、紅を吹き飛ばす。
「……何で」
「お前。最初に戻った時に言ったよな。「負のイメージをしてるな?」て。今の俺は、豆ほどにもそんなイメージしてないんだわ」
紅はその言葉を聞き、目を見開き、そして力弱く笑い始める。
「……は、はは。なるほどな。怒りを捨てたか」
「違う」
「憎しみも、絶望も忘れたか」
「違う」
「殺意もどっか置いてきたか」
「違う……全然違う。どの感情も、全部全部ここにあるんだ」
「だったら、何で立ってられんだ!!」
紅が風を身に纏い、こちらに突っ込んでくる。
俺は避けず、それを受け止める。
「なっ!?」
「いい加減認めろよ」
俺は言う。
俺に真実を教えるために。
いつまでも認めない半身に教えるために。
「怒りとか憎しみとか絶望とか殺意とか、いかにもイラついてます腹立ってますみたいな言葉を、“強い言葉”ばっかを並べやがって……俺たちは“そんなに強く無えだろ”!!」
俺はいつだって弱いんだ。
強くあろうとしてはきたけど、必要なところで、本当に大切なとこで弱さを見せて、だけど認めず目を背けてきた。
「正直に言えよ! “怖い”って言えよ! 失うのが怖い! 嫌われるのが怖い! だから日常とか言って狭い箱庭作って自己満足して、距離とってきたんだろ!」
「ち、違う!」
「違わねえ! お前だってわかってんだろ? 月島が死んで、怖くなったんだろ? 死を間近で見て、怖くなって、どうしようもできなくて、だから暴れたんだろ?」
「違う違う違う! 俺は月島を殺したあいつらが憎くて!」
「月島には悪いが俺はそんな善人じゃない。俺は俺のためにしか動けない自己中野郎だ。でもそれを認めるのが怖くて、だから“月島を殺したあいつらが憎い”っていう言い訳を並べて、“自分も殺されてしまうかもしれないという恐怖”を上書きして、そうやって俺たちはここにいるんだ。いい加減認めやがれ!!」
「違あああああああああああああああああう!!!」
紅の拳が俺を貫く。
だが、俺の意識は消えない。
そもそも俺たちは同一の存在だ。敵対する時点でおかしいんだ。
「効かねえよ。そもそも、俺たちは同じなんだから」
「………………」
「悪かったな。俺の負の役割をしてもらって」
「っ!!」
ずっと考えてた。
同じ存在なのに、どうして存在を奪い合うような事をしたのか。
元々一つなのに人格がもう一つあるのか。
そもそも、一緒になったらどちらの人格になるのか。
答えは、紅が言っていた。
“世界はこんなにお前に優しいのに、なぜ同じ俺にはこんな役回りなんだ!!”
本来の紅は俺だ。
そしてこの紅は、侵食された時に生まれた、侵食された闇の部分を引き受けた人格だったんだ。
俺の心が弱まってたからさっきは立場が逆転しかけたが、本来は一つになった時に表に出るのは俺の方なんだ。
せっかく生まれたのに自分は闇の存在。元に戻れば消えてしまう存在。
それを知った時、こいつはどんなに苦しかったろうか。
だから、教えるんだ。
「お前は消させない。お前は俺の中で生きるんだ。だから絶対に消えない」
「………………」
「俺は弱さを認める。その上で強くなる。俺たちが一緒に前に進めるくらいに強くなる。もう二度と、紅が弱いが故に苦しまなくていいように」
「……んなこと、出来んのかよ」
「出来るさ。俺たちには強力なスケットが大量にいんだから。だからまずは、俺たちが俺たちになんなきゃな」
「……俺は、お前とは違う」
「同じさ。怖くて怖くて、一転してめっちゃ暴れてさ。弱いとこ隠して強がってさ。同じだよ」
「………………」
「なあ。紅。俺も紅なんだ」
「……何を言ってんだ」
「わかんだろ? 何を考えてるか。俺はお前でお前は俺、なんだろ?」
「……くだんね」
「お前も紅で俺も紅。二つ揃えば紅 紅。……ちと寒いか」
「……こんなのと一緒なのか、俺」
こんなんで悪かったな。
「……いいぜ。俺はお前でお前は俺。なってやるよ。お前に」
「……ああ」
「俺は消えるわけじゃねえ。ずっといる。お前の中にもう一つのお前として、お前の一面として、ずっといる」
「ああ。わかった」
「だから、元に戻ってもへますんなよ……」
そう言うと、紅は光と拡散し、拡散した光は俺の中へと入ってくる。
「ああ、約束する」
その時、頭に声が響く。
__これは“証”だ。忘れないように持ってけ。
「証、ね」
持ってけっつーか、強制だよな。
それは感覚で何と無くでわかった。
左眼。
紅が俺と色が分かれた時も、最初から最後まで同じだった、左側。左側の眼。
それがあいつから渡されたものだ。
「ほんと、チョイスするとこが俺らしいっつーか……どこの中二病だよ」
緑色の右眼に、紅色の左眼。
オッドアイ。
何ともカッコつけの俺らしい選択だった。
「……忘れねえよ、絶対」




