179.紅の世界⑤
「まず、現在のルートは私がいつもと違う事をやったために生まれた、全く新しい分岐なの」
「全く新しいって……今までも少なからず違っただろうが」
ゴゴゴ……と世界が少しずつ崩れていく。
今、俺がいる世界は終わりを迎えようとしているらしい。……とても心臓に悪い光景だ。
パズルのピースが抜け落ちるように崩れる世界の中で、俺と月島は歩いていた。
……記憶思い出したせいで、こいつと恋人になっていたルートも思い出して顔を直視し辛い。あいつは毎回こんな気分だったのだろうか。
「紅、聞いてる?」
「あ、悪い」
聞いてませんでした。
「はぁ。まあ、私もまだ何も言ってないんだけどね」
「おい」
「今から話すって」
よくもまあ巫山戯れるものだ。
俺はいろいろと動揺してるっつーのに。
……それとも、無理してんのかな。
「たしかに、毎回毎回少しずつルートは変わっている。でも、今回は大きな改変があったのよ」
「それは?」
「私の不死性の九割譲渡」
「はぁ!?」
「元の私が“下半身が消えたぐらいで”死ぬわけないでしょうが」
「いや知らんがな」
俺がお前と初めて会うのは烈と殺り合ったあとだから、その時の俺は死にかけで助けてもらう為に月島から不死性を別けてもらうんだ。
だから、俺がちゃんと意識がある状態で月島と対面する時には不死性はすでに削られている状態というわけだ。
「だから迂闊に和也くんと白木さんと戦うことも出来なかったのよねー」
月島が言ってるのは初めての邂逅を果たした学校での事だろう。
「勝てたのかよ……」
「“死なない”自信はあったわ。でも、今回のルートは一割の不死性しか無かったから、死んじゃうかもって思ったのよ」
「そうかよ」
「でも、おかげで道が開けた」
「道が? どういうことだよ」
不死性を九割譲渡したことで、何が起こったんだ?
「まあ九割譲渡の特典に行くためにこの世界を説明しなきゃね。……まあ、殆ど崩れたけど」
先ほどまでの見慣れた風景は無い。
白で埋め尽くされた曖昧な世界。
嘘が暴かれた、いや剥がされた、て感じだな。
「この世界は紅の精神世界なのよ」
「……ここが?」
「まあ、少し違うのがここはいろんな力が混ざって作られた、限りなく本物に近い世界ってことなの」
「精神世界じゃないのか?」
「うーんとね、鬼化、アモネイ、不死性、半永久的に繰り返された数ヶ月分の記憶、あとはマキナの干渉とかね、いろいろな要素が混ざって出来たのがこの世界」
想像以上にいろいろ混ざっていた事に驚く。
「そして、偶然にもある魂が紅くんの記憶と共に“複製された”」
「魂が?」
「陽桜 由姫」
「っ!」
由姫の魂が!?
「紅の中に、数ヶ月分の記憶の中で最も陽桜 由姫が関係した出来事。それが何回も何回も世界規模でリフレインされたおかげで、今回いろいろな影響の中で偶然にも複製されたの」
由姫関連と言うと……烈か。
あと墓参りだな。
この二つの出来事で、俺の中でより深く由姫を思い出させ、その影響で、あの由姫か。
「ああ、勘違いしないで欲しいのは、さっきから言ってるとおり”魂の複製”だから、紅のイメージでは無いの。まあ、完全な本物、とも言えないけど、でもあの子の言った事は全て本心で本物なの。紅のイメージとかじゃ無く、ね」
「……ああ」
もしあれが俺のイメージなら、完全黒歴史だな。
そんな俺の心配を他所に、月島は説明を続ける。
「この世界が作られたトリガーは紅の鬼化。先ほど言った要素の中の一つである、ね。同時に、陽桜 由姫の魂が複製、紅の魂を保護するためにこの世界を作ったの。おかげで、紅の魂の一部を保護できたわ」
「……ちょっと待て。え? じゃあなんだ。この世界は……もう真っ白になっちまったけど、由姫が作ったのか?」
「そういうことね」
じゃあ、由姫は……俺をまた、守ってくれたのか。
由姫に助けられ、月島に助けられ、そしてまた由姫に助けられた。
……本当に、幸運だな、俺は。
「本来なら破壊衝動が収まるか死ぬかしないと終わらない鬼化なんだけど……」
「破壊衝動?」
「感情の爆発で力が暴走した結果、膨大な破壊衝動に突き動かされるのが鬼化なの。まあ、破壊衝動は生み出され続けるから、一時的に収まるだけですぐに暴走が再開……じゃなくて、今はどうでもいいのよ」
「お、おお。わり」
「まあ、とにかくその鬼化は陽桜 由姫が作り出した世界によって、綻びが生まれたの。体と魂が分離してるイメージね」
「そうなのか……じゃあ俺が体に戻れば」
「もう助かる道は無くなるわね」
「そうそう……て、は?」
助からないの?
「当たり前じゃない。元々は紅の感情で暴走してるのよ? それに、“魂の一部を保護”って言ったでしょ?」
ああ、そういえば。
……あれ?
それってつまり、保護されてない部分があるってことか?
「今の紅は、負の感情で暴走してる魂が体に残って、まだ正常な部分が陽桜 由姫により保護されてる感じなの」
「ま、待て。大丈夫なのか? 一つの体に二つの魂って事だろ? 危ないんじゃないのか?」
「そこで私よ」
「……は?」
「たしかに、この状況は二重人格みたいなのとは少し違う。普通なら体が耐えられないのだけど、私の不死性が紅の体を持してるのよ」
なるほど。
常に癒着と分裂が繰り返されてるような状況か。
……よく耐えてるな俺の体。
「まあ、それ以外にも私の存在には意味があるんだけどね」
「なんか言ったか?」
「いえ、何にも」
どこか複雑そうな顔をする月島。
……なんか隠してるな。でもまあ、必要なら言うよな。こんな状況だし。
「まあ以上が今の状況とこの世界のこと、かな」
「ああ、よく分かった」
だが、問題はここからどうするか、だ。
体に収まっても、俺自身の感情に呑まれてお終いだしな。
「大丈夫だよ紅。すでに”外の皆が動いてるから”」
「和也たちが?」
「うん。弱点を攻撃しようとしてる」
弱点? そんなのがあったのか。
……月島がとても微妙そうな顔をしてるのがとても印象的だった。
「あ、くる」
「え?」
その時だった。
世界が震えた。
「な、なんだ!?」
「落ち着いて。さっき言った弱点を攻撃って奴よ。……今なら行けるかも」
「行けるかもって何だよ!」
「ちょっと紅。後ろ向いて。肩甲骨触るから」
「な、何で」
「肩甲骨の間。そこが私が紅に不死性を譲渡した場所なの。そこに触らないとコントロール出来ないじゃない」
そもそも何故俺の精神世界で俺よりも権限を持ってるのかが不思議だ。……俺なんか何も出来ないのに。
俺は後ろを向き、月島が肩甲骨あたりに手を触れさせる。
「紅。よく聞いて。今なら負の感情がかなり流れ出てるから、コントロール権を取り戻す絶好のチャンス。でも、逆に言えば紅自身が出なきゃいけないからあっちにとっても完全支配のチャンスなの。次は無いわ」
「……ああ」
「今から私が紅を肉体に飛ばすけど、そこには“もう一つの魂”があるから、絶対に負けないで」
「わかった」
「負けないで、だからね。負けないで」
「お、おう」
変なとこに念を押すな。
「変にヒント出すのもあれだし……もういいや。じゃあ、飛ばすよ」
最初の方が聞き取れなかったが、とにかく俺はもう行くようだ。
「行くよ」
「ああ」
「……頑張って」
「任せとけ」
そのやり取りを最後に、俺の意識は飛んだ。
「……勝っちゃダメだからね、紅」




