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とりあえず平和な日常をくれ!  作者: ネームレス
領土戦での日常
172/248

171.無茶苦茶で心強い

「ユキ姉! 返事してユキ姉!」


 知っている声が聞こえる。

 だが、どこか遠くの世界のことのようだ。

 視界が真っ暗で、自分の意識はまるで沼に落ちたかのように働かない。


『輝雪! 返事して!』


「ユキ姉!」


 好きだった人を殺さなきゃいけない未来に、どんな意味があるのだろう。

 友達(仮)が死んだ世界に、どんな意味があるのだろう。

 世界は灰色だ。

 もうこの景色に、色がつくことは無いかもしれない。

 そうだ。死ねばいいんだ。

 そうすればリセットされる。世界が繰り返されれば、何も知らない私にもどれる。目が覚めなかったら、それならそれでもいい。

 こんな世界に残るよりだったら。


「ど、どうしたら」


『ん? 誰か来たみたい』


「て、敵ですか!?」


『いや、あれは……』


 最後に紅くんや月島と遊びたかったな。

 お兄ちゃん、大丈夫かな。

 皆は、どうしてるかな。

 でも、もう私には関係のない事だ。

 私には、もう生きる理由さえ……


「な、なんか凄い勢いで来てますよ!?」


『輝雪! 避けて超避けて!」


「……いつまで惚けているつもり!」


「……? ……っ!? きゃああああああああああああ!!?」


 痛あああああああああああ!!?


「ふぅ。スッキリ」


「スッキリじゃないわよ!!」


『あ、返事した』


「あわわわわ……」


 誰よ思いきり私の顔面にドロップキックくらわしたのは!

 声のする方向をキッ、と睨む。

 そこには


「輝雪。こんな所で何してるの」


「く、九陰先輩……」


 小柄ながらも圧倒的身体能力を持つ風紀委員長で先輩の、九陰先輩。

 いつもは感情の機微が微妙に受け取り辛いのだが、今はわかる。

 ……凄く、怒ってます。


「な、何って」


「逃げてきたの?」


「わ、悪いの」


 紅くんと戦えなんて出来るわけがない。

 好きな人と殺しあうなんて、冗談じゃない。


「なぜ?」


「な、何故って……好きだからよ。私は紅くんが好き。だから、紅くんと殺し合いなんて冗談じゃない!」


「……はぁ。“そんな理由で"」


 呆れたように九陰先輩は言う。

 それは、私の神経を逆撫でし、簡単に熱くなれた。


「そ、そんな理由って何よ! 好きな人を殺したくないって言ったら間違いなの!?」


「大いに間違い。何を勘違いしているの?」


「私が何を勘違いしてるって言うのよ!!」


 初めて好きになれた人。

 お兄ちゃん、月、クロ以外で初めて信用出来た人。

 素の自分でいられると思えた人。

 私を受け入れてくれた人。

 そんな人を、殺せるわけがない。

 そんな思いも、間違いだと言うのか。


「あなたが何をどう考えてるかなんて知らないし、興味もない。だけど、あなたは根本を間違えてる」


「言わせておけば……」


「あなたが殺さなくても、誰かが殺す」


 ドクン、と心臓が鼓動を強くする。


「あなたがここで時間を浪費している間にも、月島 雪音の死は無駄になる。あなたがここで逃避している間にも、紅 紅は私たち魔狩りによって攻撃されている。殺したくない? そんなものが、この戦場で、本気で通ると思っているの?」


「それは……」


「殺したくないのが、貴方だけだと、本気で思っているの?」


「っ!」


「何とか言いなさい。木崎 輝雪!」


 いつになく強い語調で、九陰先輩は訴えるように言ってくる。

 お兄ちゃんが、戦っているはずだ。お兄ちゃんなら、容赦無く紅くんを殺す? ……違う。お兄ちゃんでも、多分躊躇する。

 いつもスカしてる刀夜も引き金を躊躇いなく引けるだろうか。

 刀夜中心の冷華さんは、紅を殺すのに何も思わないだろうか。

 舞さんなら紅くんを容赦無く殺すだろうか。

 目の前にいる九陰先輩は、紅を殺せるだろうか。

 ……違う。

 皆は優しい。

 私が信用してようがしてまいが、その事実だけは変わらない。

 前に紫に聞いた話だけど、刀夜は昔冷華さんのために猫、ライカを渡したらしい。でも、刀夜がただの同情だけでそんなことするだろうか。刀夜も何だかんだでお人好しなにだ。

 冷華さんも、妹の紫の存在もある。紅くんと紫はそれなりに話す仲だったし、何も思わない事は無いと思う。

 舞さんも敵には容赦無いが、味方……私たちのためなら全力で助けてくれる。そんな人がすぐに切り替えが出来ると思えない。

 そして目の前の風紀委員長だって、私と同じで紅のことが……。


「……でも。もうどうしようも無いじゃない」


 九陰先輩の言いたいことはわかった。

 でも、それでも私の心は私自身の影に囚われたままだ。

 信じない、信じたくない、そんな私自身の影に。


「なら、私があなたを引き上げる」


「……え?」


「紅が私やあなたにやってくれたように、私があなたを引き上げる。どうしようもないかもしれないけど、何もしなきゃ出来る事も出来ない」


「………………」


「輝雪。選んで。今ここで私と紅の元へ行くか。それともその口から「行く」という言葉が出るまで私に殴られ続けるか」


「いや。その選択肢はおかしい」


「慈悲は無し」


「少しぐらいちょうだい!? ……わかったよ行くわよ行きますよ!」


 なんか強引に話を締められた気がするが、気にしてはいけないのだろう。


「でも九陰先輩。紅を殺す事なんて出来るの?」


「……え?」


「え?」


「誰も殺すなんて言ってない」


 ………………え?


「この世界のループから抜け出すには紅のような“不確定要素”が必要不可欠。誰も紅を殺す気なんて無い」


 ……。

 …………。

 ………………。


「それを先に言いなさいよおおおおおおおおお!!!」


「ユキ姉落ち着いて!」


「聞かない輝雪が悪い」


「普通、鬼化の状態を元に戻そうなんて思わないわよ! 前列も無いのに」


「輝雪。前提が違う」


「今度は何よ!」


「“前例は作るもの”。私たちがその最初になるだけの話」


「……は、はは。ははははははは!」


 笑えてくる。

 確かにそうだけど、幾ら何でも無茶苦茶だ。

 だけど同時に、心強い。


「……私も出るわ」


 紅に教えなくちゃ。

 あなたの周りには、こんなにも無茶苦茶で、心強い味方がいるんだぞ、て。

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