168.崩れた心
……認めない。
認めない認めない認めない。
絶対に認めない!
「邪魔!」
「ぐぅっ!?」
マキナ・チャーチと魔獣。
何故か魔獣がマキナ・チャーチに都合のいいように動くことは、すでに知られている。
ライ、とか言う奴が九陰先輩に魔獣を襲わせた事からすでに「そうなのではないか」と知られていた。
その時は、「どっちにしても敵なんだから殺す」と判断した。
だが、今は只管に殺意と殺気だけが無尽蔵に湧く。
膨れ上がり、より濃密に、なにかトリガーさえあれば鬼化でもしてしまいそうにくらいに。
「諦めろってどういうことよ!」
「そういうことだ」
「発想が飛び過ぎなのよ!!」
「……考えた上だ」
「何を、どう考えたらそうなるのよ!!」
「……俺だって、軽はずみに言ってるわけじゃない!!」
「二人とも喧嘩しないでください!!」
……すぐにでも。今すぐにでも駆け付けたい。
紅は私の好きな人。
月島は私の友達(仮)。
それなのに、諦められるわけが無いじゃない!
「絶対に、認めない……!」
怒りとは裏腹に、頭の中は薄荷でも詰め込まれたかのようにスッキリしている。
……チンタラしてる時間は無い。今のうちに、皆殺しだ。
「あんたら。今の私はキレてんだ。殺されても文句言うなよ」
何処からか小さく悲鳴が上がる。……たく、死にたくなかったら最初から来るなよ。こんな戦場。
二重影じゃない。それじゃ足りない。
多重影。一気に方を付ける!
「【斬撃】【分裂】【特化】【破壊】【変化】【錬成】【凍結】【爆発】【振動】【伸縮】【追尾】【閃光】【連撃】…………何でも全部、持ってけえええええ!」
『輝雪!? 幾ら何でも詰め込み過ぎじゃない!?』
まるで災害が通ったかのように、私の目の前は破壊され尽くしていた。
「はぁ、はぁ……。頭ん中はショートしそう」
『二重影でもタイミングがシビアなのに、何をどう間違ったらそんな詰め込めるのよ。……というか、一応この技って詰め込めば詰め込むほど、一つの要素が薄くなる技なんだけど』
「そんな道理! 私の無理でこじ開ける!」
『なん……だと……』
「て、遊んでないで行くわよ!」
「輝雪! 紅は」
「うるさい!」
お兄ちゃんは、私と紅くんをくっつけようと画策していた節がある。
それなのに、諦めろってお兄ちゃんこそ諦めが早過ぎる!
「行ってみなきゃわからないでしょ! あの赤い竜巻だって紅くんが覚醒しただけかもしれないじゃない!」
そう。
きっと紅くんなら、紅くんはやってくれる。
きっとこの戦いも全て、終わらせてくれるんだから!
「輝雪!」
「ユキ姉!」
私は静止の声を無視して走り出す。
「紅くん。紅くん……」
無意識に声が漏れる。
大丈夫。大丈夫だから。
心配することなんて何もない。
「きゃっ!」
急に風が強くなった?
じゃあ、この先に紅くんが!
「紅くん!」
そして、私は見た。
斬り裂かれた大地。崩壊した建物。飛ばされる瓦礫。吹き荒れる暴風。
その中心に立つ一人、いや“一体の鬼”。
「き、輝雪ですか……?」
「誰!」
声がする方向を見ると、そこには白い猫を抱えた女の子がいた。
その女の子を私は知っていた。白い猫もだ。
「パズズ……なの? というか、凄い血じゃない! その猫はカグヤでしょ! いったい何が……」
私の言葉に、パズズはただ静かに、苦しそうに、首を振るだけという行動で答えた。
意味がわからない。わかりたくない。
聞かなきゃいけない、でも、聞きたくない。
「輝雪!」
「ユキ姉!」
「……お兄ちゃん。月」
追い付いたお兄ちゃんと月は、私の表情とパズズを見て、何かを納得したようだった。
「“やはりか”」
「やはりって……やはりって何よお兄ちゃん」
「……パズズと、月島の猫が今ここにいる理由を考えれば、すぐにわかる」
「う、嘘よ……そんなの」
私は、違う答えが欲しくて、すがるようにパズズを見た。
だけど、パズズは呟く。
「……はい。ご想像の通りです。……“月島 雪音は死亡。紅 紅は私の力を全部持って行きました”」
答えは簡潔に答えられた、
パズズは、苦痛に耐えるような声で、続けた。
「紅 紅は、鬼化しました」
私の中で、何かが崩れた。




