166.血濡れの風
「冷華さん凄い勢いで行っちゃったけど、大丈夫?」
「まあ、大丈夫だろ」
刀夜が絡んだ時のあの人は、ある意味舞さんよりも危険だからな。
「あ、あのカズ兄。私はどうすれば」
「月。お前の能力は優秀ではあるが、本物の命を使うが故に危うい。だから、何もしなくてもいい」
「で、でも……」
月は優し過ぎる。
生真面目で、受動的で、だからこそ本部からも審判役として送り出された。……能力との相性もあるが。
月の使う能力はテイム……飼い慣らしだ。
月が使役する動物は皆、超常的な力を同時に有する。それは、魔獣や頭を容易く打ち砕いてしまうほどに。だが、命は命。消えたら本当に消える。
だからこそ戦わせないようにしたのだが……。
「困ったな」
「うーん。月に出来ることって言ってもね〜」
「うぅ……」
少々優し過ぎたな。
自分だけ何もしないという状況が嫌なんだろう。
「……じゃあ鷹や鷲を使って状況を把握してくれ。紅たちがどうなってるか気になる。冷華さんが動いたなら、刀夜たちは多分別の場所だ」
「わ、わかりました」
「輝雪。俺たちは“護衛”といくぞ」
「りょうかーい。お兄ちゃんの花嫁だもんね。お兄ちゃん以外には傷付けさせやしないよー!」
「……変な言い方をするな」
「え? え??」
……お前が純真無垢で良かった。
『……なんて、不安定な力なのだろう。』
………………。
紅の指示は適切だったと思う。
月島雪音は護衛対象であり護衛役は必要だ。舞さんに休みが必要なのも知っていた。治療していた俺がよくわかる。傷が深過ぎる。魔獣も接近していたなら撃退役もいるだろう。……そして、その場に居合わせたマキナ・チャーチと戦う戦力も。
だが、違和感が残る。残ってしまう。
小骨が喉に引っかかるように、何かが気になってしまう。
紅の指示は確かに適切だ。だが、“適切過ぎでは無いだろうか”?
言い方は悪いが、紅は頭の悪い部類だ。最近の成長が著しいと言え、こんな風に指示出来るものなのか?
……俺の見解は、否だ。
悪いが俺は、紅を信頼してはいるが紅の頭には期待していない。
だからこそ、紅の判断には非常に危うい“何か”を感じてしまう。
……あの場に紅だけを残して良かったのか?
俺たちが離れて良かったのか?
誰か一人でも残って、見守るべきでは無かったか?
「お兄ちゃん?」
「……悪いな。今は目の前の事に集中すべきだった。……行くぞ」
そして、俺はこの選択を間違っていることを後に理解し、そして、後悔する。
・・・
・・
・
それは突然に起こった。
突発的に起こった。
予兆も無く起こった。
爆音とともに、俺の後方でそれが起きた。
「何だ!!」
「……え? なに……あれ」
輝雪が呆然と言った様子でそれを眺める。
そして、俺も言葉を失う。
“赤い竜巻”。
視認出来るほどに赤く、朱く、紅く塗り潰されたような風。
……不吉だ。
同時に、納得もしてしまった。理解してしまった。
……来てしまった。起きてしまった。
「……月。状況は」
「……か、カズ兄。でも、これ……」
「状況は!」
「っ!」
っ。
ダメだ。落ち着け。冷静になれ。
こんな時だからこそ場を客観的に見なければ。
掴めるものも掴めなくなってしまう。
「……悪い。熱くなった」
「う、ううん。でも、私にもわからないの。急にグルの視界とかが途切れて、今は安全なところに避難させてて……」
グルというのはイーグルの略称で、鷹の名前だ。
……視界が途切れる?
「……紅のところで何かが起こったか」
「な、何が起こったって言うの!」
「カズ兄……」
「………………」
思案する。
考えろ。何が起きている。
赤い竜巻。
途切れる視界。
飛び出す冷華さん。
……そして、俺の中にある不安だ。
刀夜は冷華さんには悪いが、冷華さんのことを心底苦手だと思っている節がある。その冷華さんを呼ぶということは何かしらのトラブルがあったということ。
……だが、ありえるのか?
刀夜は舞さんと違い、負傷らしい負傷は確認出来なかった。その刀夜が呼ぶ? 普通ならあり得ない。
刀夜が冷華さんを呼ぶ。これには何かしらあったと考えるべきだ。
……もし、もしもだ。刀夜が自分も命の危機に追い詰められたとしてだ。
そこに冷華さんが駆け付ける。
この事があの風と関係あるのなら、刀夜の危機の前後のいつ、“それ”が起きたかだ。
……ポイントとなるのは、月島雪音か。
紅がどれだけ強くとも、日差太陽との戦闘を見るに、そこまで抜き出た強さでは無いはずだ。
なら、紅自身にも何かが起きたと考える。
なら、それに気付いた月島雪音なら……きっと駆け付ける。
刀夜たちが無事なら、すぐに護衛として引き止めるか、少なくとも紅を助けるぐらいは多分出来る。
だとしたら、最初に紅が危機に陥り、月島雪音が駆け付ける。追いかけようとした刀夜と九陰先輩、そして舞さんもいるはずだ。しその三人の前に、“不足の事態”が起き、月島雪音を追跡不可能になる。そこに冷華さんが呼ばれた、というところだろう。俺の予想では。
……これを仮定とし進めるなら、あの赤い竜巻に関わるのは紅と月島の身に何が起きたかだ。
……もしも、最悪な結末なら。
「お兄ちゃん。紅くんは」
「カズ兄。どうするの」
「……すぐに魔獣を殲滅。紅たちの元へと向かう。だが、その前に一つだけ言わなければならない事がある」
万が一だ。
あるはずがない。
根も葉もない想像。空想だ。
だが、もしもこれが合っているのなら……。
「お兄ちゃん?」
「カズ兄?」
……風が血の香りを運ぶ。
俺の想像を裏付けるように。
……そうか。これは赤い風でも何でもない。
「紅と月島の事は、諦めろ」
……血濡れの風だ。




