164.殺意
手はすでに治りつつある。
だが、あの腕がある限り近接戦闘は難しいな。触れられたらアウトだ。
だが、遠距離って特別強い技も無いしな。あの炎の壁を貫くだけの風……。難しいな。
「どうした。来ねえなら、こっちから行くぜ! 炎波!」
「っ!」
まるで炎が津波のように押し寄せる。
「舞さん!」
「わかりました!」
舞さんの空間移動で刀夜、九陰先輩、月島を安全地帯まで連れて行く。
「焼け死にやがれ!」
「悪いけど、そうは問屋がなんとやらだ!」
*
くそ! また広範囲攻撃かよ!
『紅! これは避けれません!』
「わかってるよ! なら、力付くで“斬り”開くぞ! 烈風の……」
*
風を右手に集める。
指を揃え、真っ直ぐに揃える。
イメージは、風の刃。
炎の波が目の前まで来た瞬間に、横薙ぎに振るう。
「烈風の一撃!」
風の刃が炎の波を切り裂く。
しかし、やはり奴には届かない。そう都合良くはいかないか。
「おいこら! ゲイルってなんだゲイルって!」
「うっせえ! 手頃な単語が思いつかなかったんだよボケ!」
俺だって使いたくなかったわ!
『紅。今のは』
「ん? ああ、多分記憶だ」
一瞬だけ見えた。
似た状況で、炎の波を風の刃で両断した俺の姿。
おかげですぐにイメージが出来た。
「ちっ。 なかなか倒れねえな」
「簡単に負けてらんないんだよ」
「……簡単に、か」
なんだ? 急に雰囲気が……。
「そういやさ。お前が何でこの戦いに参加してるか、聞いてなかったな」
「今から殺そうって奴に、言う必要があるのか?」
「はは。そりゃそうだ。まあ、だが、こういう時って話すもんじゃねえのか?」
「漫画の見過ぎだ」
「じゃあいいや。俺は話すから」
……変な奴だ。
普通、こういう時は技の打ち合いだろ。
……今なら、殺れるか?
「変な真似はしない方がいいぜ。陽炎」
「な……」
奴の姿がぶれる。
奴だけじゃない。
景色が全て、揺れる。
「お前はさっき言ったな。「誰かに理由を求めなきゃ戦えねえ奴に負ける気なんか無い」とか何とか」
「……ああ」
「俺は元々、理由なんか持たなかったんだよ」
空気が少し、ねつを帯びた気がした。
「小さい頃は毎日毎日殺しの技術を学んで、一般人の中じゃ浮いて、俺はずっと一人でさあ。しかも、家じゃテレビやゲームすら無えし、お菓子を食べりゃあ殴られる。軟弱だってよ」
俺には想像もつかない生活だった。
そいつの苦しみも、怒りも、何一つ共有出来ない。
「それなのに、俺は猫に選ばれず、すっげえ頑張ったのに家族の中じゃ腫れ物扱いだ。家からは出され、ギリギリの生活費のみ仕送りされて。さらに俺は高校に上がって気付いちまったんだ。人との話し方がわからないことに」
小、中学時代を全て魔狩りに捧げちまったからな。
そいつは続けてそう言った。
揺らぎは、そいつの精神状態を表すかのように揺れる。
不安定に、揺らめく。
「俺がいったい何をした? ずっと魔狩りのためだけに行きて、急に捨てられて、夢も何も見つからず気付けば卒業だ。流されるままに、空気のように生きてきた」
わからない。
俺のそばにはずっといてくれる人がいてくれたから。
あいつの苦しみが、わからない。
「そんな俺を拾ってくれたのが、理由を与えてくれたのが、マキナだ」
「……デウス・エクス・マキナ」
「そうだ。俺は俺の理由を持たない。だけど、マキナが俺に理由をくれる。こんな俺にだって仲間が出来た。だから……マキナの邪魔をするお前らを、仲間を傷つけるお前らを許すわけにはいかねえんだ!」
「っ!」
来る!
「蒼炎!!」
さっきよりも強い熱を含んだ炎が、俺を囲む。
「ぬおっ!?」
「話は終わりだ!」
「随分勝手だなおい!」
このままじゃ、どんなに回復能力に優れてても焼け死ぬ!
展開していた北風で何とか熱を下げるも、気休め程度だ。
熱い、熱い、熱い。
「どうした! 俺みたいな奴には負けねえんじゃ無かったのか!」
「うっせえ!」
「自分の為にしか戦えねえ奴の限界なんかその程度だ! 何でもかんでも一人で出来ると思いやがって! 幸せな家庭で、友人に囲まれて、そんな“楽な人生”を生きてきた奴に、俺が負けるか!」
たしかに、俺の人生は楽かもしれない。
あいつと比べたら、天と地かもしれない。
だけど。
「……お前に俺の何がわかる」
「なんだと」
「俺の何がわかるかって、言ってんだ!」
一際強い風が、炎を散らす。
「なっ!?」
俺は動きを止めない。
全力で、飛ぶ。
「楽な人生かもしれねえけど、本当に楽だった事は一個もねえ!」
「っ! 炎拳!」
「突風の一撃!!」
インパクトの瞬間、俺の手が焼ける。
だが、気にせずに振り切る。
「熱くねえのか!?」
「知るか!」
右が使えないなら、次は左でぶん殴る!
「突風の一撃!」
「バカかテメエは!」
「バカで結構だ!」
左が焼ける。
右も左も使えない。
だったら、足だ。
「お前! 自分の体がどうなっても知らねえぞ!」
「相手の体の心配なんて随分余裕だなあ!」
「ならこれでもくらいやがれ! 炎波!」
「っ!」
近付き過ぎたために、避ける事はかなわない。
蒼い炎に包まれる。
「があああああああ!!」
「この蒼炎に焼かれて地獄に落ちろ!」
体が溶けて行く。
朽ちていく。
焼かれて行く。
細胞が死滅していく。
『紅!』
「どうした! お前の風はその程度か! 何だかんだ言って、やっぱお前の苦しみはその程度だ!」
炎の中にいるのに、あいつの叫びはよく聞こえる。
「笑って手を繋ぐ親子を見てどれだけ悔しかったか! 遊んでいる子どもたちを見てどれだけ羨ましかったか! 猫に選ばれなかった時どれだけ絶望したか! 家から出された時どんなに悲しかったか! お前にはわからねえだろうなあ!」
ああ、そうだ。
俺には俺を大切にしてくれる家族がいた。晶や焔もいた。パズズとも巡り合えた。家だって今も戻れる。
俺にはあいつの気持ちはわからない。
だけど、
「んなもん知るかああああああああああああ!!!」
「なっ!?」
俺は風を爆発させるように解放させる。
まだ俺は、生きている。
骨が見えてようと、肉が剥き出しになろうと、俺は生きている。
「うっ」
「お前だってわかんねえだろうが! 初恋の人が、自分のせいで死んだ、死んでしまった苦しみなんか!」
「っ!」
動揺した相手に、全力で拳を叩き込む。
「その家族から本気で恨まれて、自分の居場所なんか無いって思ってた! 俺の周りじゃいろんな奴が事故に会って、死を目撃したこともあった! その時の苦しみが、お前にわかんのかよ!」
「ぐぅぅ……!」
「苦しんで生きてるのが、自分だけだと思い上がってんじゃねえええええええ!!!」
「があっ!?」
俺の拳が、相手の腹をぶち抜く。
血が吹き出て、肉が飛ぶ。そして俺の拳も、衝撃に耐えきれず弾ける。
だが、そこじゃ止まらない。
俺は拳を引き抜き、もう片方の手を振るう。
「チェック・メイトだ! 突風の一撃!!」
「ぐあああああああああ!!!」
衝撃で地が割れる。
周りの建物が崩れ、砂塵が巻き上がる。
俺は風を使って砂塵を散らしていく。そこにあったのは……完全に沈黙した、そいつの姿だった。
「……しょーり!」
右手を上げ、高らかに勝利宣言をする。
『……その姿は怖いですよ、紅』
「あ、やっぱ?」
肉と骨が丸見えの、自分でもグロいと思える姿だ。
というか、全身が激痛でもう……無理…………。
俺はその場に崩れ落ちる。
もう言葉も発せない。
意識も、もう痛すぎて逆に失えないレベルだ。
だが、不思議と気分がいい。多分、感覚の方も麻痺ってるな、これ。
「コーーーーーウ!!」
そこに、月島の声が聞こえる。
はは、勝ったぜ、俺。
「コーーーーーウ!!!」
俺は体を無理矢理動かし、月島の方を見る。そこには笑ってる月島がいると思っていた。
だが、そこに居たのは……とても焦った顔をした月島だった。
「逃げてええええええ!!!」
……え?
だが、その言葉の真意もすぐに理解する。
頭上に、不吉に漂う黒雲があった。
……俺は、知っている。
あれを、知っている!?
烈と戦った時の、雷を落とした、黒雲。
……あれは、俺を、狙っている。
「っ!!」
理解した。だが、体が動かない。痛みが体を走り抜ける。
「っ!」
そして、雷が……
「ダメえええええええええ!!!」
落ちた。
視界が真っ白に染まる。
……あ、死んだ。
・・・
・・
・
…………。
………………?
俺は生きてるのか?
でも、雷なんかくらって……。
体も重い……重い?
何かが、俺の上に乗っているのか?
「……こ、う」
ドクン、と脈が打つ。
その声は、先ほどまで俺の名前を叫んでいた人の者だった。
……月島?
「だい、じょー……ぶ?」
俺は首を無理矢理動かして、月島を見る。
大丈夫だ。だって、月島は不死身なんだから。だから、大丈夫だ。
……それなのに、それなのに。
「……ぁ、あ…………」
治りかけの喉から声が出始める。
だが、それすら意識に入らない。
「お前……下半身が!」
「えへへ……気付かれちゃった?」
月島 雪音に下半身は、消えていた。
「何で! お前、不死身なんだろ!?」
「……そう、だった……んだけどね」
「何で!」
今にも消え入りそうな笑顔が、俺に全て悟らせた。
「……俺か? 俺に不死性を別けたから……」
「……こ、う。……ごめん、もう、時間……ない」
「何だよそれ! 死ぬみたいに言うな! 今すぐ俺から不死性を戻せよ!」
「別けたら……戻せないよ」
「戻せよ! そんなルールなんか知るか!」
「……紅のこと、好きに……なると……苦しむこと、ぐらい…………わかって、た、のに……ごめん、ね」
皮膚が再生し始めた身体を動かし、月島を抱きしめる。
「死ぬな! 死ぬなよ!」
「……一言だけ」
「一言なんて言うな! 生きてもっともっと喋れよ! 二言も三言も百言も言えよ!」
「……生きて、紅」
「……生きる。生きるよ。だから、お前も生きろよ。生きて、くれよ……月島」
月島 雪音の首が、力なく倒れた。
「……な、んで」
『今まで、ありがとう』
「な、なんだ?」
頭の中で、月島の声が響く。
『好きだったよ』『ごめん、ね。紅』『大好き』『絶対、生きて』…………
「何だよ、これ」
記憶だ。今までの記憶だ。
だけど、その記憶は全て、“今と同じ時間、同じ場所だった”。
「何なんだよこれ!」
これじゃあ、月島 雪音という存在は今、この場所で死ぬのが……
……運命みたいじゃないか。
「殺し損ねましたか」
「っ!?」
背後から突然現れる気配に思わず飛び退く。
そこには、白で統一された西洋風の服を着た男がいた。
「ちっ。どこまでも邪魔をする」
「邪魔……だと」
「その女だ。いつもいつも私たちマキナ・チャーチの邪魔をする。まあ、今は死んだようですが」
この口ぶり……。
「お前か。お前が、月島を」
「ええ。私です」
その言葉を聞いた瞬間、視界が真っ赤に染まる。
怒りに、脳が支配される。
「……月島は、まだ高校生だぞ」
「関係ありません」
「何度も何度も、死んでたんだぞ」
「せいせいしました」
「お前、お前えええええ!」
憎い、憎い憎い憎い!
「あなたたちだって私たちの同胞を殺したではありませんか」
「……うるさい」
「ちっ。クズが」
そいつは、俺に手をかざすと、そいつの手のひらから雷が走る。
「がっ!?」
「これで少しは静かになります」
俺の体は倒れ、また修復状態へと入る。
だが、敵がそれを待つはずもない。
「もう一度。落としてあげましょう」
黒雲が俺の上に集まる。不吉に、ゴロゴロと鳴る。
俺は、体を動かす……が、動くのは首から上だけだった。
「っ! っ!!」
もがく。もがく。もがく。
だが、動かない。
……死ぬ、のか?
……死んで、なるものか。
月島を殺したのは、こいつだ。目の前にいる、こいつだ。
「あ、あぁぁあ」
月島は、死んだ。
「あああ、あぁああ」
殺したのは、目の前の敵。
「ぁぁぁああああああああ」
もう、痛みも何も、感じない。
「あああああアアアアアアアアア」
怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ怒れ
「アアアアアアアアアアアア!!!!」
殺セ!
「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
血が力となり、紅いオーラが俺を包んだ。




