162.回想
また殺した。
燃え盛る業火の中で、俺は足元に散らかっている“肉塊”を無感情に見下ろした。
『……紅』
「パズズ……俺たちだけが残っちまったな」
大切な人は誰も残っていない。
どうしてこうなったのだろう。
俺たちは、ただ今の日常を守ろうとしただけなのに……。
(あは)
「っ! 誰だ!」
(へ〜。まだ戦う意思があったのか。驚きだよ)
頭に直接響いてくるような声。
酷く幼い子どものようでもあり、どこか人間とは違う“異質さ”を併せ持つ声。
不気味だ。
姿も見えないのに、全てを見透かすように話すそいつは、とても恐ろしかった。
(何人殺したの?)
「……え?」
こいつはいきなり何を……。
(だから、君は何人殺したの?)
「俺が……殺した……?」
……双子のマキナ・チャーチに、炎使いのマキナ・チャーチ。
「……三人だ」
(うっそだー)
ドクン、と強く脈が打った気がした。
だけど、気のせいだ。……気のせい、のはずだ。
「……三人、だ」
(違うよ)
クスクスクスクス。
そいつは、ただ笑った。
(月島 雪音は君を庇って死んだ)
……何だ。何を言ってるんだこいつは。
「……月島が死ぬわけねえだろ。あいつは、“不死”なんだから」
(不死ではないよ。自分が一番よく知ってるんじゃない?)
……わからない。
わからないわからないわからない。
わかりたく、ない。
(君がその不死の一部を持ってるんじゃないか。ピースの一つを失ったパズルはもうパズルとして機能しないんだよ?)
不死というパズルから、一ピースだけ俺が抜き取ったために、不死としてその月島の“不死性”が機能しなくなった。
……そう言いたいのだろうか。
(そうだよ)
こいつは心も読めるのか。
そもそもこの声の主は
(いったい誰なんだ、だよね?)
クスクスクスクス。
笑いながらそう言った。
すると、突如靄が消えるように目の前の“何もないはずの空間から”、一人の子どもが現れた。
白い肌に中性的な顔。小柄とも大柄とも言えない、中肉中背と言ったような体つき。銀の瞳と髪。銀色は晶で見慣れていたはずだったが、そいつの銀色は、どこか違った。
人っぽさを感じない。
(やあ。僕の名前は“デウス・エクス・マキナ”。人の手により創り出された“神”だよ)
「デウス……エクス……」
マキナ。
最後の部分を呟く前に、そいつこそが全ての根源だと、諸悪の根元だと悟った。
「パズズ! 行くぞ!」
『はい!』
元気良く、威勢良く、頼もしい返事だ。
クスクスクスクス。
マキナはまた笑う。
(パズズ? パズズって、この猫のこと?)
マキナの手には“黒猫”がぶら下がっていた。
「……は?」
(まさか自分のパートナーがわからないなんて言わないよね?)
息が荒くなる。心拍が早くなる。焦点が合わない。
……嘘だ。
「だって、パズズはここに……。おい! パズズ! 返事を!」
(無駄だよ。“幻聴”に、“幻”に逃げるのはもうやめようよ。子どもじゃ無いんだから)
「違う! 契約執行状態ならパズズが、パートナーがいなきゃいけないはずだ! 今の俺は風を操れる。なら、パズズだって俺と」
シュン、という静かな効果音と共に、鏡のような物が出現した。
そこに写っていたのは……
「……鬼?」
赤い、朱い、紅い、鬼。
……俺?
「……違う。俺じゃない……! 誰だよこいつは!!」
(いーや君だよ。……でも、このままだと埒が明かないね。よし、全てを教えてあげよう。ボクは優しいから)
知りたくない。
何も見たくない。
何も聞きたくない。
何も、何も……。
(月島 雪音は君を庇って死に、君は激昂して鬼化した。ああ、なんて素晴らしい愛だろう。愛していたからそこまで怒れるんだ。そこまで、憎めるんだ)
鬼化? ……俺が?
そんな、そんなはずは……。
(そして理性を失った君は全てを壊した。敵も味方も、全部。今の君は、全てを発散して少しだけ理性を取り戻しただけさ。すぐにまた暴れる)
「そんなはずがあるか!」
(ほう? 何故だい)
「例え俺が鬼化しても、他の皆が俺に殺られるわけがねえ! 俺が、俺だけが生きてるわけがねえ!」
(君は自分の力を理解していない。鬼化はパートナーの力を百パーセント“奪い取る”。そして“本能的に使いこなせる”んだ。君の力は、というよりこの猫の力は、他を凌駕していた。誇ってもいいよ)
「そ、そんな……」
世界が色あせて行く。
灰色だ。
俺が、俺の守りたいもの全てを壊した。
(大丈夫。ボクがその苦しみから解放してあげるよ)
クスクスクスクス。
マキナは笑う。
(さあ、死んで。そして、また新しい物語を初めておいで。僕の暇つぶしのためにね)
光が迫る。
だが、もう体が動かない。
俺の体は、何の抵抗もなく光に呑まれ、力の激流にその身を壊され、消滅していく。
(……本当に君は面白いよ。最高のオモチャだ)
クスクスクスクス……




