161.どっちが悪人?
二度と、殺させはしない。
その言葉は無意識だった。
俺は別に異世界トリップして勇者やってたとか、過去に壮絶な戦いに巻き込まれて誰かを守れなかったとか、そんな事を体験した事は、無い。
だけど、今は自然とそう思い、口に出た。
……記憶、だろうか。
だとしたら、都合がいいのかもしれない。
過去何百回何千回という世界で磨き上げられた俺の力を、今ここで、
「出し切るぜ!」
過去に例を見ない暴風が吹き荒れる。
*
早い。
何が、と言われれば、ただ簡潔に“成長力が”としか言えないだろう。
あれが本当に、ほんの少し前、春に初めて魔狩りに触れ合った者の力なのだろうか。
……少し違うか。
紅は、“記憶”を持っている。どうやらその“記憶”を持っているのはごく一部で、俺はその他大勢に紛れているわけだが。
一つの世界での経験が、次の世界への力になる。それより前の世界での経験も全て引き連れてだ。
強くてニューゲーム。
ふとその言葉が思いついた。
紅は、それを実現しているのだ。
何度も死に、経験を持って次に生かす。
だとしたら、ああ、なんて……
……なんて、不安定な力なのだろう。
紅が紅である以上、それは紅が歩んできた道だ。なら、大筋が変わっていても、紅自身の行動には一貫性というものがあるだろう。
紅が紅であるが故の行動。
だったら、今回紅は言った。
“必要なら殺す”。
なら、殺したのだろうか?
紅はその前の、その前の世界よりも前の、ずっとずっと昔の世界で、“殺し”続けていたのだろうか。
忘れていたでは済まされない。
紅は急激な成長……思い出すのと同時に、いつかは殺した記憶までも思い出すのだ。
それこそ、俺の記憶では全く足りないレベルでの記憶だ。
血が滴り、肉が飛び、怨念が撒き散らされ、ただ自分の体を赤く染めていった記憶が、膨大な量で待ち受けているのだ。
それでも紅は進むのだろうか。
だとしたら、それはもう、人の道では無いだろう。
人を捨て、武人にならず、修羅を抜け、辿り着くは鬼の道だ。
赤鬼……紅鬼。
戦いに身を投じた、血と屍のみが積み上がった道。
……紅は、どこに向かうのだろうか。
もし、もし本当に“鬼”の道を進むのだとしたら、その先にあるのは……
「和也くん」
「……舞さん」
「信じてあげてください」
「………………」
難しい頼みだった。
もし本当に“そうなってからでは”遅いのだ。
それでも……俺は信じられるだろうか。
……否。
例えどんな人物であろうとも、疑わしいモノには気を配る。身近な人物だからと言って手を抜いて、いざ敵の資格だったら目も当てられない。
だから……
「頼むぞ、紅」
どうか、人間でいてくれ。
*
『来たな!!』
「ああ、ぶん殴ってやるよ」
いつかのようにな。
あの時より力も溢れる。頭も冴える。
「舞さんはもしもの時のために休んでてくれ。刀夜に九陰先輩はどうせもう動けるだろ。ル……でもないしゆでもない……いいや。月島を引き続き守っててくれ。和也と輝雪と冷華さん……あと、大空だったか? 後ろの方から大量の空気の乱れを感じる。多分援軍だから相手しててくれ。俺はこの双子を殺す」
スラスラと出てくる言葉に少なからず驚かなくもない。
“これでベスト”だという考えを口にしただけだったのだが、もしこれが前回の記憶の引継ぎだとしたら危ないかもな。
烈の鬼化でだいたいわかってる。“今回の世界はすでに前回の世界とその物語の本筋がズレている”ことは。
あまり前回の記憶に引っ張られないようにしなきゃな。
「こ、紅……いや、わかった。一人たりとも通しはしない」
「張り切っちゃうぞー!」
「刀夜見てて。私頑張る」
「というか二人とも起きてたの!? あと紅は何で私を名字で!?」
「……おっと」
「月島 雪音。あなたにはたっぷり教育的指導をするから覚悟」
「……あ、あはは」
「じゃあ私はお言葉に甘えますね〜」
皆は指示通りに動いてくれる。もう心配は無いな。
俺は目の前に“敵”を“殺す”ことに集中する。
「……僕らを殺すってゲイル」
「……僕らを殺すってエレキ」
『死ぬのはお前だあああああ!』
繰り出される雷と風。
しかし、雷は前回同様、真空状態を一瞬作り、周囲へと流す。風は単純にパワーで勝てる。
あまえいにもノロい。
あまりにも弱い。
だから、長期戦など考えず、最初から全力で、突っ込む!!
『っ!!』
俺は大地を駆けるように空を縦横無尽に飛び回る。
「は、速い!」
「ぼ、僕だって!」
同じ“風”の使いであるゲイルがこちらに接近してくる。
だが、力の差は歴然だ。
こちらに突進して剣を突き出してくるゲイルの攻撃を避けた後、おれは容赦無くガラ空きの腕を折る。
「ぎゃあああああああああ!?」
「ゲイルー!」
「うっせえ! 黙ってろ!」
空中宙返りで勢いをつけた踵落としをゲイルに当て、落とす。
これで完璧だ。
次は。
「う……」
「そっちから襲ってきたんだ。今更命が惜しいなんて無しだぜ?」
「た、助けて! 誰か!」
「この世界に助けなんかねえ」
「マキナ様が助けてくれる!」
「そうか。なら死んでから願え」
俺は風を拳に集め、放った。
「突風の一撃!!」
「うわあああああああ!?」
俺の一撃が、エレキに届
「待ったああああああああ!!」
く前に、一筋の“炎”が俺とエレキの間に落ちる。
「仲間が稼いでくれたこの時間……絶対に無駄にはしねえ! 覚悟しやがれ魔狩り野郎!!」
「……邪魔くせえのが来たな」
あれは……蒼が襲われたっていう炎のマキナ・チャーチだろうか。
なら、油断せず戦闘状態を維持した方がいいな。
その時。
後ろにいた月島から一言言われた。
「どっちが悪人かわからないわね」
仲間を信用しろ仲間を。




