159.開戦
「ターゲット移動中」
「確認」
「やれやれ。お仲間さんは今、料理なんだろ? 呑気なもんだ」
「あまりベラベラ喋るな。通信機越しだから変に思われるぞ」
「何を今更」
「まあ、監視も三人だけだしな。楽な任務だろ」
「おい。今回のターゲットはNo.2白木 刀夜。風紀委員長黒木 九陰。月の巫女月島 雪音だ。油断するな」
「と言ってもよー。ていうか、何だよ風紀委員長って」
「この区域における風紀委員長は特別な意味を持つ。素の身体能力が高くなければ付けない役職だ」
「だがまだガキだぜ?」
「二人とも。無駄話はそろそろやめて任務に戻ってくれ」
「了解した」
「つまんねーの」
「……こんなとこだ」
「便利ね猫ネットワーク」
驚きの成果だよ。びっくりだよ革命だよ。
「……流石だと言うべきだな」
「恐るべし。猫の聴力」
この猫ネットワーク。実は即席だったりするのだけど、これは実用化を進めた方がいいかもしれない。
「……おかげで分かった事があるな。……奴らは統制がとれていない」
「首の皮一枚で繋がってる即席パーティー」
「その気に慣ればすぐに崩せるわね」
とりあえず危険はほぼ無いわね。甘く見られたもんだわ。
それに、今は人混みの中。流石のあいつらだって襲ってはこれないはず(こっちは問答無用で舞さんのゲートで逃げる木満々だけど)。
今更人目なんか気にしてられないしね。
「……だが妙だ」
「なにが?」
「……あいつらは俺たちの情報を知っていた。……なら、実力の程もわかるはずだ。……なのに何故、たった三人、そして下っ端を差し向けるんだ」
「……それもそうね。特に私なんか、何度も返り討ちにしては闘争してるのに。どういうことかしら」
人数は少数で下っ端。相手は私たちの情報を持っている。
つまり、これは連絡ミスや伝達ミスではなく……。
「……罠?」
その時、九陰先輩が私も行き着いた答えを口に出した。
「……その可能性は高い」
「嵌められた?」
………………。
「不思議。嫌な予感しかしない」
「同じく」
「……たしかに」
今更気付く。
今、相当やばいんじゃないの?
穴があり過ぎて逆に誘われてる感じがする。
そう、どう◯つの森でスコップでひたすら穴を掘って住人同士を強制的に鉢合わせたりしたような、あの感覚。……この感覚を何人共有できるかは知らないけども。
「……ねえ。刀夜ならわざわざ勝てない相手に雑魚の見張りを置くとして、そこにどういう意味を見出す?」
「……俺なら……そうだな。……戦力の出し惜しみ? ……いや。……今更そんな事をしてくる相手だとも思えない。……時間稼ぎにしても雑魚では数秒と持たないだろう。……わからんな」
ヒントが足りない。
何かを見落としている?
「……ねえ。一つ」
「九陰先輩。何かわかったの?」
「今の状況。領土戦で五人も抜けて今は三人。昼時で月島の転移にも期待出来ない。そして人混みの中」
「ええ。そうね。でもそれが?」
「これにさっきの条件を足す。見張りは少数で下っ端」
領土戦。
五人抜けて現在三人。
私の転移は出来ない。
人混みの中。
見張り。
少数。
下っ端。
ここからどういう答えが導き出されるのだろう。
「……そういうことか」
「え? 白木さんはわかったんですか?」
「月島。まずポイントとなるのは、私たちはエルボスには行けないということ」
元々、エルボスに行く手段は三つだけ。
私、舞さん、エクス・ギアだ。
しかし、ここにいるのは私だけで、私の転移は不可能という状況。
エルボスには行きようがない。
逃げ道が制限されている。
「ポイント二つ目。数は三人。バラバラになるのは中々勇気のいる行動」
護衛対象である私から離れるのは危険だというのは重々承知なんだと思う。
これが五人ぐらいなら、離れた場所から広い視野で見守る事も出来るが、三人では無謀だ。何かあってからでは遅い。
動きが制限されている。
「ポイント三つ目。人混みの中では私たちも派手な行動が取れないということ。ゲートで離脱する気満々ではあるけど、だからってここで能力を好き勝手は使えない」
相手は何もしてこないが、こっちも何も出来ない。
条件は同じなのだ。
何もして来なければ、何も出来ない。後手に回るしかない。
対応が制限される。
「つまり、私たちはいろんなものが制限されている。しかも、一つは自ら制限してしまった。人混みじゃなければ、猫自身に能力を使わせることも出来たんだけどね……。完全に失敗した」
これじゃあ派手な動きは出来ない。舞さん待ちだ。
……あれ?
「気付いた?」
……こちらから仕掛けるのはNG。エルボスにも飛べない。下手に動けば見張りが報告をして相手は一気に仕掛けてくる。
つまり、身動きが取れない。
その中での、少数の見張り。
答えは一つだ。
「完全に読まれたってことね。出し惜しみじゃなくて、“必要最低限”だったてわけか。舐めてるわけでもない。これだけで済むと確信した上での少数の下っ端か。やられたわ」
「そう。さらに見張りの意味は別に監視だけとは限らない」
「え?」
「“位置を伝える”意味もあるかもしれない。もしかしたら、だけど」
「……それって」
「……今にも幹部クラスが来る可能性があるということだ。……そして、案の定だ」
『……え?』
「……猫ネットワークだ。……二時の方向。……そして、すぐだ」
もの凄い勢いでカグヤと九陰先輩の猫が走ってきた。
そして、ジャンプし、私たちの肩に乗る……瞬間。
手を繋ぎ、いかにも仲が良さそうな兄弟……いや“双子”が、オモチャにしては無骨で、機械にしてはファンタジーな形のものを取り出す。
『こんにちは。月の巫女と護衛組さん』
世界が光に包まれ、そして異界へと導かれる。
・・・
・・
・
「……まさか、本当に来るなんて」
「ふふ。作戦大成功」
「はは。作戦大成功」
「ゲイルはどうする?」
「エレキはどうする?」
『勿論皆殺しだ』
「カグヤ!」
「白夜」
「……ヒョウ」
初めて白木さんのパートナーの名前を聞いた気がするが、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
この場にいる全員が、契約執行していく。
『さあ! パーティーの始まりだ!』




