148.第二試合:決着
私はコロシアムの中央へと足を運ぶ。
そこにはすでに、嫌味ったらしい笑みを浮かべた奈孤がいる。
「あーら、遅かったじゃない。びびってたのー?」
がすっ。
このアマ……足を踏んできやがった。
「ごめんねー。私、あなたみたいに生き急いでないのー」
がすっ。
私は完璧な笑みを浮かべて踏み返す。
互いに互いの腹の底は知っている。
だが、それでも私たちは、互いに厚化粧すら、仮面すら、兜すら生易しいぐらいに互いの表面を塗りつぶす。
「私はやりたいことがいっぱいあるのよー。本当ならこんな結果の見えてる試合だってしたくはないわー」
ごすっ。
「まーさーか、今回もいつも通り勝てると思ってるの?」
ごすっ。
「そっちこそ、何かお変わりはあったかしら? そこまで言うからには、何かあったのよねー」
どんっ。
「恋も知らない女に言うことは何も無いわ」
どんっ。
「なっ!? あんたいつの間に!」
ばきっ。
「ほほほー。クロ曰く、恋は女を強くするのよ!」
ばきっ。
『それでは、第二試合を始めます』
『殺すっ!!!』
互いに契約執行状態に入り、私は剣を抜刀、奈孤は銃を発砲する。
瞬間、剣と銃弾が交差し、キィィイイイイン! と甲高い音が鳴り響いた。
「随分と強く殴ったり蹴ったりしてくれたわねえ!」
「お互い様でしょうが!」
「それに恋ですってえ!? どうせ一方通行のくせに生意気なのよ!」
「ははは! 女の嫉妬ほど醜いものも無いわー!」
「きーっ! 蜂の巣にしてくれるわ!」
「こっちは剣の錆びにしてくれるわ!」
強化された動体視力で私は飛んでくる銃弾を次々と切り裂く。
頭が冷えて行く。
目が冴えて行く。
景色がゆっくりと流れて行く。
空間全体が見えてもいないのに見えているような、鷹の目というやつだろうか。奈孤の一挙一動手に取るようにわかる。
たしかに、私は奈孤には“勝てない”かもしれない。
だが、
「それならそれで精一杯嫌がらせを行ってやるわー!!」
「やっぱりそれか!!」
勝てないなら勝てないでやり方がある。
「まずは素っ裸にしてくれる!!」
契約執行状態の奈孤の服に斬り下ろす。
だが、
「その程度じゃ効かないのよ!」
「知っとるっちゅーの!」
流石に普通の衣類とは違う。
見た目、普通の服でも斬るのは至難の技だ。
だから、
「せいっ!」
「だから無!?」
影が二重螺旋を描くように剣にまとわりつく。
影はそれぞれ、【斬撃】と【特化】。
「斬り裂けえええええ!!」
「っ!」
一閃。
奈孤に胸元が大きく開く。開かれる。
「……てへ」
「きゃああああああ!? 殺す殺す殺す殺す! 撃って撃って蜂の巣にしてやるうううううう!!」
奈孤が地面に手を付くと、宣言する。
「絶対に許さない……舞えよ銃! “狂宴銃舞”!!」
ここからが奈孤の本領発揮。
「あは、あはは、あははははははははははははははは!!!」
頭のネジが外れたかのように笑続ける奈孤。
はっきり言ってホラーだ。
能力により創り出された大量の銃器は、まるで意思を持つかのように奈孤の周りを巡回し始める。
「……見ーつけた」
「最初から隠れてなんかっ!?」
奈孤が手をこちらに向ける。
瞬間、銃口が一斉にこちらを向く。
発砲音。
無数の弾丸が襲いかかる。
「盾!」
お兄ちゃんのように防御の影を上手く展開出来ない私は、大声でシンプルな技名を発声し、それと関連付けている記憶を引っ張り出し、漆黒の壁を作る。
「くぅぅっ……!」
「それそれそれー!」
何発かが貫通し、私の体を貫く。
銃弾は執拗に足を狙ってくる。
だが、盾を動かすことも出来ない。そこまでの練度に達してない。
盾から出れば銃弾の雨。
出なくても何故か集中的に足が狙われる。
昔からだ。
奈孤は昔から、そういう奴だ。
戦闘狂で血を見るのが好きで、対人戦になるといつも四肢から潰し、徐々に中央へとよせて、最後は上に上がり頭を撃ち抜く。
好きなものは人の恐怖の顔と悲鳴だもの。いろいろな意味で終わってる。
……私も人のこと言えた義理じゃないけどね。
どっちにしても、これ以上の長期戦はやばい。
……同時に、長期戦を続ける気も元から無いわ!
「監獄!!」
相手の足元の影を使い、影をドーム状に展開。奈孤を囲む。
しかし、同時に盾の方の集中力も途絶えて、盾が消える。
「痛ぅっ……! 剣!」
ドーム内に剣を展開する。
そういうイメージだ。
密閉空間の中に剣。
あとは、回転!
「いっっっけえええええええええええええ!!!」
ドーム内で剣が高速回転を行う。
「きゃあああああああ!!」
「くぅぅぅぅぅっ!」
銃弾の雨を喰らい続ける私。
中で切り刻まれている奈孤。
足はすでに機能しない。
手はすでにボロボロ。
銃弾は私の胴体へと集中する。
そして、
「つっ!?」
私の兜に弾丸が当たる。
というか貫通した。
ギリギリまで威力が軽減されていたおかげか、頭に当たるだけですんだ。
まあ、脳を貫くような衝撃だけは防げなかったが。
「もう……ダメ…………」
私の意識は闇に引き込まれて行く。
「輝雪!」
銃弾の雨も止み、真っ先に駆け付けるのはクロ。
展開していた影も消えて行く。
「…………うっ」
奥の方で、見事に“素っ裸になった”奈孤がいた。
私はそれを確認して、満足してから寝た。
「きゃああああああああああああああああああ!!!」
誰かの悲鳴が聞こえた気がするが、もはやそれを意識の内に挟む余裕もなく、眠りにつく。
*
「なあ、和也。“試合に勝手に勝負に勝つ”って……」
「執拗に四肢から攻めて痛ぶることに快感を覚える血眼は、それをやり遂げるに値する実力を持っている。が、輝雪も輝雪で、最後まで嫌がらせを続ける。おかげで血眼は勝っても恥を晒すという事になり、いつも酷い目を見てるんだな、これが」
目に毒というか、なんというか、本当……女って怖い生き物だな。




