145.出発できない
「………………」
緊張してきた。
ついに今日か。領土戦。
どうやら決戦場みたいな場所があり、そこまで車で行くらしい。
今、舞さんが車を用意している。
……だが、
「……終わらせたい」
そして終わりたい。
なんか、これからのスケジュールが憂鬱になる。
「紅。早いぞ」
「余裕無えんだって。誰だよ殺ってやるって言った奴は」
「お前だ」
そうでした。
とは言っても、晶たちにはすでに出発ことは伝えてるし、する事無いと不安な気持ちになっていく。
そんなあーだこーだしてる俺を見兼ねてか、膝の上にパズズが乗る。
「私のパートナーがこの程度でガタガタ言わないでください」
「相変わらずだなお前」
一言目ぐらい心配してくれたっていいのにな。
「紅。信じていますよ」
「……卑怯だ」
「ふふっ、何がでしょう」
俺は恥ずかしさを外に出すように、ゆっくりと息を吸い、またゆっくりと吐く。
「……ッシ!」
気合十分。
とりあえず現場。
記憶に関しては特に問題はない。多少は戻ってきてはいる。だが、今回の勝負のところまでは思い出せていない。
パズズと俺のコンディションも最高。“勝つ”ための準備は万端だ。
「落ち着いたか?」
「まあな。和也は?」
「問題無い」
そう力強く答えた。
なら大丈夫だ。和也の返答は信頼出来る。
「私も無いわよー」
「急に入ってくんな輝雪。鬱陶しい」
「ひ、酷い!」
「あとお前の返答は信頼出来ない」
「尚酷いよ!」
輝雪だしな……。
そういえば、輝雪のこともよく見てなかったな。
「………………」
「な、何よ紅くん」
「いや。晶とのことでもうちょっと周りを見る努力をした方がいいと思ったのでお前を見てた」
「意味合いが違うくない?」
……ああ。こいつよく見ると、
「思ってた以上に可愛いんだな」
ファンも出来るわけだよこれは。
「ふにゃっ!?」
そして輝雪が真っ赤になった。
どうしたのかと疑問に思ったが、自分が言ったセリフを思い返し納得する。
「ああ、悪い。あまり考えずに言っちまった」
「こ、紅くんはもう少し考えてからものを言いなさい!!」
「ああ。今度から気をつけるよ輝雪」
ああ。こいつって恥ずかしがってる仕草もいちいち可愛いんだな」
「おい紅。言葉に出てるぞ」
「あ、やべ」
かぎかっこが後ろの方にだけ付いてら。
「ななな…………」
「おい紅。うちの妹を勝負前に使い物にならなくするのはやめてくれないか」
「……悪かった」
「わかればいい」
「で、これどうすんだ?」
「皆さ〜ん。車の用意出来ましたよ〜」
輝雪がフリーズしている時に来るとはタイミングが悪い。
「紅。抱えてやってくれ」
「和也。お前輝雪の兄だろ」
「こうなったのはお前のせいだろ」
「………………」
しょうがない。
俺は輝雪の前でしゃがみ、手を引きうまい感じに俺の背に乗せて、足の下に手を入れ立ち上がる。
「……おんぶか」
「お姫様抱っこなんかしねえからな。あんな恥ずいの」
和也が何を考えてるかわかったから先に注意しておく。
「……ん? ……紅くん!?」
輝雪は急に覚醒し背中に手をつけ離れようとするが、残念。俺の腕はお前の足をしっかりロックしている。
「あ、え……?」
「お前がフリーズしてる時に車が来たからあえなくこうした」
「そ、そう。じゃあ降ろしても」
「面倒だからこのまま行く。バランス取りにくいから普通にしててくんね?」
「いや、その……く、くっつくじゃない……」
「何が」
「……胸が」
「………………」
「っ!?」
こいつ、首をっ!?
「輝雪! ギブッ、ギブッ!」
「ふん!」
あーあ。怒っちまった。
まあ、体勢は直ったしいいか。
早歩きを意識して急ぎ目で移動する。
すると、今度は首締めではなく、抱きしめるようにぎゅっ、とされる。
流石にドギマギしてしまった俺は少し動揺した感じに反応してしまった。
「ど、どうした」
「……心臓が早くなってる。ねえ、今ドキッとしたでしょ」
面白がるような輝雪の声。
こいつ、こんな時に……。人のこと言えんけど。
「あのなー、お前……!」
「っ!?」
失敗した。
輝雪の方を向こうと横を向いてしまった。
だが、俺は今、輝雪をおんぶしている状況で、輝雪は俺に抱きついている。
そんな状況で俺が横なんか見たら……。
「あ……その」
「………………」
輝雪と鼻がくっつきそうなぐらい顔が近付く。
目と鼻の先とはこのことだ。
息づかいが、視線が全てわかってしまうぐらいに、近い。
「……き、輝雪?」
「少し、黙って」
何を思ったのか、輝雪はその顔を徐々にこちらに近づけて来る。
おい! こんな時にパズズはどこにいった!? ……て、いねえし!
まるで金縛りにでもあったかのように俺の体は動かない。
俺の視線が輝雪の唇に釘付けになる。
少しずつ、少しずつ、そして、ついに触れ……
「ストップ」
る前にストップが入った。
はっ、とした俺と輝雪は互いに顔を逸らす。
というか、今のは誰だ。
「……何をやっているの」
「……九陰先輩」
小柄な体の少女。
九陰先輩だ。
でも何故だろう。不思議な気分だ。
まるで、虎に睨まれたかのような、そんな恐怖を感じる。
「何でもいいでしょ」
俺の背後、というか背中からは龍を彷彿させるような気配がする。
「今は、大事な時」
「だからこそ、今やってもいいと思わない?」
過去だけを見て引きずるのはもうやめた俺はもはや鈍感系主人公の看板は下ろした。
それでもまあ、鈍感なところは鈍感なのだが、これは……その、いいのだろうか。
二人が俺のことを、“男として好きでいてくれる”と自惚れても。
嬉しいことだ。
どちらもかなりの美少女。さらに、信用も出来る。
しかし、何だろうこの修羅場は。
どうしてこうなったのだろう。
誰か助けてください。
「やる気?」
「そっちがふっかけたんでしょ」
紅 紅。
男としては全く贅沢と、しかも俺みたいな見た目不良のモテ要素ゼロの男としては、大変贅沢と言っていい悩みを持った。
……モテるのが怖い。
このあと、いつまでも来ない俺と輝雪を回収しに刀夜が来て事態は収縮した。
同時に、いつかは誰か一人だけを取らないといけないんだなと思った。
……俺には複数人を愛する甲斐性は無いしな。




