142.束の間の紫ときどき刀夜と冷華
「……っ!」
「待って」
「……待つか!」
「捕まえる」
ドタバタと繰り広げられるは男と女の鬼ごっこ。
鬼は女で男は逃げる。
「……今日も平和だな。うん」
「……助けろ!」
刀夜と冷華さんの鬼ごっこにも我ながら慣れたもんだ。
・・・
・・
・
「はぁー。お姉ちゃんにも困ったもんだよー」
「珍しいな。紫が冷華さんの事で愚痴るなんて」
「好きだからこそ、いろいろな面が見えて、疲れることもあるんだよ紅さん」
そういうもんか。
「それにしても、冷華さんのあそこまでの執着って何なんだろうな。ていう顔をしているね」
「思考に勝手に割り込まないでくれるか?」
「まあ、いろいろあるのよ。昔はいろいろあってねー」
「勝手に語り始めたな」
*
私たちの家は昔貧乏でね。親もいなくて、お姉ちゃんがアルバイトで必死にお金を稼いでいる状態だったの。
幼いながらもそれを理解していた私は、お姉ちゃんの負担を少しでも軽くすべく、料理の手伝いはもちろん、片付けもして部屋はいつも綺麗にしてたし、お風呂も長風呂しないように気を使ったし、買い物だって毎週付き添ったわ。必要とあらば一人でも買い物にはよく行ったもの。
でもね、その頃にはもう借金もいっぱいでね。当時のお姉ちゃんは唯一と言っていい趣味の射撃。大会とかでも上位常連だったんだけど、それをついにやめて、放課後は全部バイトにしたの。
でも、そんな無茶はいつまでも続かなかった。
どこまで行っても私たちは学生だったから、テストの点が悪いとバイトは出来ない。だから成績も落とせない。でも放課後はバイトでいっぱい。
お姉ちゃんの睡眠時間は必然的に減っていったわ。
学校の休み時間とかに寝てるようにはしてたらしいんだけど、どうかな。お姉ちゃんは真面目だし、融通とか効かない時もあるから、私を心配させないように言っただけで実は学校でも寝てなかったかも。
おかげで披露はどんどんお姉ちゃんの体を蝕み、ついにお姉ちゃんは体を壊したわ。
だから私は、お姉ちゃんのバイト先全部に電話しようとしたの。お姉ちゃんは休みますって。でも、お姉ちゃんが自分で入れるって言うから、私はお医者さんを呼びに行ったの。
でも、その隙にお姉ちゃんは、バイトに行ったわ。
私はお姉ちゃんがどこでバイトしてるかは把握してなかったから、近くのお店を全部回ったわ。でもお姉ちゃんはいなくて、帰ってくることを祈りながら、私は家でまったわ。
そのあとしばらくして、お姉ちゃんは帰ってきたわ。
白木 刀夜。
あの男に背負われながら……。
*
「なるほどな。それで、あの執着か」
「あ、それは微妙に違うわ。まあ、きっかけの一つではあるんだけどね」
複雑な事情もあったもんだ。
「まあ、この後もいろいろ事件が起こるんだけど……聞く?」
「ここまで来てお預けは無えだろ。聞かせろよ」
「頭が高」
「そうかそうか。ならお前の顔を高い高いしてやるよ」
「いだだだだだ! アイアンクローで持ち上げるのやめて! みしみし! みしみし言ってるからー!」
最初からそう言えばいいものを。でも、やっぱりあの二人の物語は気になる。
特に冷華さん。何だかんだで俺はあの人の戦闘を一度も見ていない。
まあ、こいつは関係者じゃ無いので、こちらの事情など知らないだろうが。
でも、射撃は得意なのか。意外だ。
さて、どういう結末が待っているのやら。
*
いてて……酷い紅さん。いつか報復してやる。
……あはは、嘘ですよ。するわけないじゃないですか!
……ごほん。
それでは続きを話そうと思います。
刀夜はあまりにも疲弊してる冷華さんに見兼ねて、
“命がけだが法には触れない金の稼ぎ方がある”
そう言ってきました。
はっきり言えば、純度百パーセント疑わしいです。
信じるなんて出来る訳がありませんでした。……普通なら。
お姉ちゃんは無駄に意地を張ったせいで、バイトに休む電話をしなかったためにすぐにクビにされました。
すぐに新しいバイト先を見つけようとしても、そうそうあるわけがありません。
そのため、数日の逡巡ののちに、ついにその話に乗ることにしたのです。
借金もあるため、完全に鬼が出るか蛇が出るか、でした。
そして、刀夜からは一匹の猫が送られました。
名をライカ。
毛並みが明らかに“あり得ない”色の猫でした。
だって銀色ですよ? 銀色。
光が反射してとか、凄く綺麗な白とかじゃなく、完全な銀色。
普通じゃあり得ません。
お姉ちゃんはライカを連れ、毎日刀夜と夜の街へ巡りました。
ですが、どうやらその仕事はランダム発生のようで、なかなかお金は集まりません。
そんなある時でした。
お金が本当に、あったのです。
大金でした。はっきり言って、やったお金だひゃっほーい! なんて喜べるレベルを余裕で超えた収入でした。逆に、本当に合法な仕事なのか、さらに不安になってしまいました。
ですが、私たち姉妹が生き残るにはこれしかありません。それからもその仕事をお姉ちゃんは続けました。
でも、私は忘れていたのです。
刀夜がその仕事を紹介する時に、“命がけ”、だと言っていたことを……。
お姉ちゃんは震えて帰ってきました。
刀夜は重症でした。
お姉ちゃんが仕事でミスをして、刀夜がお姉ちゃんを庇った結果、こうなってしまったそうです。
それからはお姉ちゃんは刀夜と一緒には行動しなくなりました。
でも、私はこれで良かったと思ってました。
なんせ命がけです。
私はお姉ちゃんにそんな危険な真似はしてもらいたくありませんでした。
だから、これでいいのだと思いました。
元どおりになるだけです。お金も蓄えがありました。それに、元々無関係だったのですから。何の問題もありません。
ですが、お姉ちゃんの顔から恐怖の色はいつまでも消えませんでした。
どうにかしたい。ですがどうにもできない。
私は気が狂いそうでした。
幼い頃からずっと私を守ってくれたお姉ちゃんが、ずっと気落ちしてるのです。
必死に祈りました。
どうかお姉ちゃんが元気になりますように、と。
そして、事はついに起こりました。
ある日、いつも通りに学校に行きました。
私は先に家に帰り、お姉ちゃんの帰りを待ちます。
そして、お姉ちゃんが帰ってきました。
笑いながら、嬉しそうに、……白木 刀夜と一緒に……。
*
「………………」
「………………」
「……続きは?」
「終わりですよ」
「………………」
「………………」
「何があったんだ!?」
「し、知るわけ無いです! 当時の私は小学生で、お姉ちゃんは高校生です! 帰る時間も違うし、通学路だって別々なんですよ!」
それはたしかにそうだ。
この姉妹はそれなりに年が離れている。環境が違うのは当たり前だ。
だが、それでもだ。
その日にいったい何があったのか。疑問はモヤモヤと頭の中に残り続ける。
「気になるじゃねえか!?」
「私だって気になってるんですよ! ……まあ、一応続きはありますよ。その日から刀夜にゾッコンラブになったお姉ちゃんは、このアパートに引っ越し、そしてあのじゃれ合いが日常化したのです」
「な、なるほど」
「そして私も羨ましいから虎視眈々と刀夜の命を狙ってるのです」
「待て。それはおかしい」
「どこかですか?」
「全部だよ!!」
何処からか、「お前が言うな!」と聞こえた気がするけど、気のせいだよな。うん、きっとそうだ。
「まあ、真面目な話、感謝半分タイミング悪い半分なんですよ。お姉ちゃんは中学の頃から年齢偽ってバイトしてたりしてたので、恋というものを知りませんでした」
抑えろ紅 紅。
これは感動秘話だ。年齢偽ってるとかナチュラルにアウトな発言など見逃してしまえ。
「ですが、知らないとは言っても興味がないわけじゃないのですよ。だから、最高にして最悪のタイミングに来てしまった刀夜は、お姉ちゃんからしたら本当の意味で白馬の王子様だったんですよ。そのせいで」
突如、後ろから誰かが暴れる音がする。
「……しつこい!」
「領土戦前だから、少しくらい、いいと思う」
「……少しで済ませる気が無いだろう!」
「そんな事は無い」
「……あれです」
「あれか」
感情が抑えられなくなった、と。
「でも、いいんですよ。あのじゃれ合いは、私からしたら平和の象徴なのですから」
「どういうことだ?」
「このアパートに引っ越してからは、今までの生活が嘘のように楽になったのですよ。料理は舞さんが作ってくれますし、お金にも困りません。……まあ、額が額なので、ビビってなかなか使う機会はありませんが。お姉ちゃんも社会人になって、普通の職にも就いてますしね。ここに来てからは、本当に生活にゆとりがあるんですよ。そして、あのじゃれ合いは私がこのアパートに来てから恒例行事のように起こってる日常風景。嬉しくないわけがありません」
「……そっか」
紫にとって、冷華さんと刀夜はやはり大切な存在なのだろう。
冷華さんが好きだから、刀夜にはあんな態度をとっているが、実際は結構好きなのかもしれない。
もうすぐ領土戦。
この風景を壊さないように、俺も頑張らなきゃな。
「でもやっぱり刀夜は羨ましいので死んで欲しいです」
「台無しだよバカ野郎」




