139.束の間の晶
「おっはよー! 復活した焔ちゃんでーす!」
「よう。おはよう焔」
昨日の事が全て幻だったかのようなその元気さは、逆に痛々しい。
だけど、追求してはいけない、
答えを知らず、
迷いも気付かず、
覚悟もない、
そんな俺が、焔が急に元気を無くした事を追求してはいけないのだ。
「紅。焔と何かあったの?」
「……何もなかった」
そう、何もない。
過去も、今も、そしてこれからも、きっと何もない。
「……紅。今日は僕に付き合ってほしい」
晶を見れば、その顔はとても真面目な顔だった。
何かを決意したような目目をしていた。
「……ああ。焔。留守番頼む」
「男同士の話し合い? わかった。行ってらっしゃーい」
晶は俺に何を言うつもりなのか。
過去の、いや並行世界の記憶を辿っても、きっとその答えは出ない。
・・・
・・
・
「ここなら誰もいないね」
「……どこの密林だここは」
鬱蒼とした森。
人気は無く、秘密の対談をするにはうってこいだろう。ファンタジーなら魔物がいっぱいいそうだ。
「それじゃあ語ろうか」
「何についてだ」
「僕たちの今後かな」
「そりゃ重大だ」
戯けたように言っても、少しも気が抜けない。
晶の目からは本気の意志が、いっそ敵意と言ってもいいほどのプレッシャーがあった。
「焔。昨日和也くんのとこに泊まったんだよね」
「ああ。そうだな」
「理由は?」
「………………」
言えなかった。いや、“わからなかった”。
「……そう」
「晶。お前は」
「わかるよ。ずっと見てたから。二人のこと」
俺のセリフに被せて、晶はそう言う。
でも、その言い方はまるで……俺が何も見てなかった、と言ってる風に聞こえた。
「焔はずっと紅を見てた。そして紅は、ずっと由姫ちゃんを見てたよ」
「……何を言ってんだ」
「“正義の味方”。僕らの関係の原点だ。あの頃は楽しかったよね。蒼ちゃんを入れて、四人で、いつも一緒で、永遠に今が続けばいいのにって思ってた」
晶は語る。
俺の目線ではなく、自分の目線で。
「由姫ちゃん。紅が一目惚れしてたって、皆がすぐに気付いた。そして由姫ちゃんも、紅の事が好きだったよ。その頃からだったかな。紅が由姫ちゃんだけを見るようになったの」
「……そんな事は無い。俺は、ちゃんとお前らも見てた」
「見てないよ。全然見てない。だから、由姫ちゃんは死んだんだ」
「っ! ……晶、テメエ」
「そして今年は蒼ちゃんを傷付け、今度は焔を傷付けた。由姫ちゃんの幻を追って、正義の味方をやめてもズルズルと引きずるように人を助け僕たちに目を向けず、ただただ自分勝手に過ごしてきたんじゃないか」
「それ以上言うと殴るぞ、晶」
「紅が僕を? ……弱いくせによく言うよ」
「……晶。お前の言いたい事はわかった。だが、それとこれとは話が別だ。まずはお前を……殴る!」
「僕はまだまだ言い足りないんだけどね。いいよ。話ながらしよう」
俺は猛然と地を蹴った。
・・・
・・
・
「っ!」
「弱い。やっぱり弱いよ、紅は」
実力は圧倒的だった。
単純な実力勝負では、俺は晶の足元にも及ばない。
「今にして思えば不思議だよな。何で僕と焔は、こんなに弱い紅を信じてたんだろう」
「……んだと」
「自分の日常は守るって、大層な事を言う癖に、大した力もない君の何を信じてたのかって、言ってるんだ!」
「しまっ!?」
晶の攻撃のリズムが変わった。咄嗟の判断が遅れ、俺は思い一撃を貰う。
「かっ……は……」
「ほら、弱い」
晶は俺を見下ろし、氷のように冷たい目で睨んでくる。
……やめろ。俺をそんな目で見るな。俺は、お前らのことが、
「紅が自分の日常を守れないって言うなら、僕が助けてあげるよ」
「……晶?」
「僕は、君の日常から抜ける」
「なっ……!?」
「僕は君より強い。君に守られなくても、自分の身ぐらい守れるよ」
晶は体から仄かに光をだし、その光を棍と手へと集める。そして、軽く振り下ろす。
ドスン、と地響きが鳴る。
「……晶。お前……」
「知ってるでしょ? 氷野流棍術秘蔵技、氣。僕なら降りかかってくる鉄骨も、突進してくるトラックも、ナイフや銃で襲いかかる凶悪犯も、紅みたいに危なっかしい真似はせず、全部に対処できる。その自信が、根拠が僕にはある」
俺が守ってやれると思っていた。
それは、思い上がりだったのか?
俺は、自分だけが特別だと、どこかでそう思っていたのか?
「良かったね紅。これで君の日常という名の箱庭は小さくなるよ。手入れしやすく守りやすい。素晴らしいじゃないか」
「違う、違う……。俺は、そんなつもりは……」
「輝雪と九陰先輩はとても不安定だ。だけど、君は彼女たちは強いからと、自分の日常にはいれなかったんでしょう? だったら、僕も抜けれるよ。蒼ちゃんだって君の元に居る必要は無いんだ」
「待て晶。そ、そうだ。混乱してんだよお前。そもそも、論点がズレてるっていうか、最初と内容が」
「僕の言ってることは繋がってるよ紅」
棍が俺の顔を掠める。
圧迫感が俺の胸を締める。
……晶が強いことはわかっていた。だけど、ここまで手も足も出ないなんて……。
「ねえ紅。紅の中にいる僕はいつの僕?」
「それは……」
雷に打たれたような感覚だった。
それは、俺でさえ気付かなかった、いや、俺が目を逸らしていた事実。
晶は気付いていたのだ。言葉通り、常に俺と焔を見ていた晶は気付いていた。
「焔。けっこう露骨にアピールしてたよ。僕だって、ずっと鍛えてた。でも、紅だけは、まるで時に閉じ込められたかのように、昔の、由姫ちゃんが死んだ時のままだ」
俺の中にいる晶は、昔の晶だ。
焔だって、昔のイメージだけだ。
「“今”が見れない人に、僕の“今”を預けられない。君が焔が傷付いてる理由を理解出来ないってわかった今なら、心からそう思えるよ」
心が冷える。
俺は、俺の日常を小さくすることで、大きくしないようにすることで、都合のいい世界を作ってただけなのか?
「紅が今忙しいのはわかるけど、だからこそ、今言わせてもらうよ。僕は、君の日常から抜けるよ」
俺の日常は、俺の知らない所で、いや、俺が目を逸らし続けていたせいで、後戻り出来ないくらいに崩れていた。
「じゃあね。魔狩り、頑張って」
晶はこの場から去っていく。
俺は見ることしか出来なかった。
焔の時のように、何も言えなかった。
何も。
「やれやれ。今お前に再起不能になられては困るんだ」




