138.束の間の焔
「正妻の出番だよ!」
「誰がじゃ」
火渡焔。
本物の天才。テストでは三桁以外を見たことが無いレベルだ。
ある時を境に俺に過剰に甘えるようになった。それからはずっと一緒に連んでいる。
しかし、たまに俺のことが好きだと思わせるような発言を連発する時があり、周りからは誤解されたり俺がロリコン扱いされたりする。いい加減、そういうギャグからは卒業してもらいたいところだ。
「……何故だろう。初期の頃からずーっと紅と一緒にいたはずなのに、同じヒロイン格の九陰先輩や輝雪と比べて天と地の差を感じるのは」
「なんか言ったか?」
「なにもー」
「そうか?」
しかし、焔は極度の虚弱体質であり、行動も危なっかしい。そのため一人で行動力させられない。俺からしたら、“親友”というより“妹”感覚なんだよな。
「さらに恋人から遠ざかった気がする……」
「なんか」
「言ってない!」
「お、おう」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「叫んだだけでか!?」
こいつ、ここまで虚弱体質だったろうか。
……ま、まあ、元々はもっとキツイ性格をしてたから、ここまでフレンドリーな性格になったのは進歩だろう。虚弱体質が強化されてたとしてもプラマイゼロだ。そう思っておこう。……少し運動させた方がいいのだろうか。
……本題に入ろう。
「で、焔。用件は?」
「あ、うん。実は……告白されちゃった」
「ほうほう……はぁ!?」
焔が? あの焔がか!?
見た目はロリで虚弱体質で騒がしくて実は残念要素がいっぱい詰まってる焔が!?
「今凄く失礼な事を考えたよねぇ!?」
「んな事はどうでもいい! 内容を言え内容を!」
「釈然としない……。まあ、告白されたって言っても断ったわよ。別にそこまで好きじゃないし。……好きな人は目の前にいるし」
ん? 最後よく聞こえなかった。
「焔。最後の方なんて」
「で、本題だけど、断った相手が少ししつこくて……」
慌てるように言葉を紡ぐ焔。
……まあいいか。
「どういう風にしつこいんだ?」
「まあ、三日ぐらい前なんだけどね。コンビニに出掛けたんだよ」
「何だと!? 水分はちゃんと取ったか!? 腹に飯は詰めたか!? 熱中症対策したか!? 途中で倒れたりしなかったか!? しらない人に話しかけられたりしなかったか!? 買ったものを最後まで運べたか!? こけたり躓いたり電柱とぶつかったり犬に吠えられたりしなかったか!?」
「心配し過ぎだよ!!!」
いや、焔が一人で外に行くっていうのはそれぐらい大問題なんだが。
「まあ、その時に会ったんだよ。鈴木 次郎に」
「本当に作者はメインキャラ以外のキャラの名前は適当だな」
「あまり凝り過ぎると使いたいキャラの名前が消えるって騒いでたね」
メタ発言を織り交ぜながら会話を続ける。
「で、鈴木 次郎だけど。サッカー部キャプテンで一試合で5点を取り、攻守ともに安定して一葉高校サッカー部を去年初めて全国に連れて行ったエースストライカーだよ」
「去年……ということは先輩か。というか名前の割に高スペックだなおい」
「見た目と名前で判断しちゃダメだよ。まあ、鈴木 次郎と試合するチームの中心メンバーが何故かいつも試合で欠場するって噂もあるけどね」
「最悪じゃねえか」
「直接見たけどゲスい笑みを浮かべて以下にも悪人キャラみたいなタイプだよ。黒◯スの花◯真とは違ってイケメンですらないよ」
「見た目で判断していいタイプだな」
んだよ。一瞬尊敬するとこだったじゃねーか。
「で、そいつがしつこいのか?」
「うん。それで急に告白されちゃってさ。断ったらいきなり近付いてきたから思わず人体の急所に針を刺しちゃった」
「なんつーことを……」
「大丈夫! 男の急所は回避したから!」
「お、おう」
不意打ち注意。焔は人体の弱いところを網羅している。伊達に天才の異名を持っていない。
「でさ、大量に手紙が送られてくるんだよね。恨み言を大量に書かれたの」
「それに困ってると」
「……うん」
「……そうか」
焔は天才だったり虚弱体質だったり、特徴はいろいろあるが、メンタルは人並みレベルなのだ。
……さて、どうしたものか。
「とりあえず半殺しでいいか?」
「紅。退学なっちゃうよ?」
「それは困る」
「じゃあ暗殺かな?」
「家ごと焼き払うか?」
「あ、私が毒入りクッキーでも上げれば死ぬかな?」
「それだとすぐにお前が疑われるだろう」
「紅だって、目撃証言があったらどうするの。それに確実性がない」
「難しいな……」
「うん……」
「何を物騒なこと話してるのさ……」
「お、晶か。お前の出番は次だぞ?」
「メタい内容はいいから。それよりお客さんだよ焔」
「私?」
「うん。たしか……鈴木次郎だったかな?」
行動力凄いな、おい。
・・・
・・
・
「焔」
「名前で呼ばないでくれる?」
「いいだろ? これから俺たちは付き合うんだから」
「勝手なことを……」
俺と焔の目の前にいるのは、悪人顔の男性。
鈴木次郎。
まさに焔の言うとおりだった。
「お前が鈴木時 郎か」
「名前の切り方がおかしいぞ」
「鈴 喜次郎だったか?」
「鈴木 次郎だ!!」
「おお、そうだったか」
もちろんわざとだ。
「焔。やっぱ今すぐこっちに来い。こんな奴にお前を任せておけるか!」
「……え? なに?」
焔はこれ見よがしにiPhoneを操作してて俺たちの話を流していた。
「ほ、焔……」
「なにす、す……薄野さん?」
「誰だよ薄野って!? 鈴木だ!」
「興味な〜い」
「……テメエ紅! 焔の弱味握ってんだろ!」
「人聞きの悪いこと言うな」
そんなことするか。
「じゃあ何で焔はお前を選ぶ!?」
「逆にお前を選ぶ理由がわからん」
「諦めてくれない薄野さん」
「鈴木だ! テメエ紅! ぜってえ許さねえぞ!」
『うわぁ……』
もうドン引きだった。
マジでドン引きだった。
そして、焔は決意するように言った。
「すすき……鈴木さん。私、あなたみたいに卑怯なことばっかする人と付き合う気は無いの」
「な、何を言って」
「あなたのことなんか、叩けば大量の埃が出るの。簡単に情報が集まったよ。……去年の決勝戦。随分簡単にフリーになれたよね。あなたは最も注目されてた選手なのに」
「………………」
ハッタリだ。
多分、大会の情報は先ほどiPhoneを操作してた時に集めたのだろう。そこから見つけた違和感を瞬時に見つけ出したのだ。流石としか言いようが無い。
そして、どうやら指摘は正解だったらしい。
鈴木次郎の顔が急変した。
「……へへ、バレちゃあしょうがねえ。ったく、やっぱりここに乗り込んで正解だぜ」
『うわぁ……』
ゲスだ。見事な手のひら返しだった。
というか、ここアパート内なんすけどいいんですかね。
「一応言うけど、ここで俺たちに危害を加えるならやめといた方がいいぞ」
後ろにちょっとやばい光が灯った目でこっちを見る人間が何人かいるから。
「こけおどしは見苦しいぜ! 死にな」
数分後。見るも無残な鈴木次郎が出来上がっていた。
・・・
・・
・
「あはは! 見たあの顔? 「二度としませーん!!」だってさ!」
「はいはい……」
結局、鈴木次郎にはトラウマをしっかり埋め込んで、返した。
これでちょっかいももう出さないだろう。
「しかし、焔もモテるんだな」
「そう?」
「まあ、な」
実際、焔の噂は学校で結構聞くのだ。モテない方がおかしい。中学時代でも二、三度は告白されてたのだ。
まあ、高校生にもなってこのロリボディの持ち主に恋する人間がいるとは思ってもみなかったが((鈴木次郎は含めない)。
案外近いうちに普通の告白をされるかもしれない。
「……だったら、恋をしてるせいかもね」
不意に、焔が喋る。
「恋?」
「ほら。恋をすると女の子は綺麗になるって言うじゃん」
「へえ、焔の好きな人ねえー。晶か?」
「ばーか」
残念そうに、楽しそうに、焔は言った。
「……かないそうにないなー。二重の意味で」
「そんな前途多難な恋なのか?」
「そうだね。一言で表すなら……近過ぎて遠い、かな」
「………………」
焔の言いたいことはわからない。しかし、下手な事は言えない。言ってはいけない。そんな気がした。
「泥棒猫からただの猫にランクダウンかな〜。雌豚が喜びそう。それはムカつくな〜」
何も理解出来てない俺が、何を言えるだろう。
そんな戯けたセリフに、はっきりと言われたセリフに、どんな反応ができよう。
きっと俺は、何も言ってはいけない。
「ねえ紅。これからも“親友”でいてくれる?」
「……ああ」
「……そっか」
悲痛な顔をする焔。
なぜ、そんな顔をするのか。ずっと親友だと答えたのに、何がそんなに悲しいのか。
俺は、焔の気持ちがわからない。
「紅。ありがとね。近々ケジメはつけなきゃいけないと思ったから。ほら、紅はこれから忙しくなっちゃうからね。迷惑もかけたくないし」
「……ごめん」
「もう、何も理解してないくせに」
「……ごめん」
「明日!」
焔が大きな声を出す。何かをかき消すかのように。
「今日は輝雪と和也くんの部屋に泊めてもらうよ。だから、明日からいつも通りね?」
「お、おう」
そして焔は輝雪たちのところへ行った。
一日はまだまだ残ってたが、その日焔にはもう会えなかった。




