137.束の間の輝雪
九陰先輩の付き添いから次の日。
俺に休む暇はなかった。
「デートをします」
「………………」
和也命令による輝雪とのデート。
意味がわからん。何故に俺の方が罰ゲームムードなのだ。
「紅くん聞いてる?」
「近い近い近い!」
顔をぐっと近づけてくる。……なんかいい匂いするし、これ以上は俺の理性がやばい!
「で、デートって何をすんだよ!」
「イチャイチャするのよ!」
「初心者の発想だな!」
俺も恋愛初心者だけど。
「だ、だって……紅くんと出掛けられると思うと、なんか舞い上がって何をすればいいか……その、わからない……し……」
頬を赤らめながら恥ずかしそうに言う輝雪。これが、相手が輝雪じゃなければ俺もドキドキしてたかもしれない。
「演技やめい」
「あいたっ」
とりあえずチョップしとく。
全く、俺の目が誤魔化せれると思うなよ。……しかし、演技はやらせとけば良かったと、すぐに後悔する事になった。
「………………」
「……輝雪?」
「…………〜〜〜〜!」
「ど、どうした?」
「「ど、どうした?」じゃないわよ!」
輝雪の顔は先ほどの二倍は真っ赤だ。
「わ、私だって何をすればいいかわからないわよ! 別に彼氏がいたわけじゃないもの! ……そ、それに、お兄ちゃん以外との異性と二人きりなんて殆ど無いもの!」
「じゃあやめればいいだろ!」
「クロもどっか行っちゃったし! お兄ちゃんとコクも行っちゃうし! 部屋には楽しんで来いって書き置きあるし! ふ、不安で……」
「外に出たらさらに不安じゃないのか?」
「動かないと不安が加速するのよ……」
不安定過ぎる精神だな、おい。
「それに……」
「ん?」
「……と、とにかく私は紅くんと出掛けたい……のよ」
「お、おいバカ。言ってる途中で恥ずかしそうにするな。聞いてるこっちも恥ずかしいだろ」
くっ、これなら演技のままの方が良かった!
「う〜〜!」
「唸るな!」
「お願い! 猫耳でも尻尾でも首輪でも目隠しでも猿轡でも四つん這いでも何でもするから!」
「お前は俺を何だと思ってんだあああああああああ!!!」
内容がやば過ぎる。
「体でも純潔でも初めてでも何でも捧げるから!」
「叫ぶな! わかった、わかった行くから! だから何もしなくていいし捧げなくてもいい!」
「ありがとう!」
「抱きつくなー!」
今日一日、喉がもつか心配だった。
・・・
・・
・
「お、お待たせ……」
「……おう」
準備をさっさと終わらせた俺は玄関で待っていたわけだが、輝雪がなかなか来ずにイライラしていた。
が、悲しいかな。
やっとか来たとイライラしながら振り返った時、俺は言葉を失った。
「………………」
「あ、あまり見ないで……」
可愛かった。純粋にそう思った。
九陰先輩は背丈の問題から、まだ妹という感じがあったが、輝雪は別格だった。
やばい、鼓動が早くなる。
「あ、その、似合ってるぞ。可愛い」
「……ん!」
「どわっ!? 急にどうした!?」
「そ、その嬉しくて……表情が緩んじゃって……恥ずかしくて……」
デジャヴュ。
つい昨日にも、似たような事があった。
「……あ〜! もう、行くぞ!」
「え? きゃっ!」
顔が赤くなったと自分でも自覚出来るのでさっさと行く。
手を繋いで俺は強引に外へ引っ張り出した。
「こ、紅くん。手が……」
「う、うっさい!」
「〜〜〜〜!」
「俺だって恥ずかしいんだっつーの!」
ああもう、何でこいつは演技と演技じゃない時のギャップが!
「いいから行くぞ! 今日はお前とのデートなんだからな! お前は笑ってればいいんだ! 心から楽しんでろ!」
「バッ!? その言い方は酷くない!? あとよくもまあそんな恥ずかしい事を!」
「バーカバーカ!」
「バカって言う方がバカなのよ!」
「だったら彼氏の一人ぐらい作れよ!」
「私だって好きな人はいるわよ!」
「どうせ和也だろ!」
「紅くんよ! …………あ」
……こいつ、今なんと?
「……おい?」
「な、ナンデモアリマセーン」
「……あ、あああああ、アホ! バカ! こ、こんなとこで何を!」
「い、言わせたのは紅くんでしょ!?」
「言ったのはお前だろ!」
「うぅ〜!」
妙な雰囲気になった……。
「………………」
「………………」
こういう時って何て言えばいいんだ。
……だが、輝雪を楽しめるのが今日の目的だ。だったら、恥ずかしいとかどうとかは関係ない。
……言うしかないか。言いたくなかった。でもこの雰囲気どうにかせんと……。
……っし。言うか。
「笑え」
「……は?」
「輝雪が不安定なのは知ってる。だから和也やクロに依存してるのも知ってる。だから、和也に任された以上は俺がお前を安心させなきゃならん。だから笑っとけ」
「……それって理不尽じゃない?」
「笑っとけば楽しい気持ちになるぜ。ま、お前が俺のこと嫌いじゃなければ、だがな」
「嫌いじゃない!」
「お、おう」
「あ……そ、その、ありがとう……?」
「何故に疑問系だ……」
うー。調子狂う。
それにさっきの爆弾発言だって……。
「………………」
「どうしたの?」
「な、何でもねえ!」
落ち着け俺。相手は輝雪だ。
魔狩りではたまに助けられ風紀委員でも信頼出来る相手で日常生活でも一緒に暮らしてて烈との言い争いでも助けてくれたし美少女で強くて不安定なくせにお人好しなとこもあって……。
「あれ!? 意外と行ける!?」
「ど、どうしたの紅くん?」
「い、いやなんでもない」
あ、危ねえ。思考が変な方向に走ってた。
とにかく、今日はどうすっか。
あーでもないこーでもない……あ、そうだ。昨日、九陰先輩と行ったアクセサリーショップに……。
ちゅっ。
そんな控えめな感触が頬に触れる。
…………え?
「…………んななななな!?」
「〜〜〜〜!」
「な、なんでやったお前が赤くなってんだよ!」
「こ、こんなに恥ずかしいとは思わなかったのよ!」
「じゃあやるなよ!」
「紅くんの思いが嬉しかったのよ!」
「ありがとよ!」
もう何が何だかわからなかった。
変な言い争いを俺と輝雪はしていたんだ。周りの目を気にせず(というか、気にする暇もなく)言い争った。
「バーカ! 不幸体質のくせにお人好しのフラグメイカー! かっこいいのよアホ!」
「不安定で情弱な精神のくせにやることなすこと図太いんだよ! 行動力あるなおたんこなす!」
「なにをー!?」
「お前がな!」
不思議な俺と輝雪の関係。
不思議と笑顔になっていたんだ。
……次の日、【初々しいカップルの恥ずかしい口喧嘩】として、俺と輝雪はしばらく噂になった。




