127.紅音
「ふぅ、一先ず撃退できたな。大丈夫かー、音音ー」
「え? あ、はい。大丈夫です……けど、あなたは誰ですか?」
謎の青年はこちらに来る途中で、私の言葉を聞いてか思いきりすっ転んだ。
「……まさか、本当に気付かれないとは」
『いや、まあある意味普通ですよね』
頭をぽりぽりかきながら、青年は契約解除していく。
肩には翡翠色の目をした黒猫。
……あれ? この人の服装、猫、どこかで見たことが……。
「おかしい。気付かれない」
「容姿が大幅に変わってるのですから、外見が戻ったら普通気付きませんって。バカなのですか。いやバカでしたね。正真正銘の大バカ野郎でしたねあなたは」
「いや、俺はそこまでバカじゃないぞ」
「自分の日常に入れてる人間は絶対守ると言っときながら日常に入ってない人間を信頼、優先した上に、特に知らない人を助けるために死にかけ、言動と行動が大幅に矛盾していることを許容しているその頭がまともだと? いやー、驚きました。臨機応変とは違うと思うんですけどね、あなたの行動は。知ってますか? あなたの行動は自己満足なんですよ。自分で暗示をかけるように他人は助けない面倒くさいみたいな事を言っておきながら誰入りも人を助ける正義マン。本当に私はいつもこいつ何やってんだ、という心境ですよ。いや、別にいいのですよ? あなたのその矛盾を許容する頭こそが普通だと言うのなら。見知らぬ人間を助ける偽善こそがあなたの言う頭の良さなら。どうぞ死んで命を無駄に散らしてください。きっと世界はあなたを正義の味方、英雄と呼ぶでしょう。きっとあなたに助けられた人は涙しあなたに感謝することでしょう。それがあなたの望むことなら今すぐにでも次の不幸な人を見つけましょう。それが、あなたの道ならば、私は一生ついて行きますよ。ねえ、自称、バカではない私のパートナーさん?」
「もうバカでいいよ!!!」
「そうですか。いや、いいのですよバカなんて言わなくても。あなたは十分に頭が」
「お前は俺に対する皮肉は絶対に尽きないな!」
「光栄です」
「褒めてねえ!」
「生き甲斐です」
「最悪だ!」
「DEATH」
「死ねと!? 俺に死ねと!?」
「騒がしいですね、全く。少しは落ち着いたらどうですか?」
「十割お前のせいだということを自覚しろ!!」
「恐縮です」
「どこかだ。平然としやがった」
「わー、こわーい」
「わー、凄え棒読み。ここまで見事な棒読みだとなえるわ」
「恐縮です」
「何がだ!!」
マシンガンのような応酬に、私と私の猫のニーナは理解が追いつかない。
「ね、ねえ。これってどうなってるの」
「私にも何が何だか……」
だ、誰かわかる人を……。
「だいたい紅はもう少し自分の発言に責任を持った方がいいです」
……え?
今、あの猫、青年の事を、コウ、って言った?
「うるせえなー。いいだろー、別に。誰が困るわけでもない」
「私が困るんですよ」
「そりゃ悪かったな、パズズ」
ぱ、パズズ?
それ、だって、変態のパートナーじゃ……。
私とニーナは互いに顔を見合うばかり。
違う、と思いながらも予感はどんどん大きくなっていく。
……まさか、
「紅、紅 紅…………?」
「お、やっとか思い出したか」
思い出したか?
それはつまり、肯定という意味で……。
「え、えええええええええええええええええ!!!」
男おおおおおおおおおお!!?
「一葉高校一年。風紀委員。紅 蒼の兄。そしてパズズのパートナーで魔狩り。紅 紅だ。さっきぶり」
「いやいや、ちょっと待ってください。別れる時は女でしたよねえ!?」
「だーかーらー、最初から男だって言ってたろ」
「い、言ってましたけど……どうやって」
「ん? 変異型にやられた」
それを聞いた瞬間、私は猛烈な羞恥に襲われた。
魔狩り関係者ならすぐに思いついてもいいことだ。
変異型の頭 にやられた。元々この男も関係者。そういう可能性も考えれば普通に出て来た答えのはずなのに……!
いや、私は悪くない。何故なら女の時に異常に美人なこの変態が悪い。そう、私は悪くない。
そもそも、誰もこの変態が変異型にやられたなんて言ってない。つまり、気付かなくてもしょうがないはずだ。
そう、私は悪くない!!
「勝手に自己完結してんな」
「あいたっ」
ぺしん、と頭を叩かれる。
この変態、何を!
「とりあえず誤解は解けたか?」
「…………非常に不愉快ですが、私が勘違いしたようですね。すいませんでした」
「よし、ならこの件はこれで終了! もう間違えんなよ」
「間違えませんよ!」
ああ、なんでこんなにイライラするんだろう!
「………………」
「何でこんな睨まれるんだ、俺」
特に意味はなくイラつきます。
何ででしょう。自分でもわからない。
ただ、一つ言えることは、
「……隠し事をされた怒り、ですかね」
「いや、完全にお前の勘違いだからな?」
「ふにゃっ!? こ、声に出てました……?」
「出てたぞ」
「ち、違うんです! そう、これはあれです! 友達とかに思うような……」
「ほほう……友達ね〜」
なんかこの人ムカつくー!
「ええーい! ろくにフラグ建てもしてないくせに友達とか図々しいんですよ!!」
「うるせー! フラグ建てしてないのにホイホイ気を許してんのはそっちだろうが!!」
「何ですか!」
「あ"あぁ?」
結局喧嘩です。
なんか、これが当たり前であるかのように喧嘩です。
「だいたいあなたは!」
「それを言うならお前は!」
「……なにやってるんだあいつらは」
「むー、仲睦まじそうに」
「紅は、たらし?」
「ほほう、音音ちゃんと来たか」
「無事で良かった……」
「そしてなんだろうねこの空気」
遠くから、和也さんたちが見ていた事に気付いたのは、もう少し後のことでした。




