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第一話:隠密調査

>>忍

 極小粒で細かい染みが沢山浮き出たような模様の所為で灰掛かった白っぽい大理石のタイルが敷き詰められた明るくて豪奢な廊下を西に向かって進んで行く。

 夕暮れが近付き空から注がれる光の中に黄色いそれが目立つ中、退屈な時間から解放された学生達が俄に活気付き始める。入学式、始業式と立て続けにあった学期初めの行事が皆一段落した今、長閑な春の空気と共に気の緩んだ漫然とした雰囲気が構内を覆っていた。


 ふと立ち止まり、その向こうに広大な青空が広がる右手の窓の方に目を向ける。廊下の蛍光灯が消えている為か、晴れ渡る午後の空の中に、肩に届きそうな髪質の良い黒髪のストーレートなショートヘアに、端正で可愛らしいが銀縁眼鏡の奥にある目付きと顎のラインが少し鋭い、背が低くて胸も絶壁、だけど透き通るような白い肌をした女子生徒の陰が鏡のように薄っすらと硝子に映り込んでいた。僕が見つめると彼女も見つめ返し、僕が窓辺に接近すると彼女の姿も少し大きくなる。少し楽しい。

 肘を掛けて北側の窓から、3棟の校舎によってコの字型に囲まれた広い校庭を見下ろす。自分が着ているのと同じ、襟に藍色のラインが入った白いセーラー服と同じ色のプリッツスカートの制服や部活服を身につけた女子中学生と女子高生が黄色い声を上げる中、ちらほらと金ボタンの紺色学ラン姿の影が馴染めずに混じっているのが見て取れる。80年に渡る聖凛女学院の中で初めて公式に入学してきた、中学1年生と高校1年の男子生徒達である。

 その中でグラウンドの外側、校庭の端の方にある明るい緑色の芝生が広がる一画、不統一に並んだ大きな銀杏の木の1本の足元の陰の下で、地面に寝そべっている3人の男子生徒を僕は注視した。高等部1年3組の坊主頭に黒縁眼鏡で背が高いだけが取り柄のもやしの新田 大輔、同じく3組の髭が濃くて年中無精髭を晒している癖にチャラ男ぶる茶髪ロン毛の暑苦しい木梨 義宗、そして右2名に同じ、茶掛かった黒髪を今様に念入りにセットした顔と雰囲気だけはイケメンのエロ馬鹿餓鬼代表佐藤 弘光。

 遠目からもそれと判る、白い肌の大部分を露わにした水着姿の若い女性の写真が拍子になっている雑誌らしき薄い書物を草むらの上に広げ、3人顔を近付けて何やら耳打ちあっている様から、また校内に如何わしい禁書を持ち寄って下賎な話題で盛り上がっている事が容易に手に取れる。3人とも昨年度まで女子高だった為に男子生徒の比率が女子生徒のそれより極端に少ない我が校の現状に目を付け、彼女を得るが為に意気揚々と入学してきたらしいが、そろそろ1月が過ぎようする現在、その成果は全くといって言い程上がっていないようである。

 まあ僕から言わせて貰えば、衆人環視の中健全でない書物を広げて品の無い品評をする、という下劣な事を大っぴらにしておいてしておいて、そんな彼らに寄ってくる少女が1人でもいると考えられる方が有り得ないし、嫌悪される一番の要因になっている訳だ。でも、そんな単純な事にすら思い至らず、

「どうして俺達はモテないんだ――――!」

と、きっと今日も彼らは馬鹿の一つ覚えに叫ぶのだろう。本当、学習能力の無い連中だ。


 しかし、不思議なのはあの3人の中でリーダー格である佐藤っていう男。どうして……。

 と、思案を巡らした所で、僕は窓ガラスに映った自分の鏡像の後ろにもう1つ、サラサラとした手触りの良い腰まで届く直毛な黒髪をポニーテールにして後ろで結び、僕以上に白く決めの細かい肌をしていて背が高く、しかも胸の豊かな容姿端麗の美少女が微笑みながら後ろから僕の分身を見つめている事に気付き、思わずあっ!と口を開けて目を見開いた。するとその刹那、真後ろにいるらしい女生徒の鏡像から僕のそれへ手が伸びてきたと思った途端、僕の目の前は真っ暗になった。

「だーれだ?」

「もう硝子に映っていたから誰だか丸分かりですよ。お姉様!」

「何だ。残念……。」

 本当に残念そうにショボンとした声を上げ、僕の目から掌を外すと、目の前に夕空を背景にしてムッとした顔で憤慨する僕と、そんな僕を見て困ったような微笑を浮かべる吉祥院 桔梗お姉様の姿が目に入った。


「ごきげんよう、お姉様。」

「ごきげんよう、忍。それで……、そんな所で立ち止まって何を見ていたの?」

 そう言って僕の右肩に顎を乗せるように前屈みになると、お姉様は僕が視線を向けていた方、先程の3人の男子生徒の居る方へ目を遣った。

「あら?あれは……。」

「…………。」

「何、忍。あなた、ああいう子がタイプなの?」

「ばっ!違います!」

「ウフフ……、解っているわ。冗談よ。あなた、こう見えても男の子だものね。……もう、そんなに顔を紅くして怒らないの!」

「う――――っ!」

 お姉様にからかわれて、僕は思わず口を尖らせてしまった。


「それにしても、潤音部長もどうしてあんな奴にお目を掛けたのでしょうね?不思議で堪りませんわ。」

「あなたと同じよ、忍。素質があったから選んだ。それだけの事でしょう。あの娘の伯楽手腕は間違いがないもの。」

 素質ねえ……。お姉様の言葉を頭の中で噛み締めながら、僕は今一度眼下の景色へと視線を落とした。


 1クラス50人、それが8クラス連なって合計400人の生徒が1学年を形成する中、高校1年生の中での公式な男子の割合はたった20人。ほぼ20人に1人しか男子がいないにも関わらず、僕はエロ馬鹿3人組と同じクラス、高等部1年3組に編入された。

 そんな訳でこの一月ばかしずっと、1人のクラスメイトの女生徒として彼等を間近で観察する機会に恵まれていたのだが、佐藤 弘光に魔法能力の素養があるらしいと聴かされる前も、また3日前に部長から指摘された後も、魔法使いが必ず発する何らかのオーラや兆候を発見する事が出来ないので、未だに僕は内心訝しく思っている。


 旧校舎と新校舎に挟まれた本校舎の3階の廊下を、旧校舎の同じ階にある『魔法研究部』の部室に向けてお姉様とお喋りを続けつつテクテクと歩いて行く。

「でも、あんな奴に本当に魔法能力なんてあるのでしょうか?日がな一日厭らしい話しかしない下衆ですよ。」

「あら、セクスシャルなパッションは時に膨大なエネルギーを発散させる源になる。……なーんて事もあるんじゃないかしら?」

「創作活動とかに打ち込んで昇華させるだけの根性と技術がある人なら兎も角、あの佐藤に限ってそれは有り得ませんわ、お姉様。」

「あらあら……。随分きつい言い方をするのね。」

「だって、お姉様。わたし、あの人の事、嫌いですもの。」


 魔法の力があるかないかは別として、佐藤……というよりアホ3人組は1年3組の女子生徒達にとって目の上のたん瘤のような存在である。

 何せ1日に1人から数人に告白をしまくり、まだ1月も経って居ないのにクラスの中の女子には粗方声を掛け、現在絶賛他のクラスの娘達にも声を掛けまくっているのだ。しかも、女の裸や胸の膨らみ等の性的な忌避すべき事を大声で盛り上がっておいて、此方がそういう面が嫌だから当たり前のようにお断りすると全力で土下座をかまし、まるで拒んだ方が悪いみたいな印象を周りに与えるという、阿呆な癖に妙にあざとい手段を取るから性質が悪い。

 ただでさえ土下座される機会なんて乏しいのに、謝罪の意思の欠片もない気持ち悪いそれをされて、嫌悪以外の感情を残せと言う方が無理というものだ。

 そんな大げさな、と一笑されればそれまで。でも実際に、必死の余り気色悪くなった形相で自分に向かって土下座する佐藤を目の当たりにしてから、僕は彼の事が生理的に苦手になってしまった。今だって何かの拍子でフラッシュバックする度に吐き気を催す。

 何より最悪なのは、お世辞にさえ可愛いとは言い難い娘は徹底的に無視を決め込む所だろうか。まず声を掛けるのはクラスの中でも美貌に関しては一目置かれている美少女達ばかり。どれだけお高い理想を抱いているのかは存じないが、ほぼ全員にちょっかいを出すなら、醜女も平等に扱って然るべきではないのか?


 正直に言って、佐藤が我等『魔法研究部』の一員になる可能性が非常に高い、という事実を考えるだけでも欝になるのに、最悪な事に同じクラスという理由だけで、護国院 潤音部長直々の命によって僕こと白鷺 忍は佐藤 弘光の監視役に大抜擢されたのである。


 新校舎の端を右に曲がって渡り廊下を越え、昼間でもどんよりとした薄墨のような闇が覆う旧校舎の廊下を北上する。

「忍、あなたがその、佐藤君の事を嫌いな事はよく解ったけれど……。報告の方はちゃんと潤音ちゃんに報告しなくちゃ駄目よ。」

「勿論ですわ、お姉様。これはこれ、それはそれ。仕事として引き受けた以上全うする所存です。けれど、当の本人から何の片鱗も発せられないなら、どうしようも有りませんわ。」

 そんなこんな言っている内に、僕と桔梗お姉様は、内側から暗幕を掛けられて中を窺い知れない、上の方に磨り硝子が嵌め込まれた2枚組みの古めかしい木製の開き戸の前で歩みを止めた。この扉の向こうにある部屋が、僕とお姉様が所属する『魔法研究部』の部室である。

 僕は一歩前に出ると、溝のように掘られた扉のノブに右手の指を掛けた。

「お姉様、どうぞ。」

「ええ、お先に。」


 部室の中は普通の教室と同じ位の広さがある、1つの部に与えられる物にしてはかなり広い物で、壁代わりの間仕切りによって3:1程の割合で分けられている。そして手前の入り口がある広い方は、白い壁紙が張られた壁、金糸の刺繍で細かい幾何学模様が施された深紅のペルシャ絨毯が敷かれた床の上には渋い茶色の革張りの一人掛けソファーや円卓やエメラルド色の本棚と云った中世ヨーロッパの物のようなアンティークの家具が幾つか置かれ、天井にはシャンデリアチックな電灯が仄暗い光を辺りに放っている。

 そんな中、昼間からカーテンが閉められた窓際に置かれている円いティーテーブルの傍に置かれた2脚あるソファーの内、向かって右側の方に此方に背を向けて文庫本を読んでいる、ショートヘアを短く後ろ手に2つに三つ編みにした背の低い、愛らしいハムスターを彷彿とさせるような少女、中等部3年の石動 麻冬が座っているのが見えた。

「ごきげんよう。」

「遅くなりました。」

 僕とお姉様が部室の中に足を踏み入れると、麻冬ちゃんは面倒臭そうに軽く息を吐いて此方に振り返ると、ジトッと睨んだ。

「ごきげんよう。……本当、遅かったですね。」

「ごめんね、麻冬ちゃん。ちょっと学級委員の用事が手間取ってしまって……。」

「いえ、気にしないで下さい、桔梗様。そちらの人に向かって言っただけですから……。」

 そう言うと、麻冬ちゃんは再びギロリと鋭い視線を僕の方へ容赦無く放った。凄くバツが悪い。


 麻冬ちゃんはかなり徹底した男嫌いだ。

 どういう経緯でそんな風になったのか、聞いた事もないし興味もない。でも、折角可愛い後輩が出来て、やったー、と思ったのも束の間、邪険に扱われるのはやはりきつい。無論、此方だってその意向を汲んで恣意的に距離を取る事が一番かもしれないが、お姉様達の僕に対する覚えを良くする為にも、対外的に後輩に優しく接する先輩というものを紛いなりにも演じなければならないからそうも言っていられない。

 でも、そんな軽薄な心持ちが無意識の内に僕の態度に表れているのか、さもなければ彼女の千里眼によって見透かされているのか、僕と麻冬ちゃんの関係はこんな風にぎこちない。


「ところで麻冬ちゃん、潤音が何処へ行ったか知らない?」

 部屋の一角に置かれたマホガニー材の焦げ茶色の机にセットされている6脚の椅子の内の一番左奥の一つに腰を下ろして部活の用意をしながら、桔梗お姉様は普通の調子で真冬ちゃんに潤音部長の居場所を訊ねる。恐らく僕と麻冬ちゃんの間の溝のような物に気付いていないのか、それともお姉様の事だから判っていて尚問題視していないのか、別け隔てなく普段の口調でそれぞれに接している。

 しかし、その都度麻冬ちゃんの機嫌が損なわれているように感じてしまうのは、僕の考え過ぎなのだろうか?お姉様から話し掛けられる時の一瞬だけ笑顔を見せた彼女の表情を目撃する度に、彼女が本当に単に男嫌いという理由から僕にきつく当たっているのか、疑ってしまうのである。


「部長なら、また例の部屋に篭っていらっしゃいますが……。」

 麻冬ちゃんの指した方向……。お姉様の背中側、部屋の入口からすぐ左手に見える部室の向こう側には、高校の部室とは思えない程豪華な内装にとても似つかわないベニヤ板のような粗末な仕切り板を嵌め込んで造った、潤音様専用の暗室、もとい隠しスペースがある。といっても、ただでさえ違和感を覚える事を禁じ得ない上に、向かって左側にある校舎の廊下の壁に接する仕切り板が斜めになって奥の暗闇が顔を覗かせる程度の代物で全く隠している意味がない。けれど、板材の奥からは一切の物音が聞こえない。一体部長はそこで何をしているのだろうか?といつも不思議に思う。その癖急に大きな物音がしたと思えば、飛び出してきて此方に無茶な任務や課題を否応無しに課すのだ。


 バァ~~~~ン。

 突然、火薬か可燃性のガスが爆発したような轟く破裂音と共に、例のベニヤ板の戸と間仕切りの隙間いっぱいに白い閃光が煌めいた。それとほぼ同時に物凄く圧力を持った空気の波動が僕等を直撃する。

 慣れたとは言え、潤音様があの秘密の場所で何かをする度に、隣の部屋の僕達までその害を被るのはどうにかならないものだろうか?

 まるで何事も無かったかの如く平然としたままの他の2人に倣い、胸の動揺を隠して澄まし顔をしつつも、僕は横目で仕切り板の向こう側をそっと窺った。


 バカッ……。そんな間の抜けた音と共にずれていたベニヤ板の戸が外れ、中から1人の女生徒が現れた。桔梗お姉様には劣るが、はち切れんばかりに胸の辺りが膨れたセーラー服を窮屈そうに着る、背が高くてスラリとしている。そして何故か解せぬ事に、面長の顔の後ろ側を肩甲骨まで伸ばした濃い紅茶色の鮮やかな、滑らかに緩いカールが掛かった巻き毛は殆ど乱れていない。あれだけの爆風を間近で浴びていただろうにも関わらずである。

「ごきげんよう、潤音様。」

「今日も麗しいです。潤音様。」

「ごきげんよう。」

「ごきげんよう、忍ちゃん、麻冬ちゃん、それに桔梗も。……さ、始めましょうか。」

 どう考えても尋常でない事が起こったばかりなのに、下級生2人と同級生へ平然と挨拶を返せる。この竹を割ったような美少女こそ、精華学研都市第一女子学園中学高等学校、通称学研一女、の魔法研究部の一不思議にして現部長、護国院 潤音その人である。


 二重のくっきりした、大きめの髪の色と同じ赤茶色の虹彩の瞳の目立つ丸い目に、すっと白人種のように鼻筋が通った彫りの深い顔立ち。モデルのような体格も相まって素直に美人だと思う。しかし、占いという思いつきで行動する上に大概が爆発を伴うとか碌な事が起きないから、正直上級生で部の部長、さらにお姉様の無二の親友でなければ、お近付きになりたくない。僕は苦手だ。

 だから、なるべく潤音様から視線を外すように俯くと、僕は自分のリュックの中から魔法具召喚用のトランプのカード大の真っ白な厚紙と筆箱、そして過去3千年前から現代の最新式まで様々な魔法式が記載された辞典のような魔術書を取り出し、素知らぬ顔で召喚符を作成する作業を始めた。

 傍らでは、潤音様も席に着き、部員全員が揃った事で引き金を引く準備が整ったからか、お姉様が口火を切っている。

「またあれをしていたの?潤音。」

「ええ。確認しておきたい事もあったからね。」

「いくらあなたの家が闇の眷属の一族だからって、あまり学校の中で黒魔術をしないで欲しいわ。」

「あら、それは御生憎様。……ところで、忍ちゃん?」

「……はい。」

 唐突だとも思ったが、遅かれ早かれ話を振られるだろう事は予想付いていたので、車体のフレームやシャシーの構造と剛性に関する魔導関数の方程式を書き切ると、僕はシャーペンを机上に置いて潤音様の方へ顔を向けた。

「先週からず――っとお願いしている佐藤君の件、どうなっているのかしら?」

「……心苦しくて申し上げ難いのですけれど、潤音様。昨日の報告と同様です。」

「つまり、今日も進展なしと……。」

「はい。予兆らしきものは何も確認できていません。」


 そんな、何の脈絡もなくいきなりどう見ても取るに足らない一般人が魔法能力所持者だと示唆されて内密に調査を始めたばかりなのに、昨日や今日で成果が上がる訳ないだろう。うんざりしながら僕がぶっきらぼうに徒労を報じると潤音様も、

「はぁ――――っ……。」

と、まるで不甲斐ない部下を見下す時に出すような厭らしい溜息を、態とらしく深く空気を吸い込んでから吐きだした。

「まあ、いいじゃないの、潤音。秘密裏に調査しているのだから、早々すぐに成果は得られないでしょ?ウチの忍は良くやっているわ。」

「あら、いくら可愛い腹心でも甘やかせ過ぎではない?桔梗。わたし達には時間がないのよ。他の連中が目を付ける前にわたし達の仲間に成り得るか、確かめないと……。」

と、お姉様のフォローを潤音様は一蹴した。


 正直な所、佐藤 弘光がかなり強力な魔法能力保持者らしい、と云うのはあくまでも潤音様の怪しい占星系黒魔術のお導きの結果であって、他の僕を含めた3人は半信半疑、というより出鱈目だと思っている。だからただでさえもやる気が起こらない上に、佐藤本人へも内密に事を進めなければならないので面倒だ。

「そういう事だから、引き続き調査に行ってきてくれないかしら……。」

 でも、お世話になっている恩義もある大好きなお姉様からこう頼まれたら嫌でも動かなければいけない。やれやれ……。


 西日本某地方の山奥に国の主導で造成された学研都市圏、様々な大学や企業が拠点を置く研究施設や学校の一角には、表向きはありふれた看板を掲げながら、その実超能力者や魔法使いといった胡散臭い連中を研究対象として極秘に集めている秘密機関がある。ウチの学校もその内の一つだ。

 魔法能力を強化しながら普通の魔法能力不保持者に存在を知られないように学園生活を送るのも大変だが、我が校の場合元女子高故に、去年までは僕のような男でもこうして女装して女生徒として生活しなければいけなかった。尤も、今まで女子生徒として生活していた奴が共学になった途端男として転向する訳にもいかぬので、僕等はずっとこのままだけれど……。

 ただ一つ言える事は、もし仮に佐藤が魔法能力を持っている場合、少なくとも学校側が既に彼をマークしている筈だ。少なくとも潤音様が主張するように相応の能力を持っている場合、生まれてから現在まで本人にその自覚がない、または発現の兆候がないなんて事は有り得ない。


 こういう時に常套手段として取るべき手段は2通り。

 まず、催眠術や心理学的技巧によって対象者を催眠状態にして精神的に支配下に置き、潜在能力を人為的に無理矢理覚醒させる。

 もう一つは、対象者に大いなる危険を冒させ、またはそれをそのような状態に強制的に晒させ、死を回避する本能の衝動の反復を利用して潜在能力を発露させ、自覚させる。

 問題は、周囲どころか本人にも秘密裏に調査をしなければいけない事と、ここが一応人の子が大勢通う学校内である事だ。まかり間違っても前者の方法は採択出来ないし、後者を何らかの形で実行して万一関係ない学生達が被害に遭う事でもあれば洒落では済まされない。

 あ~~あ、どうしようかなあ……?

 取り敢えず旧校舎3階の薄暗い廊下をトボトボと歩きながら、僕はまた溜息を吐いた。


 タッタッタ………………、バンッ!

「お――――い!」

 突然、自分の物ではない小走りな感じの足音が背後の廊下に響いた、と思う間もなく前へつんのめる程の力で僕は右の肩甲骨の背中側を叩かれた。

 驚いて右後ろを振り返ると、掛け声の主は僕と同学年位の女子生徒だった。僕より少し高い、165~170弱だろう背丈。細身だが少しがっしりした、胸も無いに等しいやや男っぽい体格、小顔で端正な顔立ちに肩甲骨の下端辺りまで届く髪をお団子ツインテールに纏めている。クラスこそ1組だけど、似たような境遇から仲良くなった、親友の溝口 晶だ。

 ただし、彼女……否彼を人形扱いして遊んでいるお姉様は、僕とは違って実姉なのだけれど……。まあ、だからその分此方の思え届けない確執も多いらしい。


 そんな反抗期真っ盛りの、制服のスカートの下にウチの学年で指定されている長ズボンタイプの赤いジャージの下を穿いた、妙ちくりんな格好をした女生徒晶君を僕は頭の頂上から上履きを履いたつま先の先までまじまじと観察した。

「何だ、晶だったのか……。それにしても、またそんな格好をしているの?」

 ある種秘密を共有している者同士だからか、こいつらの前だけは、普段のお嬢様口調から肩から重荷を下ろしたような素直な感じに自然と声が変化する。

「悪いか?」

 晶もそうなのかどうか知らないが、いつも通りというか、ぶっきら棒な声を出して答えた。

「別に悪くは思わないけれど……。校則の服飾規定には抵触するから、また由乃先生に怒られるわよ。」

「…………。」

 僕の口から彼の実姉の名前が出た事が来に食わなかったのか、晶は苦い顔をして僕をチクチクとした視線を向けて睨みつけると数瞬黙り込む。が、すぐに真顔に戻ると口を開いた。

「じゃあ、ほっといてくれないか?あと、その名を出すんじゃねえ!」

「ごめん、ごめん……。でもさ、もう少し口調をどうかしたら?一応、わたし達女子で通しているんだしさ……。それに実のお姉さんなんだから、そんなに邪険にしちゃ駄目だよ。」

「ほっとけ……。」

 虫の居所が悪そうに小声でそう言ってそっぽを向くと、話題を変えたかったのか、それとも当初の目的だったのか、晶は僕にこう質問した。

「真の奴、何処に居るかしらないか?」


 真と聞いて、僕達と同じ女装を余儀なくされている魔法使いの同級生で、身長が150cm弱と極端に低く、僕等3人の中で一番女の子っぽくて可愛い、言動に凄く特徴のある親友の容姿を思い浮かべた。そう言えば、昼休みに晶を交えて3人で一緒に昼食を取って以来見掛けていない……。

「知らないわ。生徒会の裏部隊に出ているんじゃない?」

「ふん、そうか……。じゃあ、そっちの方へ顔を出してみるわ。」

 そう、晶は踵を返すように僕に背を向けた。が、去り際に顔だけ此方の方へ振り返った。

「ところでさ、忍。お前こそ何でそんな所に居るんだ?魔法研究部には行かないのか?」

「うん……。でも、潤音様からちょっと厄介な仕事を頼まれちゃって……。」

「またあの占いババアから押し付けられたのか?」

「そうだけれど……。潤音様はお婆さんじゃないわよ。」

「外面は兎も角、中身は迷惑だから似たような物だろ。……しかし、お前も一々引き受けなきゃいいのに。」


 晶は呆れたような口調でそう詰ったが、僕は慌てて首を横にブンブンと振った。

「そんな訳にはいかないわ。お姉様に叱られちゃうもの。」

「お前……。真もそうだけど、よく自分等を着せ替え人形にして楽しんでいる奴等にそこまで信奉出来るな……。」

 小馬鹿にするように目を細めてあまり良い感じのしない視線を投げ掛けた晶に、傍から見ればそう見えるかも知れないがその十二分に可愛がって貰っているぞ、と反論しかけたが、僕は今回もグッと堪えてしまった。何故だかそれを言ってしまうと、彼には僕が意固地になっているようにしか見えず、余計に馬鹿にされる気がいつもするのだ。

「まあ、いいけどさ、忍。嫌な仕事ならなるだけ断れよ!俺達の本分は都合の良い便利屋稼業じゃないんだしさ。下の奴に押し付けるのも手だぜ?」

「そういう訳にもいかないわ……。」

 だって対象が同じクラスの男子生徒だぜ。……僕は苦笑した。いっそ麻冬ちゃんにでも丸投げ出来れば……、とは思うが、学生生活の大部分である授業時間でも傍に居て怪しまれない適任者は、やはりクラスメイトである僕という事になる。

 それに、今現在の僕の立場は桔梗お姉様の力添えによる所が非常に大きい。そのお姉様の親友であり、部長という若干目上の立場に居る潤音様の命令をどうして断れようか?良く言えば反骨精神が旺盛な晶には、どうもこの辺の機微というか、目に見えない力関係から来る微妙な上下関係の難しさが理解していないらしい。いや、していても否定したがっているとする方が正しいか……。


 兎に角、口には出さなくても、親友として親交が深かろうと、この手の価値観や感覚は相容れない、と僕達は互いに良く理解している……少なくとも僕の方はその心算だ。晶だってきっとそうだろう。

「ふん……。」

と、つまらなそうに鼻息を吹き上げると、彼は今度こそスタスタと歩き始めた。

「あ……、晶!」

 何故か僕は、何となく親友を引き留めてしまった。

「うん?」

 当然の事と言えばそれまでだが、晶は再び立ち止まって僕の方を振り返る。それを認めると僕は彼に向かってこう叫んだ。

「もし……、もしもだよ……。自覚も兆候もない魔法能力を保持している可能性がある人を、それと感付かれずに調査しなきゃいけない、ってしたら……。晶ならどうする?」


 晶は一瞬呆けたように顔を強張らせ、僕の方を凝視した。しかし数瞬もしない内に素面に戻ると、面倒臭そうに右手で後頭部を掻きながらこう答えた。

「うん?俺なら……。面倒臭いから雷系の攻撃魔法で軽く攻撃するな。無かったら避けるだろうし、あるんなら魔法で対抗するだろ……。」

「やっぱり、そうなるかな……?」

「そりゃそだろ。定石じゃん。別に力をまともにコントロール出来ないヘボ魔導師じゃ無いんだし。……それじゃあ、俺は行くぜ。」

「あっ、うん。ごめんね。引き留めちゃって……。」

 そうして、僕と晶は別れた。

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