くすんだ三日月
ところで。
アンタは、死神って聞いてまず何を思い浮かべる?
黒いローブを纏って、巨大な鎌を携えたガイコツ?
ステレオタイプだな。悪いが、骸骨は人間の想像の産物だ。
宙に浮いている、目が赤く光る半透明の影?
それは俺も初めて聞いたな。でも光る眼の持ち主なんてこの世界にいるか?
え? リンゴしか食わなくて、黒いノートを携えて、顔色が異常に悪くて?
…… その死神を口走ったのは今までに1799人、そしてアンタで1800人目だ。
有名なのはいいが、リンゴしか食えなかったら6時間持たないって。
…… なんでこんな話してるかって?
…… 趣味だ、趣味。仕事も兼ねているが、今の質問は趣味だ。
…… 俺の職?
ニブい奴だな…まだ気づかない?
死神だよ、死神。
■ □ ■ □ ■
「余り誇れるような職じゃないがな。所謂、汚れ役って奴だ」
俺はその言葉を言いつつ、目線を上へ向ける。
雲一つない、澄んだ青空。 太陽は今日も無駄に元気だ。
『じゃあ ボクは』
「… ああ、残念だが」
視線を下ろす。
目の前には、茫然としたような顔をする青年。
こうやって見ていると、いたたまれない気になってくる。
「…… 話をもどしていいか?」
『…… 死神、ってことは、ボクをお迎えに来たんですか…?』
「… うーん、フィフティフィフティだな。半分正解、半分不正解」
今度は、視線を横に移す。
真夏の日を真正面から浴び、自慢の白さをいかんなく振りまくマンションが幾つか、一軒家が相当数見える。
「死神の仕事。 何だと思う?」
『…… 生きてる人間を、無作為にあの世に送ること、ですか?』
「おいおい、俺は通り魔か」
更に視線を下ろす。
街路樹の緑に、公園の枯れた土。
そして、地面から生え、青年の手足に巻きつく鎖。
「所謂汚れ役とはいえ、そこまで汚れきってはいないさ。そんなことをしたら、俺はとっくに魂を砕かれて死んでいる」
『魂……』
「ああ。 …俺も、アンタら人間と同じく魂を持っててな」
そのまま視線を落とす。
自分の脚。宵闇のような黒さの、擦り切れた死神装束。そして、仕事道具の一端の棒。
「神と言えど、人間とさして変わりはないんだ。天界と現世とを行き来出来ることを除けばな」
「怪我をすれば血が流れ、首を斬られれば死に至る。 森羅万象が何れは朽ちるのと同じでな」
再び、視線を上げる。
真夏の太陽に真っ向から対抗するように燦然と輝く、大きな三日月。
何も躍起になって対抗しなくてもいいのに、と毎回思うのだが、カナモノ相手では無理な話だ。
俺ら死神のシンボルでありトレードマーク。
六尺六寸の神木の枝に、三尺六寸の白銀の刃。
「… この"死神の大鎌"も、俺らにとっては凶器となりうるのさ」
『… そう、なんですか…』
「死神が自分の鎌で死ぬんだぜ。滑稽だろう?」
『…… はは』
俺が自嘲る。青年が笑う。
あのマンションは当然にして、あの太陽に劣らぬ。ましてやこの三日月には雲泥の差。
青年の笑顔は、それほど純粋に眩しかった。
本当に、いたたまれなくなってくる。
どうして、こんな青年が死ななければならなかったのだろうか。
今日も、イヤなくらい仕事日和だ。