表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/856

099:魔法の烙印

 長衣の二人組が、同時に剣を構え、左右から、俺めがけて飛び込んでくる。まだ血に濡れたままの刃を振りかざして。

 速い。いやもう速いなんてもんじゃない。疾風迅雷とはこのことだ。これは明らかに常人の動きじゃない。


 俺の動体視力は、一応、二人の動きをしっかと捉えているが──内心、驚愕を禁じえない。そこらのエルフや人間が、身体強化の魔法で極限までパワーアップしても、これほどの速度で動くことは不可能だろう。こいつら何者だ?

 俺はサイドステップで二人の突撃を大きく右へかわし、側面から、二人組の片割れめがけ、軽くアエリアを突き出してみた。小手調べ程度の一撃だが──こちらの想像以上の速度で振り返り、なんと、剣先で、カキン! と、アエリアの刃を受け止めやがった。


 これは凄い。手加減していたとはいえ、俺の一撃をまともに受け止めた奴は初めてだ。なんせ、これまで戦ってきた敵なんて、デコピンや手刀でちょいと撫でるだけでアッサリ死ぬような連中ばかりだったからな。

 片割れが俺の攻撃を受け止める一方、その相棒が、横ざま、鋭い一撃を繰り出してくる。俺はバックステップでその場を離れた。今の攻撃も凄まじい速さ。俺じゃなかったら胴を輪切りにされてるところだ。


 いや、これはいかん。──全力とまではいかずとも、少しばかり実力を出さないと、この二人は倒せないようだ。

 俺はアエリアをかざし、突進した。今度はこちらから仕掛ける。音速に近い斬撃を横薙ぎに繰り出す──。


 俺の突進に呼応するかのように、二人はまったく同時に、こちらへ剣を突き出してきた。

 閃刃、破光──けたたましい金属音とともに、アエリアの剣先は瞬電のごとく二つの刃を叩き、砕いた。二人は仲良く後方へ吹っ飛び、ぶっ倒れる。


 これはますます凄い。俺はただ一撃のもとに、二人の首をすっ飛ばすつもりだったのに。二人は、剣でもって俺の斬撃を受け止めて、防いでしまった。剣は砕けたが、二人ともまだ無傷だ。

 いったん地に伏しつつも、何事でもないように身を起こし、立ち上がらんとする二人。さすがに戦意は少々萎えているようだが、これはこれで厄介な事態だ。


 もし逃げられたら、後々面倒なことになりかねん。ここで確実に仕留めておくべきだろう。──とすれば、もう出し惜しみをしてる場合じゃない。仕方ないので、本当は嫌だが、やむをえず、遺憾ながら、ちょっとだけ本気の一撃を食らわせてやる。大サービスだ。持ってけ泥棒。

 俺は地を蹴って、まだ体勢ととのわぬ二人のもとへ、再び飛び込み、アエリアを振るった。今度こそ必殺の旋撃一閃。刃は音速を超え、さしも謎の二人組も、指一本動かす暇もなく、その首を宙に舞わせた。


 ついでに、剣先から生じた衝撃波が、勢い余って駅亭を支える柱を打ち叩き、へし折ってしまった。支えを喪った茅葺きの大屋根が、グラリと傾き──そのまま、横倒しにひっくり返って、ぐわらごがらぐわっしゃーん! と、轟音とともに盛大な土煙を巻き上げつつ、ばらんばらんに壊れてしまった。

 うーむ。つい、やっちまった。とはいえ、こんな屋根のひとつやふたつ、今更気にすることもないか。あのフィンブルだって駅亭ぶっ壊してたしな。


 それよりも。

 謎の二人の胴と生首は、いま仲良く俺の足元に転がっている。やたら強かったが、いったい何だったんだ、こいつら。しゃがみこんで、少し観察してみると──二人とも、若い男のようだが、額に妙な烙印が刻まれている。なんだこれは。





 いったん馬車に戻ってルミエルたちと合流し、現場に戻った。俺にはさっぱり心当たりはないが、フルルなら、二人組について、何かわかるかも知れない、と思ったからだ。

 二人の生首を見て、フルルは怪訝そうに眉をひそめた。


「これ、奴隷の印だ。……こいつら、翼人だよ」


 なんと翼人か。道理で強いわけだ。たしか翼人の奴隷は翼を切り落とされてるんだっけか。トレードマークが無くなっちまったら、そりゃ見た目じゃ翼人がどうかなんてわからんわな。

 翼人奴隷というのは、たいてい戦争捕虜らしいから、つまりこいつら、もとは翼人の兵隊か戦士だったに違いない。ただ、それにしても強すぎた気もするが。過去、翼人とは戦場で何度も渡り合ってきたが、これほど手ごわかった相手といえば、ハネリンぐらいしか記憶にない。あるいは魔法で肉体強化でもされてたのか?


「でも、おかしいな。なんで翼人がこんなとこをウロついてたんだろ」


 フルルが不思議そうに呟いた。


「脱走してきたんじゃないのか?」


 俺がいうと、フルルは首を振った。


「それは無理。この烙印には強制魔法が掛かってるから、こいつら、持ち主には絶対逆らえないはずなんだ」


 ほう。エルフにもそんな魔法があるのか。強制魔法についてなら、俺もよく知っている。魔族が人間を奴隷として使役する際に、よく用いてきた術法だ。魔族の強制魔法は、当人の意識に直接魔力で働きかけ、絶対服従の暗示を刷り込むもの。エルフは、少しやり方が違うようだな。烙印に暗示の魔力をかけて刻み込む方式か。

 フルルが言うように、脱走してきたのでないなら、こいつらは何者かに指図されて、ここまでノコノコやって来たということになる。どこの誰が、どういう目的で、こんな凶暴な連中を、この片田舎に差し向けたのか。こちらには情報がなさすぎて、まだなんとも言えんが、盗賊狩りでもやらせてたんだろうか。実際、バテシバとかいうババアの一団が虐殺されてるしな。


 いずれにせよ、興味を引く話ではある。事情を聞いてみたい。片方だけ蘇生させてみよう。


「おまえたちは、ちょっと離れていろ」


 ルミエルとフルルを馬車のほうへさがらせ、片割れのみに蘇生魔法をかけてみる。もし情報提供を渋った場合、相棒の蘇生を条件として取引材料にするためだ。

 俺の掌から魔力が溢れ輝いて、白濁した光が翼人奴隷の胴体を包み込む。


 蘇生の魔力が消え去ると、翼人はいきなり、がばっと起き上がり、俺を睨みつけてきた。若い翼人──まだ少年といっても差し支えないくらいの年頃に見えるが、その表情は、まるで怒れる猛獣そのものだ。その爛々たる瞳に、理性のカケラも感じさせない。凶暴な獣性のみが、炎のように燃えたぎっている印象だ。

 どうにも、これは──まともな状態じゃない。


 額の烙印が、ぽうっと青白く光っている。これに操られて、正気を失っているらしい。いったん殺してから蘇生させても、なお効力を発揮するとは。よほど強烈な魔法のようだ。そもそもこれ、本当に強制魔法か? もっと凶悪な、別物の魔法のような気もするんだが。

 翼人の少年は、餓狼のごとき咆哮とともに、俺めがけて飛びかかってきた。ダメだこりゃ。到底、まともに会話できる相手じゃない。この手の魔法の解除なんて俺にはできないし、これはもう、どうにもならんな。


 やむをえん──俺は再びアエリアを抜き、一颯のもと、その首を跳ねとばした。哀れだが、他にどうしようもない。

 アエリアを鞘に収めつつ──どこかから、何者かの視線を感じた。ハッキリしたものではないが、かなり遠く離れた場所から、誰かが俺を見ている。誰かに、見られている。そんな気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ