097:復讐の炎
砦は炎上し、ここに篭っていた盗賊団は壊滅。頭目のジガンもさくっと死亡。何人か逃げた連中もいるだろうが、わざわざ追うほどのこともない。一応、この場はこれで落着だな。
「勇者さまぁ……こいつのトドメは、わたしにって……」
フルルが恨みがましい声で咎めてくる。俺は苦笑しつつ応えた。
「いや。ついつい、な。だが、どうせあのまま続けても、おまえに勝ち目はなかっただろうが」
「それは……そうだけど……」
「心配いらん。こいつは後で生き返らせて、おまえにくれてやる」
「……あ! そっか、勇者さまは、それができるんだっけ」
途端、フルルの顔がパッと明るくなった。現金なやつめ。
「とりあえず、ここは暑苦しくてかなわん。この馬鹿を積み込んで、さっさと離れよう。立てるか?」
俺はジガンの死体を抱えあげ、肩に担いだ。フルルも、なんとか身を起こして立ち上がる。
「アークさま、お急ぎください」
ルミエルが声をかけてくる。俺たちは連れだって箱馬車に乗り込んだ。
「行きます!」
ルミエルが、さっと手綱を振り上げ、二頭の馬を促す。馬車はぐるりとターンを描き、もと来た方角へと駆けはじめた。ちょうどその背後で、ついに中央塔が焼け落ち、黒煙を噴きあげながら、ぐわらぐわらと崩壊しはじめた。まさに落城って風情だな。
燃える砦を離れ、馬車はもとの林道を辿って進む。街道へ出る手前あたりでルミエルに声をかけ、停車させた。
周囲はクヌギやコナラが繁茂する雑木林の一角。俺はおもむろに箱車からジガンの死体を地面へと放り投げた。
「先に縛りあげておこうか。暴れられると面倒だしな」
俺が言うと、フルルが「わたしにやらせて!」と、嬉しそうに荒縄を持ち出してきた。好きにせい。
フルルは慣れた手つきでジガンの両手を縛り、さらにその縄先をクヌギの高枝に引っ掛け、一気にジガンを吊るしあげた。ご丁寧に両足のほうもガッチリ縛りつけている。
「これでいい?」
「ああ、充分だ」
俺は蘇生魔法を詠唱し、輝く白濁光をジガンの宙吊り死体に叩き込んだ。
ほどなく、光が消え去り、ジガンの顔に生気が戻った。俺がへし折った首も、きっちり元通り。
「あふぅん……」
不気味な喘ぎ声とともに目を開き、寝惚け顔で周囲を見回すジガン。
「ん……? こ、これは!」
いつの間にやら自分が縛り上げられていることに気付き、驚愕の声をあげる。そこへフルルが満面の笑顔で声をかけた。もう嬉しくて嬉しくてたまらない様子だ。
「おっはよー、ジガン。よく眠れた?」
ジガンは、しばしポカンと口を開けてフルルを見つめていたが、やがてその視線が俺の姿を捉えた。ギリッと表情を引き締め、俺を睨み据えてくる。
「……説明していただけませんか。なぜ、こんなことになっているのか」
慌てず騒がず問いかけてくる──落ち着いているように見えるが、虚勢だ。足が微妙に震えてやがる。もう少し肝が据わった奴かと思ったが、所詮小物か。単なる小物の変態だ。
「いちいち説明してやるのも面倒だ。勝手に想像してろ。んで、フルル、こいつをどうするんだ?」
「うん。えっとね……まずは、こう──」
フルルは、ぱっと腰のナイフを抜き放ち、ジガンの着衣を切り裂きはじめた。
「ヒッ、ヒィッ!」
ジガンが奇声を発して身をよじる。フルルはニコニコ笑いながら、巧みなナイフさばきで、服だけをどんどん切り捨てていく。男が脱がされてるとこなんて、あんまり見てて楽しくないな。だがフルルは心底嬉々として作業を続け、ついにジガンを素っ裸にひん剥いてしまった。
「あっれー? なにこれぇ、すっかり縮みあがっちゃって。かっわいいー」
明るく笑いながら、いきなりジガンの下腹部にナイフを突き立て、ぐりぐりと刃をこねくりまわした。
「うぅ! うあっ、ひぎっ、ぎゃああああああああ!」
ジガンの悲痛な叫びも、まるで気にとめる風もなく──噴き出す血を浴びながら、フルルはぐしゃぐしゃぐちゅりと刃を動かし、とうとうジガンの──下腹部の一部分──をえぐり落としてしまった。
「あはははは! なくなっちゃったねぇー! これでもう、アンタは男じゃなくなったよ。これからどうすんのー? 女装でもするぅ? 案外似合うかもねぇ、あっはははは」
もうジガンは口から泡を噴き、白目を剥いている。かろうじて意識はあるようだが、気絶寸前だ。流れ落ちるおびただしい鮮血──放っておいても、この出血だけで、じきに死にそうな勢いだが。
「まだまだぁ、こんなもんじゃ死なせないよ! 起きろっ!」
フルルはジガンの顔面を殴りつけた。
「ぐぇっ! も、もう、やめて、くださ……」
「やめるわけないでしょ。アンタ今まで、命乞いした相手を一度だって見逃してやったことがある? ないでしょ? おんなじことよ」
言いつつ、フルルはジガンの胸もとに、ひたと、横向きに刃を当てがった。
おもむろに、胸から腹にかけて、上から下へ、また上から下へ──と、その皮膚と肉を削りはじめる。ちょうど野菜の皮でも剥くように。ぞりっ、ぞりっ、と。
「ひぎぇぇぇぇぇぇー!」
再び絶叫をあげるジガン。削ぎ落とされた部分からは当然、血がどんどん溢れてくる。フルルは、肉を削っては捨て、また削っては捨て、黙々と作業を続ける。
ぞりっ、ぞりっ。
「うぎぃぃぃぃー……!」
ぞりっ、ぞりぞりっ。
「うぅぅぅ……」
ぞりぞりぐちゅぐちゅごりごり。
「…………」
皮膚から、皮下脂肪、さらに筋肉組織と、フルルは容赦なく削りとっていき、とうとう白い脇骨がのぞきはじめた。
まだジガンはギリギリ意識を保っている。フルルはナイフを捨て、なにやら呪文を詠唱しはじめた。
「ふふふ……うふふふふ……前々から、試してみたかったんだぁ……脂肪に火をつけたら、燃えるのかな、って……」
愉悦に口元を歪ませ、目を爛々と輝かせながら呪文を詠唱するフルル。確かにそれは、俺もちょっと興味あるな。
フルルの掌に、ぼうっ、とピンポン球くらいの小さな火の玉が浮かびあがる。
「さー、実験開始だよ」
火の玉は、ふよんふよんと宙を漂いはじめた。フルルが思念で火の玉をコントロールしているようだ。そのまま、削りえぐられたジガンの腹あたりに、ぴとっと取り付き、静止した。
じゅうううううー! と、勢いよく煙が上がり、血肉を焦がす匂いがあたりに充満しはじめる。
「…………!」
ジガンは息も絶え絶え、身悶えしながら、それでもしばらくは耐えていたが、とうとう完全に白目を剥き、気を失ってしまった。
「んー? 火がつかないねぇー……焦げるばっかで。血で濡れてるせいかなあ? それとも、火力が足りない?」
フルルは首をかしげながら、指をパチンと鳴らした。火の玉が、グンッと膨れて、野球ボールくらいの大きさになる。燃え盛る炎が猛烈にジガンの腹を真っ黒に焼き焦がして、内臓まで一気に炭化させ、ついに風穴を開けてしまった。
ジガンはまだ手足をひくひく痙攣させていたが、やがて動かなくなった。火力の加減を間違えたな。
「あーあ……死んじゃった……」
フルルはちょっぴり残念そうに呟いた。返り血で顔も服もべっとり汚れている。
「まだ終わってないぞ」
「え……?」
俺がいうと、フルルは、キョトンとこちらを見た。まだまだ物足りないという様子だ。
「もう一度、生き返らせてやろう。実験を続けるんだ」
「ほ、ほんとに? いいの? ──やったぁ! 勇者さま、だいすき!」
暗黒笑顔の血まみれ美少女に、だいすき、とかいわれてもなぁ。いや、これはこれでアリか? なんか、けっこう可愛いような気がしてきた。
ともあれ、俺は再び蘇生魔法を詠唱し、ジガンを生き返らせてやった。何もかもキレイさっぱり元通り。切り落とされた下腹部の一部とかも。
フルルは嬉々として、情け容赦なく、その再生した肉体を切り刻み削ぎ落とし焼き焦がす。もちろん下腹部とかも、ぐりぐりザクッぐちゅりぐちゅり──ボチャッ、と。
「ひぎぃぃぃー! し、死なせてぇぇぇー! はぎゃあぁぁぁー!」
響く哀訴と悲鳴絶叫かまびすしく、その後も「実験」は続いた。ルミエルは、そんなフルルの姿をニコニコと暖かく見守っている。ジガンへの同情などはカケラもないようだ。
結局、合計四度、ジガンは甦っては死に、また甦っては苦悶のうちに焼き殺された。
エルフの皮下脂肪は、生半可な火力では燃えない、というのが、この実験の最終結論となった。




