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096:変態と外道

 馬車を砦のそばに待たせて、俺一人で突撃し、さっさとジガンをとっ捕まえて戻る──という手も考えたんだが。

 せっかくルミエルもフルルも殺る気満々だし、ここは俺が控えに回って、せいぜい好きなだけ暴れさせてやろう、と。そのほうが楽だし。


 二人とも、まったく手加減なしに嬉々として攻撃魔法を連発し、おかげで外塀も営舎も中央塔も、いまや紅蓮一面の猛火爆炎。濛々たる黒煙と降り注ぐ火の粉のなかを、狼狽した賊どもが喚き狂いつつ逃げ走っている。

 ルミエルは、馬車を中央塔の手前あたりで停車させると、凍結魔法を馬車の上に拡散させ、傘のように張りめぐらせた。馬と馬車を炎熱から保護するため、冷気の半結界をつくり出したわけだ。その維持のため、ルミエルは攻撃の手を休めざるをえない。そのぶん、フルルはいよいよ強烈な火炎魔法を遠慮会釈なく繰り出しまくって、逃げ惑う賊どもを次々と狙い撃ちに仕留めていった。


 こうして見てると、フルルの魔力は相当なものだ。小なりといえ湖賊の頭目を張ってきたのは伊達じゃないってことだろう。人間の身でそれに張り合えるルミエルも、やはり凄まじい魔力の持ち主といえるかもしれない。


「あっははははは! 死ね! 死ねぇ! みんな死んじゃえぇぇー!」


 フルル、テンション上がりすぎ。いや、そいつはもうルミエルの魔法で凍死してる。そっちも、もう火にまかれて黒焦げだから。いやだからあっちの奴もとっくに消し炭だって! どんだけ容赦ねえんだよ! もうやめたげてー!

 そもそも、ここに篭っていたのは三十人やそこらの小勢のはず。もうほぼ死んだか逃げ散ったかのどちらかだろう。残ってるのはせいぜい二、三人くらいじゃないか。


 ──ふと。

 最も激しく炎上していた中央塔の出入口から、悠然と姿を現す黒衣の人影。


「あ……ああ……」


 それを目にしたとたん、フルルの手が止まった。

 声が震えている。


「ジガン……ッ……!」


 おお。あれがジガンか。意外に若いな。ぱっと見は、落ち着いた雰囲気の美青年といった感じ。少々ムッとした顔つきで、こちらを睨み据えている。寝ぐらから盛大に燻り出されて、さぞやご機嫌斜めだろうな。


「フルル。あとは俺に任せ……え?」


 俺がいい終える前に、フルルは、やおら御者席から飛び降り、大音声で呼ばわった。


「ジィィガァーン! 今日こそぉ……! ぶぅぅぅっころぉぉーすぅッッ!」


 こりゃ完璧にキレてるな。もう少し様子を見てみようか。

 どうやらルミエルも同じ考えのようだ。あえて御者席から動かず、俺のほうを振り返って言う。


「アークさま。今は……」

「わかってる。勇者ってのは、一番おいしいところをかっ攫うお仕事だからな」


 四方、炎の壁が取り巻くなか、フルルとジガンが正面から対峙する。やりあう前から結果は見えてるんだが、そこはそれ。まずは気の済むまでやらせてやろう。


「これはこれは、お久しぶり……。確か、フルフルさん……でしたか。またえらく派手にやってくれましたねぇ。手下たちはどうしたんです? あのじいさんたちは? 逃げられちゃいましたか?」

 ジガンとやらが口を開く。涼しげな声とは裏腹、口調は微妙に嫌味ったらしい。粘着質っぽい性格のようだ。


「余計なお世話だ! というか誰がフルフルだっ! 母さんのカタキ! 覚悟しろぉっ!」


 懸命に喚き散らすフルルを、ジガンは冷徹に一瞥する。


「私、あなたのような発育不良には興味ないんですよ。レーベさんは、胸も大きくて、具合も良くて、それはもう最高だったんですが」

「貴様、なっ、何を……!」

「おや、あなたも見てたじゃないですか。私とレーベさんが、じっくり愛しあうところを……」

「あれは! 貴様が、ムリヤリ母さんをっ……!」

「ええ。そうですよ。嫌がる女性を無理矢理押さえ込んで、力ずくで愛してさしあげる。それが私の愛情表現ですから。そして、最後の瞬間、その喉笛をナイフでかっ切るんですよ! ざくっ、と!」


 だんだん口調が熱を帯びてくる。なんか気色悪いな。


「あの気丈なレーベさんの、絶望に満ちた断末魔の顔といったら! ぶしゃーっと飛び散る赤い血! いやぁたまりません! たまりませんでしたよぉ! キュウウゥッと締まってぇ! 最ッ高でしたよぉぉー!」


 沈着な様子から一転、喜悦恍惚たる表情で奇声を張りあげるジガン。あー、こりゃダメだ。ただの変態じゃねえか。俺もそりゃ、おっぱい大きいほうが好きっちゃ好きだが、それ以外の趣味は、いまいち合わないなぁ。おや、なんかルミエルの視線が痛い。ちょっと待て、あんなのと一緒にすんな。俺は女を無闇に苛めたり殺したりしないぞ。せいぜい、奴隷とかペットとかにして可愛がるくらいだ。


「あのとき、あなたは、どうしてましたっけぇ? 木の陰で、泣きながらブルブル震えて、目を逸らせたいのに逸らせなくて! しっかり見てましたよねぇー! レーベさんが、私の腕のなかで哀れに無残に逝っちゃう瞬間を! ブルブルガタガタ、お漏らししながらぁー! アッハハハハハ!」


 文字どおり腹を抱えて、哄笑を爆発させるジガン。なるほどねぇ、大体事情は理解できたわ。そりゃ色々歪むわなー。


「言いたいことは、それだけか……ッ!」


 グッと両手の拳を握りしめ、呪文詠唱をはじめるフルル。その小さな身体に、ぐんぐんと魔力が高まっていくのを感じる。

 両腕を頭上に差し上げ、さらに詠唱を続けるうち、かなり大きな──直径一メートルくらいの特大火球が空中に生じた。おそらくフルルの全力を込めた攻撃魔法。直撃すれば、常人なら灰も残さず消滅しそうだ。


 ジガンはといえば、哄笑をやめ、こちらもなにやら詠唱を始めている。しかしフルルの攻撃のほうが早い。


「おおおおおおりゃあああああああーッッ!」


 天地を揺るがす咆哮とともに、猛然、紅蓮の爆炎を撃ち放つ。

 閃光が炸裂し、一瞬のうちに、ジガンの姿は燃え盛る業火に包まれた──。


 と思いきや。

 炎はジガンの周囲から、瞬時に四方へ飛び散り、消し飛んだ。


 ジガン本人は何事でもないように、相変わらず平然と、その場に佇んでいる。


「防御魔法……?」


 ルミエルが、少々驚いたように呟く。そういうことだな。さっきジガンが詠唱していたのは、攻撃魔法ではなく、前面に防御結界を張り巡らせる魔法だったと。それもかなり強力な。


「……成長しませんね、あなたは。そんなもの私には通じないと、前にも言ったはずですよ」


 ジガンの嘲弄に、言い返せないフルル。おそらく、こんなことだろうとは思ったけどな。そもそも、フルルの実力がジガンを凌駕しているなら、フルルはとうの昔にこの砦に乗り込んで、さっさと復讐を果たしているだろう。今までそれができなかったのは、ごく単純に、フルルよりジガンの方が強いってことだ。


「うう……このッ……」


 フルルは、急に力が抜けたように、左右によろけて、片膝をついた。ほぼ魔力を出し切ってしまったようだ。


「後先考えずに魔力を浪費するから、そういうことになるんですよ。本当は、あなたがもう少し成長するまで待って、いい具合に身体が熟れてきてから、じっくりいただこうと思ってたんですがねぇ……いい加減、鬱陶しくなってきましたよ。ここで殺しておいてあげましょう」


 ジガンが新たに呪文詠唱を始める。スッと両掌を前に差し出すと、野球ボールくらいの光の球が空中に浮かび出した。バチバチっと蒼い電流が弾ける。雷撃の魔法か。


「ところで、そちらの馬車に座っておられるお嬢さんは……お仲間ですかね?」


 唐突に、ジガンはルミエルの方へ顔を向けた。


「いやぁ、これはまた、たいへんな別嬪さんですねぇ。実にいい身体をしてらっしゃる。フルフルさんを焼き殺したあとで、あらためて楽しませてもらいましょう……じっくり、たっぷりとねぇ……ふふふ、ははははは……!」


 揺れる炎に赤々と照り映える、欲望全開の歪んだ笑み。下種の総天然色見本みたいな情景だな。

 当のルミエルはといえば。


「まあ。別嬪さんだなんて。そんな本当のこと」


 普通に喜んでいる。こいつの図太さはどんな状況でも変わらんな。

 ともあれ、このへんで幕引きといこうか。フルルも、もう動けないようだしな。


「さぁッ! 終わりですよ! フルフルさん!」


 ジガンが、いままさに雷挺を解き放たんとする、その寸前。

 俺は箱車から飛び出し、地を蹴って、全速力でフルルの脇を駆け抜け──ジガンの左側頭部に、ちょいっとデコピン一発。


 こきゅん、っとジガンの首が右側にへし折れた。手もとの雷球が、パシン! と弾けて消滅する。

 直後、ジガンは声もなく、そのまま横向けにぶっ倒れた。


 しまった。また加減間違えた。ちょっと指先に余計な力が。死んじまったかなぁこりゃ。



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