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094:長老の謎

 結局、次の駅亭に辿り着いた頃には、すっかり夜更け。

 あたりは真っ暗だ。俺たちは急いで屋根の下に馬車を乗り入れ、野営の準備をはじめた。ルミエルが手早く火を起こし、フルルが馬車から食材を引っ張り出す。


 三人、赤々と揺れる焚き火をかこみ、白パンと干し肉とコーンスープで簡単な夕食。


「ねえ、勇者さま?」


 干し肉をかじりながら、ふと、フルルが何事か尋ねてくる。


「わたしたちって、中央霊府に向かってるんだよね?」

「そうだ。長老に会うためにな」

「でも、あんまりいい噂は聞かないよ。長老って」


 少々眉をひそめて言う。確かにその通りだ。


「そうだな。俺たちも、ここまで来る間、いろんな奴から話を聞いてるが、好意的な噂はひとつもなかった」


 思い返してみれば、オーガンは政治的に長老と意見が合わず、激しく対立している。ルードは長老のお抱え楽士だったが、突然クビにされ、中央からも追放という憂き目を見ている。ハッジスは長老の方針で商売ができなくなり、湖北に逃げ込んで密造酒業者となった。ここまで本当にロクな話がない。どう考えても、長老が好かれているとも尊敬されているとも思えん。ただ、北霊府と東霊府の長は長老を支持しているらしいし、あのフィンブルは長老の腹心という話だから、まるきり孤立しているわけでもないようだが。


「しかし、どんな奴だろうと、一応は会わねばならん。こっちも色々用事があるんでな」


 ひとつには、翼人への攻撃を止めさせること。そして、エルフの森の支配権を俺に明け渡させること。それと、例の対魔族結界を開放させる必要もある。むろん、四の五の抜かすようなら、力ずくで従わせねばならない。


「そもそも、長老ってのはどんな奴なんだ? 年齢とか見た目とか、そのへんの具体的な話は、まだ聞いたことがないが」


 俺の疑問に、ルミエルも、ふと小首をかしげた。


「そういえば……私も、聞いたことがないですね」

「で。フルル、どうなんだ。そのへんは」

「さあ?」


 フルルまでが首をかしげた。とぼけているわけではなく、素で知らないようだ。


「さあ、って……」

「公表してないらしいよ。そういうの。秘密なんだって。前に、おじいがいってた」

「秘密……? 長老の姿が?」


 ルミエルが目をぱちくりさせながら訊ねる。フルルはこっくりとうなずいた。


「わかってるのは、すごく若い、ってことだけ。他人と会うときも、カーテンごしで、誰にも姿を見せたことがないんだって。男か女かすら、わからないらしいよ」

「ほう……」


 俺は思わず息を洩らした。それはまた、興味深い話だ。文字どおり謎のヴェールに包まれた存在ってわけか。なにかワケアリっぽいな。

 ならばいずれ、そのヴェール、俺様が引っぺがしてやろう。鬼が出るか蛇が出るか。どうせなら美少女だといいんだが。





 朝。箱車の中で目覚めると、全裸のフルルが、俺に寄り添って、くーくーと寝息をたてている。まだ成長途上の胸を、俺の腕にきゅっと押し付けながら。


「はへえええー。りゃめええー……」


 寝言か。ゆうべはまたルミエルと二人がかりで、さんざん可愛がってやったからな。なんとも幸せそうな顔をしおって。よだれ垂れてるし。誰かさんとそっくりだな。

 その誰かさん……ルミエルは、もう外に出て朝食の仕度に取り掛かってるようだ。俺も起きないと。


「うう……」


 フルルも目を覚ましたようだ。


「んぅ……勇者さまぁ」


 とろりと眠たげな目で、俺の胸に頬をすり寄せてくるフルル。


「なんだ?」

「今日ね……もし、ジガンが襲ってきたら……」

「ああ。もちろん、おまえにトドメを刺させてやる。きっちり仇を討って、ケジメをつけるといい」


 そういって、俺はフルルの髪を撫でてやった。


「うふふ……ふふふ……殺す……あの野郎だけは……じっくりじわじわ炭火焼き……」


 俺の胸に顔をうずめつつ、ヒヒヒヒッと不気味な笑い声を洩らすフルル。

 どうにも暗いというか、不健康というか。母親を殺されてこうなったのか、それとも、もとからこうなのか。なんにせよ、ちょっと放っとけないものを感じる。もしジガンが襲ってこなければ、そのままスルーするつもりだったが、むしろこっちから積極的に討伐に出向いたほうがいいかもしれん。


「……というわけで、少し寄り道することになる。ルミエル、かまわんな?」


 外はおだやかな晴天。三人揃って黒パンと干し肉の朝食をとった後、俺がそう訊ねると、ルミエルは大きくうなずいた。


「ええ。私もお手伝いします。はりきって悪党を成敗いたしましょう」


 優しげな微笑のうちにも、その眼光には秋霜のごとき厳しさがのぞいている。殺る気満々のようだ。そういえば、こいつは盗賊のたぐいには容赦ないんだった。


「お姉さま……! ありがとう……」


 フルルは目を潤ませてルミエルを見つめた。


「フルルのためですもの。必ず、そのジガンという人を捕まえましょうね」

「うん! 一緒に悪党どもをぶっとばそうね!」


 二人はひとしきり笑いあった。いやフルル、お前もつい昨日まで、その悪党の頭だったろうが。

 ともあれ、これでジガンとやらの運命は決まったな。絶対、楽には死なせてもらえんだろう。


 ではぼちぼちと、盗賊狩りに出発しようか。



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