093:怨恨は深く
雨はもうすっかりあがっている。
ぼちぼち出発の時間。フルルはベギスと別れるのが少々つらそうだ。フルルにしてみれば、赤子の頃から自分の面倒を見てくれた世話係。思い入れがあるのは当然だが。
「ゼータク抜かすな。生き返らせてやっただけでも有難いと思え」
俺はあえて厳しく言い聞かせた。フルルはともかく、じじいまでお供に加える気はない。ここですっぱり諦めさせてやったほうが、結局は本人のためでもあるだろう。もとはといえば、俺に牙を剥いたこいつらの自業自得だ。同情の余地など一切ない。
「おじい……元気でね」
「ええ。嬢ちゃんも……身体に気をつけてくださいよ」
ちょっと涙目で言葉を交わし、ベギスはあらためて盗賊仲間を引き連れ、駅亭から立ち去っていった。向かう先は緑林の砦。ハッジスなら、あんな連中でも、そこそこに使いこなすだろう。
「彼らだけで大丈夫でしょうか? 途中で心変わりでも起こしたら……」
ルミエルがやや不審げに呟くのへ、フルルが応えた。
「おじいは、裏切ったりしないよ。わたしが保証する」
俺はそんなフルルを横目に、肩をすくめてみせる。
「あの連中に、そんな度胸はない。所詮小物だ。多少は逡巡しても、結局、俺を恐れて逃げ回るより、素直に従う道を選ぶさ」
「……それもそうですね」
ルミエルはうなずき、あらためてフルルと向き合った。
「あなたの保証を信じましょう。これからは一緒ですよ。よろしくね、フルル」
フルルは、ちょっぴりはにかみながら、こくんとうなずいた。
「うん。よろしく。ルミエルお姉さま」
二人仲良く手を取り合い、笑みをかわしあう。どうやらフルルも、ルミエルを気に入ったようだな。いつの間にやら、お姉さまとか言ってるし。ひょっとすると、こいつもルミエル同様、両方いけるカラダになっちまったのかもしれん。
もう日はだいぶ傾いている。次の駅亭まで、少し急ぐ必要がありそうだ。
ルミエルが手綱を握り、二頭の馬を促す。馬車はそろりと駅亭を離れ、雨上がりの空の下へ。車輪がバサバサ泥をはね、街道に深い轍を描く。
がたがた揺れる車内。俺が地図で現在地を確認するかたわら、フルルは奥に積み込まれた銀貨の山に目を丸くしている。サントメールから受け取った賞金や、ダスクの住民から巻き上げた喜捨など。ここにある分だけで、一家族が何年も遊んで暮らせるだけの金額はあるだろう。
「すっごーい……! こんなの、初めて見たよ。勇者さまって、おカネ持ち……!」
「当座の生活費だ。変な気を起こすなよ? 俺はともかく、ルミエルは金勘定にうるさいからな」
俺がいうと、御者席のルミエルが苦笑まじりに応えた。
「おカネには、見えない羽が生えているんです。しっかり捕まえておかないと、すぐに飛んで逃げてしまうんですよ」
あながち冗談とも思えぬ口調。こと金銭に限っていえば、俺よりルミエルのほうがずっと欲深いように思える。ただルミエルも、使うときはけっこう豪快に使う。強欲だがケチではない。そのあたりが、この女の憎めないところかもな。
「それより、フルル。このあたりの盗賊について教えてくれんか。おまえたちの他にも、まだまだ大勢いるんだろう?」
「うん。色々いるよ。黒衣の双刀団とか、超絶加速隊とか、イマジンブレイカー軍団とか、ハッテン・ガチムチ・ナイツ、略して、はがない、とか」
その略し方はどうかと思う。
「で。そいつらが、街道沿いで、この馬車を襲うとしたら、どのへんになると思う?」
地図をフルルに示しつつ尋ねてみる。
「んー。……たぶん、このへんかなあ。ちょうど、ジガンの縄張りに入るから」
フルルが指さしたのは、次の駅亭から、さらにもう少し先のあたり。
「ジガン?」
「うちとやりあってたグループの頭だよ。あたしの母さんを、殺した……カタキ」
言いつつ、少々、フルルの顔つきがこわばった。宿敵ってやつか。
「そいつらの規模は?」
「ジガンを入れて三十人くらいかな。わたしたちと違って、ジガンは荒っぽいよ。わたしたちは、旅人を脅して金品を巻き上げるだけで、命までは取らないっていうのが流儀だったけど、ジガンは問答無用で襲いかかって、かならず全員殺してから持ち物を奪うんだ」
そりゃ乱暴だな。地下通路にいたブラスト・ルーバックみたいなもんだろうか。
「では、そいつらが襲ってくるよう、せいぜい祈っておけ。のこのこやって来たら……」
「来たら?」
「容赦なく皆殺しだ。それで、おまえの母親のカタキも討てるだろうよ」
そう言って、そっと頭を撫でてやる。フルルは小さくうなずいてから、あらたまった顔つきで、こう聞いてきた。
「あ、あのね。できたら、ジガンのトドメは、わたしが刺したい……。ダメ?」
「ん? 別にかまわんぞ。襲って来たら、だけどな」
「うん! じゃあ、いっぱいお祈りするよ。ジガンが必ず襲ってくるようにって……」
ふと、フルルの瞳に、かすかに暗い陰影がさす。
「……あの野郎だけは、楽には死なせないから。生皮を剥ぎ、肉を少しずつ削ぎ落とし、火で全身じわじわ炙りながら、じっくりと、嬲り焼きにしてあげる……ふふふふっ」
地の底から湧きあがるような声で、ぼそぼそ呟くフルル。
……快活そうに見えて、けっこう暗い一面もあるようだな。心の闇ってやつか。相当恨みは深いようだ。
とりあえず、事情が事情だし、いざその時となれば、気の済むようにさせてやろう。ちょっとした見ものになりそうだ。




