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091:少女の決断

 小娘は、フルルと名乗った。

 屋根の外は、なお降りやまぬ雨。俺たち三人はゴザの上に身を寄せ、あれこれ語り合った。最初は荒々しく抵抗していたフルルも、俺とルミエルの連携攻撃には耐え切れず、さすがにしおらしくなっている。


 まずは彼女の生い立ちや事情を聞いてみた。

 もともと、このへん一帯は、エルフの社会から落ちこぼれた無頼の巣窟で、同じような追い剥ぎグループがいくつも存在しているらしい。フルルの母親は、そんな小集団のひとつを束ねる女頭目だったが、先日、他の集団との縄張り争いで殺害され、フルルがその跡目を継いだばかりだという。


「ね……他の仲間も……わたしと同じように、生き返らせてあげてよ。そうしたら、もう盗みなんかやめようって、わたしから言いきかせるから」


 そう囁きかけてくるフルル。


「もともとわたしは、イモでも育てながら、のんびり暮らそうって、前から言ってたんだけどね……。でもみんな、盗賊稼業が骨の髄まで染み込んでて。そのほうが楽しいって。母さんも……」

「気楽な稼業のつもりが、それの縄張り争いで殺されてりゃ、世話はないな」

「…………」


 俺の皮肉に、フルルは、すっかりしょげ返ってしまった。


「アークさま。どうなさいます?」


 横からルミエルが尋ねてくる。全裸で。どちらかというと、賛成しかねるという顔つきだ。ルミエルって、この手の連中には俺より容赦ないからなあ。なんか個人的な恨みでもあるのかね。


「……仲間を生き返らせてやってもいいが」


 俺は、フルルの頬を撫でつつ、そっと囁きかけた。


「おまえが俺の奴隷になるなら、な」

「ど、奴隷?」

「嫌だというなら、この話はナシだ」


 盗賊だろうが悪人だろうが、俺様に従順であるなら、べつに生かしてやってかまわない。ただ、こいつらの場合、すでに俺にいっぺん牙を剥き、しかるべき報いを受けている。フルルのような美少女はともかく、そうでない連中まで、わざわざ生き返らせてやる理由はない。これくらいの交換条件はあってしかるべきだ。


「わたしに、翼人みたいになれって……?」


 フルルが、ちょっと目を潤ませて訊いてくる。

 翼人? なんのことだ?


「説明が必要ですね」


 ルミエルが、そっと補足してきた。


「エルフの社会構造には、本来、奴隷制度というものは存在しません。唯一の例外が、翼人なんです」


 ルミエルの説明によると──エルフはしばしば翼人と紛争を繰り広げ、その過程で、多くの翼人を捕虜としている。それら捕虜はすべて、エルフの森に強制連行され、背中の羽を切り落とされたうえ、労働奴隷として過酷な虐待を受けているという。つまりエルフの社会において、奴隷とは翼人捕虜を指す言葉なのだ。

 現在でも一万人ほどが、おもに北霊府や中央霊府で使役されているという。これから俺たちが向かう予定のルザリクの街にも、少数ながら翼人奴隷がいるそうだ。エルフが翼人を嫌っているのは知ってたが、こうまで徹底したものだとはな。


「そ、それだけは、堪忍して……!」


 フルルが、怯えきった目で、すがるように懇願してくる。


「わたしっ、なんでも、言うこと聞くから──だから、翼人みたいなのだけは……!」

 嫌悪と恐怖のないまざった顔つき。声まで震えている。いかにエルフの社会で翼人奴隷が虐待されまくってるか、この表情や態度からも伺い知れる。


「おまえが俺の奴隷にならないというなら、仲間は生き返らせてやらんぞ。それでも嫌か」


 あえて厳しく問い詰めてみる。フルルにとって、はたして盗賊仲間は、我が身を奴隷に落としても救うべき価値がある存在なのか。それをフルル自身に考えさせ、選ばせてやろう。どのみち、俺はフルルを虐待するつもりはないけどな。美少女は虐げるものじゃない。愛でるものだ。


「さあ、どうする」


 ちょいと真剣にフルルの目を見据える。さすがに迷いの色が見える。

 しばしの沈黙。響くのは雨音ばかり。


 やがて、フルルは、きっと表情を引き締め、うなずいた。


「わかった。わたし──奴隷になる。なんでもする! だから……!」


 フルルは力強く言い切った。なかなか思い切りよく決断してみせたな。

 こいつが盗賊仲間にどんな思い入れを抱いているのか、むろん俺には測り知れんが、よほどの事情があるってことだろう。ひょっとすると、仲間の中に、好いた男でもいるのかもな。たとえそうでも、フルルはもはや俺のものだから関係ないが。


「しょうがない。そこまで言うなら、生き返らせてやる」

「ほ、ほんと?」


 フルルの顔に、ぱっと喜色が浮かんだ。一方、ルミエルは、ちょっと渋い顔をしている。


「……よろしいんですか?」

「いいじゃないか。もちろん、生き返らせたところで、このまま無罪放免とはいかん。全員、死んでたほうがマシと思えるような目にあわせてやるさ」


 俺は立ち上がって、二人に告げた。


「準備するぞ。おまえたちも、ちょっと手伝ってくれ」


 盗賊どもの冷凍死体は、まだそこら中に散乱したままだ。

 まずはこれを拾い集め、まとめて蘇生魔法をかけてやるとしよう。



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