009:ちびっこ大魔術師
楽しい昼メシを済ませて玉座の間に戻ると、俺の玉座に誰かがちょこんと腰かけていた。
ローブ姿の若い……というか幼い娘。に見える。長い黒髪は櫛も通してないようでボッサボサ。顔立ちはそれなりに整ってるが、肌はうっすらと汚れて垢じみている。
「あー、魔王ちゃんだ。遅かったねー」
その見た目クソガキが、黒いキラキラした瞳を俺のほうに向け、無邪気に手を振ってくる。屈託ない笑顔で。
俺は無言で玉座の近くまでのっしのっしと歩いていき、手を伸ばしてクソガキの両脇をガッシと掴んで持ち上げた。
「はにゃああ! いきなりなにす、ひっ」
「勝手に俺の玉座に座るなと、いつも言ってるだろーがっ! おしおきだー!」
「ひにゃあああー!」
(以下ここでは書けないようなあんなことやこんなことになっておりますので、しばらくお待ちください)
「はふん……魔王ちゃん、激しすぎ……」
「魔王ちゃん言うな」
おしおきを済ませ、とりあえず俺は玉座に腰をおろした。クソガキは床で満足げに寝転がっている。
「えー? じゃあ、ああああちゃんって呼ぼうか?」
「それだけはやめれ」
「んじゃー、魔王ちゃんでいいじゃん」
「……好きにしろ。なんか報告があるんだろう?」
「そうそう。水晶球の件ねー」
こいつは研究主任のチー。水晶球の研究チームを束ねている。外見はちびっこいが、実際の年齢は六百歳とかいうデタラメなババァだ。しかも、もとは魔族ではなく人間だったりする。自分自身に不死の魔法をかけてアンデッド化し、自らの意思で魔族の一員となった高位魔術師――いわゆるリッチーだ。
普通、リッチーといえば、時間とともに肉体はどんどん朽ちていって、最終的にはスケルトンみたいな姿になるもんだが、こいつが並でないのは、きっちり不老の魔法を併用していること。つまり不老不死ってわけで、ほぼ永遠に若い肉体を維持できるという寸法だ。
スーさんが言うには、リッチーになれるのは、よほど魔力の高い魔術師に限られるとかで、まして不老不死まで実現させるとなると、魔王に匹敵するほど巨大な魔力が必要になる。人間でそれを成功させたのは、この世界でもこいつ一人だけだろう、と。
そう考えると、チーは確かに物凄い魔術師なんだが、見た目が無駄にお子様っぽいせいで、あんまり、そういう風に感じないというか。長生きしてるぶん、物識りではあるし、とくに魔法アイテム関連に詳しいんで、そこは重宝している。
「よっ、と。さて……」
そのチーが床から起き上がって、くいくいっと手招きする。玉座の脇にふよんふよんと浮かぶ例の水晶球が、いそいそとチーのもとへ飛んでいき、その両手に収まった。
「こないだ、旧魔王城の書庫を漁ってたら、いくつか、こいつに関係する文献が出てきてねー。まだ起動まではいくつかハードルがあるけど、いちおー報告しとこうと思って」
「ほう……あそこへ行ってたのか」
俺がこの世界に転生して、最初の生活の場となったのが、当時では魔族の唯一の拠点だった北方辺境の山城だ。あそこから挙兵して軍勢を進め、ほぼ天下を取るまでになって、新しくこの魔王城を建てたわけだな。古いほうの城も一応まだ残っていて、そっちは旧魔王城と呼ばれてる。
「そ。灯台もと暗しってやつだねー。その文献によれば、これ本来、初代魔王の持ち物だったらしいんよ」
「なぬ? もともと魔族のものだったのか」
「そうそう。んで、その初代が勇者に退治されちゃって、こいつはお持ち帰りされちゃったって話。それが巡り巡って……」
「翼人の王族の手に渡った、というわけか」
チーはこっくりとうなずいた。
むう。水晶球に、そんな来歴があったとは。まあ、当の翼人どもは、そんなことは知らずに保管してたんだろうが……。
初代魔王については、俺ら魔族にも詳細は伝わっていない。ただ、数千年に渡ってこの世界の一角に君臨し、初代勇者との泥沼の死闘の末、ついに討たれた──という、漠然とした伝説が残るだけだ。当時の魔王を直接知る者は、さすがにもう存在しない。スーさんも宰相として魔王に仕えるようになったのは二代目となる先代からだし。その先代も数百年前、二代目勇者に討たれた。俺は三代目の魔王というわけだ。
「封印は当時の勇者が施したものみたいだけど、その解析は済んでるよ。ただ、最後の起動キーになるものがわからなくてねー。文献から、神魂覚醒の秘儀ってのを、やっと探り当てたんだ」
「なんだそりゃ」
「こいつには、神の魂ってのが封じ込められてるらしくてねー。神っていっても、多分造物主じゃなくて、精霊とかのたぐいだと思うけど。この水晶は、そいつの魔力を部分的に活用して、色々なことができるようになってる。空中に浮かんだり、遠くのものを映し出したり。でも、儀式をして、その神だか精霊だかを本格的に目覚めさせれば、今よりもっとすごい魔力を発揮して、持ち主の願いをなんでも叶えてくれるって話だよ」
「ほおお!」
俺はつい身を乗り出していた。なんでも願いが叶う水晶か。もしそれが事実なら、エルフどもをぶっ潰して、この世界を完全征服することも可能になるかもしれん。この世の財宝も、美女も、美食も、何でも思うままになるってことだ。そりゃ今でも、それなりにやりたい放題やってるが、欲望に上限なんてないからな。
「それで、その秘儀とやらは、どうやればいいんだ?」
「ま、焦んないでよ。その前に、もういっぺん、さっきのおしおき、して」
「……足りないのか」
「まだまだ、ぜんぜん足りないよっ」
チーは笑って俺に飛びついてきた。六百年も生きてるくせに、旺盛なことで。