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089:一閃転回

 雨やどり中の旅人を狙って、ひそかに駅亭を包囲し、おもむろに四方から踏み込む。

 しかる後、全方位から一斉に矢をつがえ、さらに正面から攻撃魔法で脅しをかける。


 ケチな追い剥ぎの分際で、なかなか、しゃらくさい手順を踏むもんだな。確かに、そこらの旅人なら、これでチェックメイトだろう。

 だが。


「一応、聞いておこうか?」


 俺は、リーダー格の女に訊ねた。


「ここいらを根城にしてる追い剥ぎ湖賊ってのは、おまえらか」


 女は、小さくうなずいた。


「……そうだ。無駄な抵抗はするなよ。その馬車はもらっていく」

「ほう。無駄じゃない抵抗なら、してもいいわけだな」

「なに……?」


 連中は弓を引きしぼったまま、ひたと、こちらへ狙いを定めている──ならばこちらは、連中が矢を射放つより先に。その指先が、矢を離す前に。より速く。有無をいわさず。全員ぶった斬ってしまえばいい。実に明快な理屈だ。

 俺はゴザから可能な限り素早く立ち上がりつつ、腰のアエリアを抜き放った。


 アエリアの刃がググンッと伸びる。五メートルぐらい長々と。アエリアの特技、形状変化だ。

 俺は、面倒とばかり、アエリアをひと息にぐるりと振りまわした。超高速の長刃が、一閃転回、旋風のごとく、その場を囲む賊ども全員を瞬時に薙ぎ倒す。


 立ち上がって剣を振るまで、わずか半瞬の間。凡人どもの反応速度では、指一本動かす暇もなかったろう。


「ほらな、無駄じゃなかっただろ。……もう聞いてないか」


 居合わせた賊ども十人全員、キレイに首をすっ飛ばされて即死。例の女リーダーも、魔力の残滓を右手にまとわせつつ、首無し死体となって、その場にぶっ倒れた。

 やや遅れて、女の首のほうも、地面にボテッと落っこち転がり、何がなんだかわからない──という顔で、しばし、目をぱちくりさせていたが、やがてその目から光が消えた。ようやくご臨終か。


 ギロチン刑でも、執行直後の生首にはまだ意識があって、何度か瞬きもできる、という話を聞いたことがある。とはいえ実物を見たのは初めてだ。さすがにちょっとシュールな光景だったな。

 

「ルミエル、頼めるか?」


 眼前の惨劇もどこ吹く風──とばかり、ルミエルは何事もなかったように、なお端然とゴザに座っている。俺が声をかけると、ルミエルはにっこり微笑んだ。


「はい。おまかせください」


 すでに周囲一帯、赤霧のごとき賊どもの噴血紅奨、地面にも赤黒い血だまりが広がりはじめている。ルミエルは立ち上がると、それら死骸へ向かって、かたっぱしから凍結魔法を浴びせ、すべてカチンコチンに凍らせてしまった。これで血生臭さを抑え込み、俺たちは安心して食事を再開できるという寸法だ。





 中断されてしまった食事を再開し、二人がかりですべてのキノコを平らげ、さらに残ったダシで雑炊をつくって、シメの一杯。やっぱり鍋のシメは雑炊だなあ。うどんもいいけどな。

 屋根の外は、なお降りやまぬ雨。ただ、西空に少し陽が射しはじめている。あと数時間もすれば晴れてくるだろう。


「さて。メシも食ったし、ちょいと事情を訊いてみようか」

「何のことですか?」


 ルミエルが、鍋を片付けながら、きょとんとこちらを見る。


「そこの女を蘇生させるんだ。まだ雨が止むまで時間がかかりそうだし、退屈しのぎにな。うまくすれば、他の盗賊の情報とかも聞き出せるかもしれんぞ」

「そういうことですか。でも、もう冷凍マグロみたいに真っ白になっちゃってますけど……こんな状態からでも、蘇生できるんですか?」


 おまえがそういうふうに凍らせたんだろうが。というか、この世界に冷凍マグロなんてあったっけか。あるんだろうな。多分。


「問題ない」


 俺はよっこいしょと立ち上がり、女リーダーの冷凍遺体に向けて両手をかざし、詠唱をはじめた。

 蘇生魔法の白濁光が掌からほとばしり、女リーダーの肉体を包み込む。光が消え去ると、凍った身体も、すっぱり斬られた首も、キレイに元通り。


 ついでに、顔半分を覆うマスクを、ペロンっとめくってやると。

 ──おお。これはなかなか上玉。ちょっと顔立ちに幼さが残っているが、年頃の美少女エルフだ。見た目は人間にして十四、五歳くらいの小娘。むろん、実年齢がどれくらいかは、本人に聞いてみなきゃわからんが。


「ううん……?」


 その小娘エルフが、はたと目を見開いた。


「な……なっ?」


 ゆっくり身を起こし、周囲をきょときょと見回す。まだ自分に何事が起こったか、把握できないようだ。無理もないが。


「元気そうだな」


 俺が声をかけると、小娘は、ギョッとした顔つきで、その場から後ずさった。


「い、いったい、何が……!」

「そう慌てるなよ。おまえは俺に叩っ斬られて、死んだ。んで、わざわざ生き返らせてやったわけだ。感謝しろよ?」


 恩着せがましく告げてやる。


「死ん……だ? わたしが? 何を言って──」

「周りをよく見てみな」


 言われるまま、小娘は、あらためて四囲を眺め渡し──そのまま、愕然と息を詰まらせた。あちらこちらと、見えるものは、白く凍らされて地面に転がる仲間たちの死体ばかり。


「喧嘩を売る相手を間違えると、こういうことになる。いい勉強になっただろ?」


 ちょいとからかってみる。たちまち小娘の顔に、かっと血の気がみなぎった。単純な奴だ。


「ふ──ふざけるなッ! よくも仲間を!」


 小娘は、がばと立ち上がって、腰からナイフを抜いた。まだ自分の立場がよくわかってないらしい。

 ふと。


 ゴインッ! と、鈍い音が響き、小娘は、その場にばたりと倒れこんだ。

 ルミエルが背後から、鍋底で小娘の後頭部をぶん殴ったのだ。


「アークさまに向かって、そんな無礼な態度は許しません。神が許しても、私が許しません」


 ムッとした顔つきで言い放つルミエル。いやそいつ、もう気絶してるから。聞いてないから。

 とはいえ、こういちいち暴れられては面倒だな。今のうちにひん剥いて、縄で縛っとこう。


 目をさましたら、いよいよ尋問タイム。お楽しみはこれからだ。



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