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087:酒賊と塩賊

 いまさら協力を申し込まれるまでもない。もともと「なんでもする」という約束で治療を手伝ってやった以上、緑林軍の連中には、俺の手足となって働く義務がある。


「俺はまだ、長老を討つとは決めていない」


 俺はハッジスの言葉に、軽く首を振ってみせた。


「そんな……話し合いなんぞが通じる相手じゃありませんよ」

「だが、勇者とあえて事を構えるだけの度胸が、連中にあるかな?」


 勇者の詳細については、長老もよくよく知っているはず。あのルードを召抱えていたのだから、例の伝承歌も聴かされているだろう。伝説の勇者。経験を積めば積むほど強くなる無限の成長力をその身に秘めて、たとえ殺されても強制復活によって何度でも甦り、最終的には魔王を単独で打ち破るほどの戦闘力を獲得する、天然インチキ戦闘マシーン。これをまともに敵に回して勝てると本気で思うほど、長老が愚物とは思えん。まして、勇者とエルフには、魔王という共通の敵が存在している。むろん魔王とは俺自身のことだが、それはエルフたちのあずかり知らぬこと。まともな状況判断ができるなら、少なくとも魔王を倒すまでは、勇者と敵対するなどありえない話だとわかるはずだ。


「おそらく、中央へ近付くにつれ、長老は俺を懐柔しにかかるだろう。交渉の余地があるかどうか、そこで判断するつもりだ」


 交渉──といっても、別に長老を諌めたり、取引きしようというわけじゃない。長老に聞きたいのは、ただひとつ。この俺様に、エルフの森の支配権をおとなしく明け渡す気があるか。全面降伏、イエスかノーか。それだけだ。もっとも、まだハッジスたちには、そこまで明かせないがな。こいつらにはせいぜい下働きをさせて、俺様が新たな支配者として体制を固めるための足場を築かせるのだ。


「では、アーク様が長老に対する判断を下されるまでの間、我々は必要ないと……?」


 尋ねるハッジスに、俺はちょっぴり真面目な顔で応えた。こう、キリっと。


「いや。おまえたちにも、やってもらいたいことがある。湖賊にもいくつか集団がある、といったな?」

「ええ。ここから東のほうでは、さっき説明したように、盗賊が跋扈していて、街道沿いで活動してます。西のほうには、俺たちと同じような武装集団が複数、点在してます」

「ほう……で、その内訳は?」

「はあ。東の盗賊のほうは、こちらもあまり実態は把握できていません。十人や二十人といった小さな集団が、好き勝手に動いてるだけです。規模としてはたいしたことありませんが、神出鬼没で、動向が予測できないのが難点ですかね。西の武装集団については、赤眉軍、浮水軍の二つが幅をきかせているようです。どちらも私塩の密売業者で、中央からは塩賊とも呼ばれてますね。赤眉は自前で岩塩の鉱脈を持っているそうです。浮水のほうは、レアージ湖という小さな塩湖から塩を精製しているという話です」


 塩賊か。そいつはさぞかし儲けているだろうな。なんせ塩は必需品。緑林軍の密造酒より利益の幅は大きいはずだ。


「そいつらの規模は? どの程度だ」

「どちらも二百人くらいの戦力を抱えています。中央からはかなり睨まれてますから、そのぶん備えもしっかりしてますね」

「おまえたち緑林軍と、なにか繋がりはあるのか」

「いえ。とくに接点は。商売がたきってわけでもありませんし、かといって手を組むような理由も……」

「理由はある。そいつらと手を組め」

「は?」


 いきなりの命令に、ハッジスが、ぽかんと口をあけた。俺はかまわず畳み掛ける。


「その赤眉やら浮水やら、ばらばらに活動している湖賊どもを連携させ、ひとつに纏めあげるんだ。密売業者連合でも、反中央同盟でも、名目はなんでもいい。ハッジス、おまえがそれをやるんだ」

「え……? い、いやいやいや! 無茶ですよ、そんな!」


 ハッジスはぶんぶん首を振った。これまで何の接点もない、しかも規模で格段に緑林軍を凌駕する勢力と、いきなり連合を組む。確かに無茶振りのようだが、方法はある。


「難しいことじゃない。俺の名を出して恫喝すれば済むことだ。緑林と手を組まねば、中央に討伐される前に、勇者の討伐を受けることになる、とな」

「は、はあ……しかし」

「いきなり連携を持ちかけても、先方は取り合うまい。だから、先に情報を流しておけ。勇者が緑林に強く肩入れしている、という噂をな。噂といっても事実だ。おまえたちが西霊府での一件をすでに知っているように、塩賊どもも、すぐに情報を仕入れて、事実と確認するだろう。そのうえで、使者を出すなり、おまえ自身が出向くなりすればいい」

「……それでも、先方が取り合わなかったら?」

「そのときは、本当に討伐してやるまでだ。まつろわぬ無法者どもを、いつまで放置しておくほど俺は寛大じゃない」


 中央を掌握すること自体は、こいつらの手を借りるまでもない。俺単独で充分だ。その後の足場固めに、こいつらを利用する。西に割拠する無法者どもを、あらかじめ、ひと纏めにさせておいて、俺の支持基盤に加えるのだ。

 これから噂を流させるとして──それが西の塩賊どもの耳に達し、事実と確認できるまで、若干時間がかかるだろう。ちょうど俺が中央に到達する前後くらいのタイミングになるはずだ。そこからハッジスが連携への交渉を始めれば、俺が中央を陥落させる頃には結果が出ているはず。首尾よく話し合いがついて連携が成立していれば良し。さもなくば、ちょっと面倒ではあるが、俺自身が中央からとって返して、赤眉も浮水もまとめて潰すだけだ。エルフの森がひとたび俺のものとなったなら、たとえ誰であれ、その領域内で俺様の許可なく儲けるなど許さん。従わぬなら、ショバ代はおろか、その生命財産すべて、草一本残さずむしり尽くしてくれる。


 むろん、そうはいっても、成功してくれたほうがありがたい。余計な手間が省けるし、塩賊どもの資金力と組織力を、労せずして俺の掌中に収めることができるからな。


「失敗しても、おまえたちの損にはならん。成功すれば、ハッジス、おまえは一躍、ビワー湖北岸一帯を抑える大連合の盟主となる。そのために、俺の名を使っていい、と言ってるんだ」


 こう利害を説くうち、次第にハッジスもその気になってきたようだ。


「め、盟主、ですか……。そりゃあ……!」


 だんだん頬が緩んでくるハッジス。あとひと押しってとこか。ではここで、ちょっとした演出をしてやろう。

 俺は、静かにその場で立ち上がった。


 燃えさかる炎をバックに、表情を引き締め、ハッジスを見下ろす。

 火を囲んで騒いでいた緑林の荒くれどもが、一斉に静まって、俺に注目した。ルミエルもきっちり空気を読んで、鹿爪らしい顔で俺を見上げている。


「ハッジス、よく聞け」


 重々しく宣告する。


「俺の名を担いで交渉に赴き、この地方を掌握してみせろ。成功の暁には、この地方をおまえに預けよう。おまえが俺に忠実である限り、この北岸一帯すべて、おまえにくれてやる」


 こう語る内容は、さっきまでの説明の繰り返しにすぎない。が、演出によって雰囲気を変え、より強く揺さぶって、一気に畳み込むという寸法だ。

 炎のはぜる音だけがぱちぱちと響いている。沈黙と静寂。誰もが息を呑み、成り行きを見守った。


「それ古人もいう──大志の翼、風雲に乗じれば、酔いどれ千鳥もたちまち大鵬と変ず──と。ハッジス。今こそ、この風雲に乗じる時ではないか」


 俺は仰々しく言い放った。なにやら故事成語っぽく格好つけてみたが、いま適当に思い付いた、口から出まかせだ。

 やがて、ハッジスは姿勢をあらため、俺の前に片膝をついた。


「……すべて、アーク様の御意のままに」


 神妙な顔つきで誓約の文言を述べ、ハッジスは恭しく頭を垂れた。

 わああっ、と周囲から歓声があがった。たちまち鳴り響く拍手と、湧き起こる万歳の声。一気に宴会の賑やかさが戻ってきた。


 これで、緑林軍は俺の手足となったわけだ。その対価として、連中は俺の名を錦の御旗として振りかざすことができる。持ちつ持たれつだ。

 塩賊どもとの連携も、もはや是非を論じる段階ではない。湖賊連合盟主の座をめざし、ハッジスは喜び勇んで交渉に乗り出すだろう。


 どいつもこいつも、すっかり雰囲気に乗せられおって。単純な奴らだ。

 せいぜい張りきって働くがいい。俺のために。



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