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086:敵の敵は味方

 ビワー湖北岸一帯を根城とする湖賊。おもに沿岸街道を通る旅行者や商人を襲って金品を奪う、ケチな小悪党ども。

 ──のはずだが。どうも、そう単純な話でもないようだ。


「まあ、まあ、アーク様。そう難しい顔しないで、飲んでくださいよ」

「おおっと、そちらの姐さんも、ささ、遠慮なさらず」

「いやー、まさか、いま巷でナウなヤングにバカウケの勇者さまに会えるとは」


 やっぱり巷ではナウなヤングにバカウケらしい。俺が。どこの巷か知らんが。

 街道から少し外れた松林のなかに、その湖賊たちの拠点がある。外周に乱杭の柵をめぐらせ、その内側には物見櫓がそびえ、丸太造りの営舎が並んでいる。ちょっとした砦だな。


 先刻、負傷者の治療を済ませた後。ハッジスが、礼として自分たちの根城へ俺を招待したい、と言いだした。俺はいったんその場を離れ、ルミエルと合流してから、連中の案内で馬車を進め、日暮れ頃、ようやく、このささやかな砦に到着した。

 五、六十人ほどの荒くれエルフどもが総出で俺たちを迎え、営舎の手前の広場に大がかりな火を焚いて、そこで宴会となった。星空を焦がす赤い炎のもと、俺は串焼き肉なんぞをかじりながら、ハッジスから湖賊にまつわる事情を聞いた。ルミエルは、俺の隣りで下っ端どもに酌をさせ、機嫌よさそうに呑んでいる。


「……俺たちが通行人を? そりゃ違いますよ」


 ハッジスは、俺がかつてルードから聞いた話を、のっけから否定した。


「俺たちもあぶれ者ですがね。カタギに迷惑かけるような真似はしません。ただ……」

「ただ?」

「ひとくちに湖賊といっても、色々ありますから。俺たち緑林軍は追い剥ぎなどしませんが、そういう集団があるのも確かです。時々、こちらの荷駄隊が襲われることもあります」


 緑林軍というのが、この集団の名称らしい。ハッジスはそのリーダーだとか。こんな程度の規模で軍組織を名乗るとは、また大きく出たもんだな。賊といっても、こいつらは中央霊府に反発しているレジスタンスのようなもので、ルードが遭遇した野盗のたぐいとは別物のようだ。霊府の統制を受け付けない無法者である点は変わらないが。


「最近、間諜からの報告で、中央が俺たちを潰しにかかっている、という話を聞きまして。それで、ここしばらく、ずっと警戒していたんですよ。そうしたら、あの岩の化物が現れて……」

「……なるほど」


 俺はうなずいた。なぜフィンブルが、わざわざこんな場所に現れたのか。おおかた推測がついた。俺を待ち伏せるためだけじゃなく、ロックアームの試運転がてら、緑林軍への威力偵察という目的があったのだろう。そして緑林軍の魔術師たちが街道でロックアームと応戦中のところを、俺が通りかかったと。


「まさか、フィンブルなんて大物が、こんなとこまで出ばってくるとは思いませんでしたが。中央も、いよいよ本腰を入れてきたんでしょうかねえ」

「そもそも、おまえら、なんでレジスタンスなんてやってるんだ? 長老が気に食わない、とかか」

「はあ。それは……」


 俺の質問にハッジスが答えようとしたとき、ルミエルが横から話しかけてきた。


「理由は……これ、じゃないですか?」


 そう言って、手にした陶器の酒盃を、火に向けてかざしてみせる。なみなみと注がれた琥珀色の液体に、揺らめく炎が照り映えた。


「ほう……。その通りです。しかし、なぜおわかりに?」

「うふふ。以前、移民街のサントメール伯爵さまから、おうかがいしたことがあるんです。緑林、というお酒について」

「なるほど……あの方ならば、確かに我々のことも知っておられるでしょう」


 ハッジスは感心したようにうなずき、営舎の一角を指さした。


「あそこが、醸造所になってましてね。いまは麦焼酎の仕込みの真っ最中です」


 そういうことか。やっとわかった。こいつら密造酒を売りさばいてるんだな。

 エルフの森で、酒の流通や法律がどういうふうになっているのか、俺はよく知らんが、ウメチカでは許可制で、密造はご法度だった。ハッジスの説明によれば、酒類は現在、中央霊府では専売制、他の四霊府は許可制になっており、やはりいずれも密造やその取引は禁じられているという。専売制というのは、ごく大雑把にいえば、霊府側が価格を好き勝手に設定して、いくらでも利益を得ることができる制度だ。


 専売制によって市場原理の埒外に置かれた物品は、総じて割高になりがちだ。そこで密造酒の出番となる。それなりの品質で、しかも市価より安いとくれば、人々は喜んで密造酒に手を出すだろう。いま、中央霊府における酒類の流通価格は、長老の方針によって、かつてないほど暴騰しており、密造酒を市価の半値以下で売りさばいても、なお充分な利益になるのだという。


「俺もそうですが、もともとここにいる連中の多くが、中央と取り引きしていた蔵元とか中間業者とかだったんですよ。ところが、長老の方針で中央が許可制から専売制に切り替わり、一部の業者をのぞいて締め出しをくらってしまいましてね。そうして商売できなくなった連中が寄り集まって、だったら密造して売ってやろう、ということになったんです」


 ここを拠点に選んだのは、ここいらが五大霊府の統制が及ばない地域だからだそうだ。街道がろくに整備されていないのも、そのせいらしい。

 ここで醸造した酒を、地元で消費するだけなら問題にならないだろうが、ひそかに無許可で中央霊府へ流通させているなら、それは霊府側としても看過できない問題だ。あるいは霊府側ににらまれ、討伐を受ける危険性もある。それから身を守り対抗するためには、彼らも武装せざるをえない。砦を築き、武器を揃え、万一の事態に備えることになった。そうしてできあがったのが、この緑林軍。武装せし密造酒業者というわけだ。皮肉なことに、カタギの業者だった頃より、現在のほうがはるかに大儲けできているという。


 ハッジス自身はもと蔵元の経営者だが、配下には、その豊富な資金力で雇い入れた流れ者や荒くれ者も多く、戦闘用の魔術に長けた人材も揃っているという。そういえば、さっきロックアームと渡り合ってた連中も、みんな魔術師だったな。


「ところで、アーク様は、これから中央へ向かわれるのでしょう?」


 今度はハッジスが尋ねてきた。


「そうだ。ウメチカ王の親書を長老に届けるためにな」


 俺がうなずくと、ハッジスは、ただでさえ険しい目元に、さらに深刻味を加えて、こちらを見つめた。


「……あなたの目的は、それだけではないでしょう」


 やや声をひそめて言う。


「何の話だ?」


 あえてとぼけてみせる。ハッジスの目が、鋭く俺を見据えた。


「あなたは、中央霊府を……長老を、討つおつもりなのではありませんか」

「……ほう」


 こいつは少々驚きだ。いきなり大上段から斬り込んできたな。確かにその通りだが、なぜそんな推測ができたのか。


「我々も色々と情報を集めています。西霊府で何があったか、ということも。そして、さきほどの戦い……」


 ハッジスの口調が、次第に熱を帯びてきた。俺は西霊府で反長老派の最右翼というべきオーガンを助け、大っぴらに手を組んでいる。さらには、つい先刻、こいつらの目の前で中央の防衛責任者であるフィンブルをぶっ飛ばしてみせた。それらの事実から、ハッジスは、俺と長老は敵対関係にある、と判断したんだろう。


「で? 実際そうだとしたら、どうする?」

「我々も、協力いたします。いえ、させてください。中央に討たれる前に、こちらから打って出たいのです!」


 ハッジスは懇願するように言い放った。

 敵の敵は味方──というわけか。



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