854:特別篇・乙女恋愛ゲーム世界(disk1)
ここは王立学園、一年D組。
周囲の若い男女は、いずれも、きらびやかな赤黒金の制服姿で、机についている。
俺だけが白い長ラン。
今の肉体自体は、あっちの世界のアークとほぼ同じ。身長体重、肉体強度も大差なし。でありながら、髪は黒髪に変わっている。
したがって、周りの連中は全員金髪か赤毛の白人だが、俺だけ黒髪黒目で、人種からしてちょっと違うような。肌も褐色に近い。
にも関わらず、誰一人、ツッコミ入れてくるやつはいなかった。
それどころか、俺が教室に入ると。
「おはよう、あっちゃん」
「あっちゃん、おっはー」
「遅かったねあっちゃん、寄り道してた?」
とか、みんな普通に気さくに声をかけてきた。あっちゃんて誰やねん。悪魔悪男だから?
そうして自分の机につき……そのへんで、はたと気付いた。
なぜ俺は自分の名前や自分のクラスを知っていて、当たり前みたいに自分の席に着いているのか。
あれだ。以前の魔王学院のときにもあった……「そういう設定」というやつ。
ある程度は、ハナっから意識に染みついてたみたいだが。
それが時間経過とともに、じわじわと思い出せるようになってきた。
その「設定」によれば……。
ここはどっかの王国、なんとかいう都の名を冠した、王立の高等学校。まだ細かい固有名詞までは完全には思い出せん。もう少し時間が掛かるな。
時代や位置背景は中近世フランスあたりに近い。文明レベルもだいたいそのへん。蒸気機関が出てくるちょい前くらいかな。
なので窓ガラスとかは普通にあるし、都市建築の様式もなかなか洗練されているようだ。
そして、この世界には、魔法がある。
いまも、俺の肉体には、あっちのアークほどじゃないにせよ、かなり強烈な魔力が漲っているようだ。習得済みの詠唱も三百種類ぐらい、すべて一言一句間違いなく記憶している。
そして俺自身にまつわる「設定」だが……どうも俺は、はるか東方の島国から「留学」してきた転入生、ということらしい。それもほんの数日前のことで、まだ俺の制服ができてないんだと。
だからって白ランはどうなんだって思うが、そういう「設定」なんだから仕方ない。
で、この世界に出現した直後、肩にひっかついでた木刀は、以前はアエリアが変形したものだったが、今回はただの木刀だった。たんなる飾りというか雰囲気というか、そういう演出のためにあるものらしい。
「はい、みなさん、揃ってますねー。ご静粛にー」
やがて担任教師が入ってきた。笑顔が爽やかな若い男の教師。
ルードと違って、そんな超絶美形というほどではないが充分イケメンの部類。
「今日はですね、また新しい編入生を紹介いたします。諸事情あって外国からこちらへ引っ越してきて、当学園に編入されることになりました」
はあ。「また」というのは、俺もつい先日、ここに編入された身だからだ。俺に続いて二人目ってことだな。
紹介を受け、スッと教室に入ってきたのは、小柄なピンク髪の娘。
やはり制服ができてないようで、紺のブレザーっぽい服装。前の学校の制服だろうか。
「では自己紹介を」
と教師に促されて、ピンクのちび娘は、なにやらソワソワした様子で口を開いた。
「わ、わたしっ、セリナ・アンクドールですっ。よろしく、おねがいしますっ!」
ぺこりと一礼。
「はい、よくできました。アンクドールさんは、外国から引っ越してきたばかりで、まだいろいろと不慣れなところもあるでしょうからね。みなさん仲良くしてあげてくださいねー。さて席は……」
ここで、ちょうど頭をあげたちび娘と、ふと目が合った。
なぜか奇妙な声が、俺の脳内に流れてきた。
(わぁ! やだ、カッコイイ☆ なになにあのヒトー! あんなキャラいたっけ?)
でもって、ちび娘が、頬を赤らめつつ、俺を凝視している。
なんだ今の声は。
(よーし、決めたっ! あのカッコイイ男の子、攻略しちゃおっと!)
いやちょっと待て。なぜあいつは俺を見ている。攻略とは何のことだ。
「おっ、ちょうどアークくんの隣りが空いていますね。アンクドールさんの席はあそこで」
「はっ、はい!」
教師に言われて、ちび娘は心底嬉しそうに、俺の隣の席についた。
「よろしくお願いしますね。わたしのことは、セリナって呼んでください!」
それはもう、にっこにこな笑顔を向けてくるちび娘。
一応、返事ぐらいはしとくべきか……。
「俺はアークだ」
本名は悪魔悪男となっている。だがそう声に出して名乗るのは、なんか嫌だな。なんか。
なので一応通称になってるアークで。
「アーク? じゃあ、えっと、あっちゃんって呼んでいいかな?」
なんでやねん、と思いつつ、そういや他の連中も、俺をそう呼んでるな。呼びやすいのか?
「それでいい」
と、俺は短く答えた。
同時に、俺の脳内に奇妙なアナウンスが流れた。
『アークの好感度が上がった!』
ピロリロリン♪ とチャイムが鳴る。
なんだこれは。俺の好感度ってなんだ。
さらに脳内に響く声。
(よーし、掴みはオッケー! どんどん好感度上げてっちゃお!)
これ、セリナとかいうちび娘の声とは違う。もうちょっと大人びてるっていうか……女の声なのは確かなんだが。
(ふふふー、いつまで、そんな仏頂面していられるかなー? もうセリナ無しじゃ生きていけないぐらい、てってーてきに攻略したげるからねっ!)
待てやオイ。何が起きてるんだ? コイツいったい何者だ?
俺はどうなってしまうんだ?




