850:お昼のハンバーグ定食
その後。
俺の魔力がフル回復するまで、小休憩を取ることにした。
なにせタマ起動時、及び使用中の消費魔力はあまりに凄まじい。チーの蘇生には、より万全な状態で臨むべきだろう。
ツァバト、ルード、タマを引き連れ、城内の広間へ転移。
なんだかんだあって、時刻はもう昼近い。
広間では、下働きのゴブリンやコボルドどもが、いろんな荷物を抱えて、忙しそうにぱたぱた駆けずり回っていた。木箱とか布袋とか資材とか。
現在、城内の一部を改装中だ。
具体的には主塔の中層あたりに、先日新たにこの城へ連れてきた客人たち……幼馴染みのアイツ、リネス、パッサ、ティアックといった面々のための個室を準備している。
なるべく本人らの希望通りの内装を整えるべく、城内の魔族に命じて各種作業をやらせているわけだ。どうせあいつら暇だしな。監督はスーさんである。
他に、アズサたちヴリトラやトカゲ竜たちの専用居住区を設ける計画もある。いつまでも前庭で雑魚寝させとくのもどうかと思うんでな。もちろん遷都までの仮宿だが、そもそもその遷都もまだ当分先のことだし。
陸上巡航船ブランシーカーについては、当面、搭乗員も含めて勝手にやってもらうつもりだ。あいつらはいまも、空中船上ライブの計画で勝手に盛り上がってる。
その空中船上ライブの技術的な柱となる存在が、まさにいま絶賛死亡中のチーだ……。
「それで、どこで休憩を?」
ルードが訊く。
「まずは、メシかな」
「おお、例の食堂か」
俺が応えると、ツァバトが黄色い園児帽をかぶったまま、うんうんうなずいた。
「あの食堂のコック……畑中といったか。あれは魔族でありながら、なぜかアークと同郷の者の霊魂が憑依し、我にも解析しえぬ異常存在と化しておる。だが、料理の腕前は見事なものよ」
そんな話、いま初めて聞いたぞ。畑中さん、やっぱ中身は日本人だったか。
だが詳細はツァバトにもわからんとは……本当に何者なんだ? 俺も、なんとなく、あの人には頭上がらないんだよな。弟のほうも、たぶん同じような異常存在なんだろう。
ともあれ、俺は三名をぞろぞろ引き連れ、広間から移動した。
そして、おなじみ魔王城食堂。
ランチタイムということもあり、相変わらず繁盛していた。
奥のテーブル席では、ハネリンが一心不乱に盛り蕎麦をすすっていた。俺らが入ってきても気付かないぐらい夢中になってる。そんなうまいか盛り蕎麦……うまそう。
見れば、他の連中も、だいたい盛り蕎麦食ってる。ハネリンがうまそうに食ってると、つい同じもの頼みたくなるんだよな。ルザリク市庁舎の食堂でも、ちょくちょく見られた光景だ。
そんな賑やかな店内の様子を横目に、俺たちはカウンターの空席に並んで座った。
ルードもツァバトも人類じゃないし、必ずしも飲食は必須ではない。その点は俺もそうなんだが、それでもメシは食いたい。うまいメシは精神的な活力にもなるしな。
あとタマは、肉体構造は常人と大差ないため、ちゃんと食べないと飢えて死ぬ。マニュアルにも、栄養バランスを考えて三食しっかり食べさせるように、と書いてあった……。
「パパー、ココ、オモシロイー!」
俺の隣にちょこんと腰掛け、目をキラキラ輝かせながら、はしゃぐタマ。
目に映るもの、なんでも珍しくて、興味津々のよう。そりゃ、ガワは年頃美少女でも、中身は数時間前に生まれたばかりの赤ちゃんだからな、仕方ない。
一応、食堂に入る前に、食事の概念と、食堂での最低限のマナーは教えておいたのだが、ちゃんと耳に入ってたかどうか……
「ワァー。イイニオイー!」
カウンターの奥から漂ってくる匂いに、鼻をひくひくさせるタマ。
こりゃあ……ハンバーグだな。さらに、醤油ベースのソースらしき香りも漂っている。誰かが注文したんだろう。
よし! 今日の昼メシはこれでいこう!
やがて、噂の畑中洋介さんが厨房から姿を現した。
「いらっしゃいませ、陛下。本日のおすすめランチは、和風ソースのハンバーグ定食でございます。もちろんビーフ百パーセントですぞ」
おお、ビーフ百パーセント。これは期待できそう。
ほどなく運ばれてきたのは、大皿にででんと盛られた、でっかいハンバーグ。これに半透明の和風ソースがたっぷりかかっている。炒めたブナシメジも乗っかっている。
付け合わせに色鮮やかなブロッコリーとニンジンの輪切り。
もちろんライス大盛りに、お揚げと豆腐の味噌汁。見事なハンバーグ定食だ。ナイフとフォークではなく、箸だけでいただけるのもポイント高い。場末の大衆食堂たるもの、そうでなくては。
タマにとっては、初めての食事ということになるな。
「パパ? コレ、ドースルノ?」
「そうだな……ちょっと待ってなさい」
まずは箸で、タマのハンバーグを、一口大にススッと切り分けた。すごくやわらかい。さすが畑中さんのハンバーグ。
「で、これを、こう持つんだ」
いきなりタマに箸を使わせるのは、さすがにハードル高いだろう。で、スプーンの持ち方を教えた。
「ンー、コレデ……コウ?」
「そうそう。これで、こんなふうに掬ってな」
一口大に分けたハンバーグの切片のひとつを、下から掬い取ってみせる。
「はい、お口あけて。アーンってしてみよう」
「アーン」
「よし。いくぞー」
大きく開いたタマの口に、そっとスプーンを運ぶ。
ぱくん。
ゆっくりスプーンをひっこ抜く。
「よく噛んで、ごっくんするんだぞー」
「ンンン……!」
もにゅもにゅ、ごっくん。
ぱぁぁっ、と、タマの頬に朱がさして、鮮やかな笑顔がはじけた。
「オイシイー!」
ううむ、なんていい顔をするんだ。お世話のし甲斐があるってものだ。
「さあ、今度は自分でスプーン使って、食べてみよう」
「ウンッ! ガンバルー!」
まだちょっと不器用に、慣れない手つきでハンバーグに挑むタマ。そんな姿も可愛らしい。
「アークよ。ひとつ我にも食べさせるがよい。ほれ、あーん」
横からニヤニヤ見ていたツァバトが、いきなりぱかんと口を開けた。なんなんだ。タマが羨ましいのか?
「ほらよ」
俺は、付け合わせのブロッコリーを箸でつまんで、ツァバトの口に無造作に放り込んでやった。
口いっぱいのブロッコリーに慌てて辟易するツァバト。
「あふっ、あふぅ、あちゅいー! んぐぐ。これアーク、ちゃんと細かくしてから食わせんか!」
ちょっと涙目で苦情を述べるツァバト。いや、これはこれで、意外に可愛い……とか不覚にも思ってしまった。
そんな俺たちの様子を、上機嫌で見守っているルード。
「すっかりパパになってますね。これならタマさんの育成、安心してお任せできますよ」
「言われんでも、そのつもりだけどな」
「ええ。彼女がいま少し成長すれば、内部機能の更なるアップデートも可能になります。頑張ってください」
アップデートって。現時点でもタマはチートツールとして超強力なんだが、更に能力が上がるのか。
「将来的には、この世界の外側の事象にも干渉可能になるよう設計していますので」
世界の外側……亜空間や異世界にすら干渉できるようになるってか?
そりゃとんでもねーな。いったい何を目指してるんだ、このイケメン大精霊は。




