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085:癒しの燐光

 全身で風を切り、空中を疾駆する。

 案の定、フィンブルは魔法の詠唱をはじめている。おそらく瞬間移動。俺の斬撃が届く前に、さっさと逃げおおせるつもりだろう。そうはいかん。


 俺は素早くアエリアを抜き放った。直接斬るためではない。超音速の抜剣で衝撃波を発生させ、それをフィンブルへ叩き込んだのだ。


「────!」


 一瞬、フィンブルの顔に驚愕の色が浮かんだ。直後、真正面から衝撃波を浴びて、フィンブルは突風に舞う枯れ葉のごとく、空の彼方へと吹っ飛んでいった。手足をばたばたさせながら。


 さしもフィンブルも、こう遠い間合いからの攻撃は予測していなかったようだ。勇者なめんな。

 とはいえ、手応えは浅い。たいしたダメージはないだろう。できればこの場でぶち殺しておきたかったが、それは次の機会に取っておくとしようか。どうせまた、嫌でもどっかで会うだろうし。


 アエリアを鞘に収めつつ、ふわりと地面へ舞い降りる。

 そこへ、さきほどロックアームと戦っていたエルフどもが、大急ぎで駆け寄ってきた。三人。いずれもお揃いの茶色い革の外套をまとっている。どういう集団だ、こいつら。


 三人組は、やや距離をとりつつ、何かいいたげな顔つきでこちらの様子をうかがっている。かなり警戒してるようだ。無理もない。

 見たところ、いずれも若いエルフの男。どうせなら美少女とかのほうがいいんだけどな。


 アエリアが囁いてくる。


 ──ハニー、ヤッチマエー。


 こんな弱っちい連中、斬ってもつまらんだろうが。


 ──ツマンナイー。ゴロゴロスルー。


 また寝るのか?


 ──ネルネルネルネ。


 そうか。またなんかあったら起こしてやるよ。


 ──オヤスミノチュー。


 なにやら、もやーっとした黒い怨念みたいなものが俺の意識に流れこんでくる。おやすみのキスをイメージ化して俺の脳裡に投影したらしい。こんな不気味なおやすみのキスを経験したのは生まれて初めてだ。


「……あんた、何者だ?」


 誰何の声で、ふと我に返った。いかん、アエリアに気を取られて、目の前の連中を忘れてた。

 声をかけてきたのは、背の高い、ちょいと目つきの悪い男。あまりカタギっぽい雰囲気じゃないな。いままで見てきたエルフどもは、そこそこ品のいい連中ばかりだったが、こいつはそれまでと違って、どこかやさぐれた気配を漂わせている。


「おまえらの命の恩人さ。感謝しろよ? 助けてやったんだから」


 俺が応えると、男は険しい顔つきでこちらを睨み据えてきた。


「……あの岩の化物は、いったい何だ。あんた、知ってるんだろう」

「あれはフィンブルが作ったオモチャさ」


 途端に、男の顔色が変わった。


「フィ、フィンブルって、あのフィンブルか?」

「さっき俺がぶっとばしたのが、そのフィンブル本人だよ。ま、あれしきでくたばるタマでなし、どうせピンピンしてるだろうがな」

「……!」


 たちまち三人とも絶句したように顔を引きつらせ、その場に固まってしまった。以前聞いた話だと、フィンブルはエルフの森ではかなりの有名人だとか。こいつらもフィンブルについてはよく知っているはず。たぶん俺より詳しいだろう。


「な、なんでフィンブルが、わざわざ、俺たちみたいな湖賊を……」


 目つきの悪い男が、呆然とつぶやく。おや。もしかして、こいつらが、以前ルードが言ってた、北岸の湖賊とかいう連中か。


「あいつの考えなんざ、俺の知ったことじゃない。それより、仲間を放っといていいのか? まだ息はあるようだぞ」

「えっ……」


 俺が指摘してやると、三人は一斉に背後を振り返った。少し離れた地面に七、八人、似たような格好の連中が、血まみれで転がったままだ。いずれも虫の息だが、まだかろうじて生きている。


「しまった! や、やべぇ!」

「おい、おまえはあっちだ! 俺はこいつをやる! 急げ!」


 三人は慌てて手近な負傷者のもとへ駆け寄り、手分けして治療魔法をかけはじめた。だが、なんせ瀕死の重傷者ばかり。そう簡単にはいかないようで、手こずっている様子。


「お、おい、手伝ってくれよ! 手が足りねえんだ!」


 一人が焦り気味に俺のほうへ向かって言う。


「んー? それが人に物を頼む態度かー?」


 俺はあえて高圧的に応じた。こいつらが噂の湖賊だとして、それを助けてやることに、どんなメリットがあるか。はたして、こいつらに何らかの利用価値があるかどうか。それに、この手の無法者どもには、助けてやった途端に掌を返すような屑も多い。そのへんを今ちょいと値踏み中だ。


「わ、わかった! 礼はする!」


 目つきの悪い男が、治療魔法の輝きを手にまとわせつつ、必死の形相で懇願してきた。俺はなおも観察を続ける。まだ誠意が足りんな。


「──なんでもする! だから、助けてくれ! このままじゃ、アルもベラックもカンフォートも死んじまう!」


 ほう、一応、仲間のために頭を下げるくらいの人情は持ち合わせているようだな。では、せいぜい恩を売りつけてやるとしよう。


「なんでも……か。その言葉、忘れるなよ?」


 俺はその場で両手を前方にかざし、治療魔法の詠唱をはじめた。





 魔王時代はいざ知らず、人間の勇者となった現在、俺の魔力はさほど高くはない。それでも、治療魔法のような単純なものなら、問題なく使いこなすことができる。勇者として覚醒する以前からケーフィルに基礎を叩き込まれていたからな。賢者の石によって潜在魔力が極限まで引き出されているため、常人より多少は効果範囲や効力も高くなっている。とはいえ、極限まで引っ張ってその程度、というのが、かつて地上最大の魔力を誇った身としては、なんとも切ないところだ。

 俺の両手から治療魔法の白い輝きがほとばしる。そのまま、前方へ魔力をぐっと押し出して、直径十メートルほどの巨大な光球をつくりだし、負傷者たちの転がる一帯めがけて叩き込んだ。


 たちまち、目も眩むような燐光が、負傷者たち全員とその周囲を一気に押し包んだ──懸命に治療にあたっていた三人組もろとも。

「なんじゃこりゃあああ!」

「う、うわぁー!」

「うお、まぶしっ!」


 三人の喚き声が響くなか、治療魔法は効果を発揮し、負傷者たちの肉体を急速に癒していった。

 ほどなく、白い燐光は、ぱっと跡形もなく消え去った。タイムオーバーだ。いまの俺の魔力では、このへんが限度だな。負傷者どもも、まだ完治とはいくまい。だが、とりあえず動ける程度には回復したはずだ。


 やがて続々と目を開けるエルフたち。


「あ、あれ……治った……?」

「ううむ……だるい……」

「はにゃぁー……まだ生きてる」


 口々につぶやきながら、全員、その場からむっくり起き上がりはじめた。

 三人組は、しばし呆然とその様子を眺めていたが、状況を理解するや、急いで仲間たちに声をかけ、それぞれの回復具合を確認していった。


「おい、アル、大丈夫か?」

「ベラック、どうだ、立てるか? おいアベル、ちゃんと俺が見えてるか?」

「マンドー。ギリ。痛いところはないか? おお、そうか。よかった……!」


 どうやら問題ないようだな。負傷者全員、なんとか立ち上がって、ひとしきり安堵の言葉を交わし、互いの無事を喜びあっている。めでたしめでたし……って、おいお前ら、俺を無視するんじゃねえ。

 ややあって、例の目つきの悪い男が、あらたまった顔で、俺のほうへ歩み寄ってきた。他のエルフたちも、一様にこちらへ視線を向けている。


「……心から感謝する。俺はハッジス。よければ、名を聞かせてほしい」


 ハッジスとやらは、いまや畏怖の念すら込めて、俺を凝視している。よせやい、男に見つめられたって嬉しくねーぞ。


「アークだ。いっとくが、様を付けろよ? デコ助野郎ども」


 俺は傲然と言い放った。こういう無頼漢どもを御するには、最初が肝心だ。きっちり威圧して、礼儀を躾けておかないと。



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