845:タマ誕生
魔法陣から出現した、銀髪赤目の少女。
見ためや背丈体型は、ほぼ女子中学生ぐらい。
きわめて均整のとれた美貌。
しかも表情豊か。満面の笑顔で、俺の胸にガッシとしがみつき、頬をすり寄せてきている。
「パパ! ワタシノ、パパ! ダイスキ!」
声や口調はたどたどしいが、一応、話せるようだ。
で、どういう状況だよこれは! なんで俺がパパなんだよ! それも初手から好感度マックス状態!
なんなんだよこれは! 説明を所望する!
「ふぅ。どうやら、うまくいきましたね」
ルードが、やけにいい笑顔を向けてくる。まさに思惑通り! とでもいうようなイケメンスマイルを。
「正直、少々危ぶんでおったが、刷り込みは完璧だな。このぶんならば、問題あるまい」
ツァバトも、俺のそばで、満足げにうなずいている。かぼパン一丁の半裸で。だからなんで服着ねえんだよオマエは。いや今はそれはどうでもいいが。
「ようするに、インプリンティングだ。汝も聞いたことがあろう?」
と、ツァバトがドヤ顔で解説を加えてきた。
インプリンンティング。鳥の雛が、生まれて最初に目にした生物を「親鳥」として認識するとかいう、かの有名なやつか。
「その娘は、もう汝を親だと認識しておる。合成直後にそういう自発行動を取るように、あらかじめプログラムしておるのでな。この刷り込みが為された以上、もはや未来永劫、変更も消去もできん。よかったなぁ、パパ」
俺がパパなら、なすがママ……。
とかいってる場合ではないな。全然よくねぇ。いったい何が起こってるんだ、今、ここで。
「……順序正しく、わかりやすく説明しろ。まず、この子は何者だ」
かろうじて平静を保ちつつ、そう訊いてみると。
「完全物質ですよ」
さらりと、ルードが応えた。
「あらゆるプロテクトを完全に無効化する完全物質でありつつ、一定以上の知能と自律意思と学習能力を備えています。外見も中身も、限りなく人間に近い肉体構造ですが、代謝は人間と異なり、寿命はなく、永遠にその姿を維持します。そういうふうに作ってありますので」
「人型の、完全物質、だと?」
「そうなります」
ルードはうなずいた。
これまでにも、完全物質のバリエーションは色々見てきた。
最もシンプルなチートツールである賢者の石。
自律意思を備え、わざわざ侵入者をゾンビに仕立ててガーディアンとし、自分を守らせているエリクサー。
エルフの祖霊、森ちゃんの依り代となっている仙丹。その分身たる七仙なんてのもいるな。
しかし、女子中学生っぽい外見と肉体と意思を持つ完全物質、というのは、さすがにブッ飛びすぎてる……。
「さて、ここからは汝の仕事だ。まずは、そやつに、名前を付けてやるがよい」
ツァバトが横から告げてきた。
「名前?」
「いまはまだ、そやつは正体不明の謎物体でしかないからな。親である汝に命名されることで、はじめて、そやつは正式に、この世の従属物となり、その能力を発揮できるようになる」
はあ。そういうものかね。
いまも俺の胸にベッタリ貼り付いている、銀髪赤目の全裸女子中学生。
俺があらためて視線を向けると、あちらもひょいと顔をあげた。
至近距離で、目と目が合う。こうして見ても、たぐい稀な美少女だな。俺の分身から合成されたとは、とても信じられん。
「パパ。ワタシ、ナマエ、マダナイ」
「なら……」
一瞬、悩みかけたが、こういうのはシンプルなほうがよろしかろう。覚えやすいし。
「おまえは、タマだ」
と、俺は告げた。
俺の玉が材料だから、タマ。
とにかくシンプルにいこうかと。
「アークよ、さすがに、そのセンスは最低だと思うぞ」
ツァバトがぽそりと呟く。
だが。
「タマ! ワタシ! タマ! パパー! ワタシ、タマダヨー! エヘヘ、ナマエ、ウレシー! ワタシ、タマ! タマー!」
本人は大喜びみたいだ。
それはもう笑顔満開で、俺の胸に抱きついたり離れたり、その場でくるくる回ったり、また抱きついてきたり、実に忙しく喜びを表現している。あまり女の子がタマタマとかいうんじゃありません。
「なるほど。猫みたいで、いいじゃないですか」
ルードは、もう完璧に他人事みたいな顔で微笑んでいる。
「いま、こちらのデータを確認してみました。完全物質、タマ。こちらの世界では、特殊能力を擁する擬似生命の一種として分類、登録されています。すでに稼動状態となっていますね」
手許のスマホの画面を眺めつつ、ルードは納得げにうなずいている。俺が名前を付けたことで、新たな完全物質「タマ」が爆誕してしまった、と。
で、ツァバトもルードも、なんか大偉業をやり遂げた、みたいな顔してやがるが。
まだ何も終わってねえぞ。チーが死んだままだし。
「それで。このタマを、どう使うんだ?」
と、二人に訊くと。
「まだ手続きは済んでいません」
ルードが応え、ツァバトが続けた。
「命名の次は、汝の生体情報を、そやつに登録せねばならん」
「生体情報?」
指紋とかか? 眼紋なんてのもあるんだっけ。
「うむ。汝の、遺伝子情報の登録だ。すなわち」
ツァバトは、真顔で、おごそかに、こう告げた。
「(自主規制)だ」
いや、ちょっと待って?




