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843:響くオルガンの音色


 二本の巨大なガラスケースが並び、手前には魔法陣という謎の装置。

 複数の悪魔をそこに放り込んで無理やり合成するという、かの有名な、悪魔の人権蹂躙にもほどがある施設に似ている気もするが、あまりそこは触れないでおこう。そもそも悪魔に人権なんかないし。


 俺たちが今いるのは冷凍室の一番奥の、やけに広い空間。ただ冷気はここまで直接は届かないらしく、思うほど寒くはない。

 常人なら数分で全身凍って動けなくなるかもしれんが、俺にはちょいヒンヤリ感じる程度だな。ルードやツァバトにしても同様だろう。


「で、これから何を?」


 俺はルードに顔を向けて訊ねた。俺の胸にガッシリしがみついているツァバトは、もはやそういう装身具と考え、気にしない。


「まだまだ、下準備のようなものです」


 ルードは答えながら、なにかガチャガチャと機械を操作している。

 二本並ぶ巨大ガラスケースの一方には、俺の肉体から霊体ごと切り取った、それはそれは貴重なモザイク必須のグロい肉塊と化してる物体が、白い皿に載せられ、ケースの底に鎮座している。


 さすがに俺様の肉片だけあって、この程度の温度では、簡単には凍り付かないようだ。

 むしろ、なんか時々皿の上でビクンビクン蠢いてるような。本体から切り離されてるのに、まだあんな元気なのか俺様のアレは。活きがよすぎる。


 もう一方のガラスケースには、半透明の液体というか粘液というか、不凍液? なんか、そういう按配の液体が、半分ほど入っている。


「この液体は、エルフたちから抽出した髄液を魔力で処理したものです。どうです、生命力に溢れているでしょう」


 ルードは、にこやかに説明した。

 見た目だけでは、生命力がどうとかは感じられん。ちょい不気味な粘液だとは思ったが、まさかエルフの髄液とは……。


 使われたエルフは、おそらくここに収容されてる囚人や実験体のたぐいだろうが、それにしても何人ぐらい脊髄を絞られる羽目になったのやら。

 普段は爽やかイケメンのルードだけに、そういう猟奇的行為を平然とやってる姿はちょっと想像しにくいが、そんなイケメンが睡眠強盗や高利貸しをやってるところは、実際俺も見ているからな。ちょいグロ行為のひとつやふたつ、今更驚くにはあたらんか。


 さて。ルードがこれからやろうとしている作業については、もうおよそ予想がついている。


「まずは、これを完全物質にしてしまうんだな?」

「ええ」


 ルードはうなずいた。


「エルフは魔法種族です。彼らの髄液には、魔王や勇者の肉片を完全物質へ変化させる効用があるのです」


 どんな理屈でそうなるのかわからんが、少し前、実際にクララの体内に埋め込まれた初代勇者の肉片が、完全物質へと変貌しかけている様子を、俺もこの目で確認した。


「ただ本来それは、非常に時間のかかる工程なのですが、この装置ならば」


 ルードは、装置の脇に突き立っている小さなレバーを、カクンと引き倒した。

 突如、どこからか、オルガンの音色が、たおやかに響き始めた。なんだ? 壁面にスピーカーでも設置してんのか?


 二本のガラスケースが、同時に、ぱあぁっと黄金の光に包まれる。

 少し遅れて、手前の床に描かれた魔法陣が、激しい閃光を真上に放った。


 光が収まったとき――魔法陣の真ん中に、スイカぐらいの大きさの、赤黒い半透明な球体が鎮座していた。

 二本のガラスケースはカラッポになっている。


「成功です。まず、最初の段階はうまくいったようですね」


 ルードは、穏やかに微笑んで、魔法陣に乗っかる球体を眺めた。

 なるほど、あれが俺様のアレから変化した完全物質。


 本来なら何百年もの時間を要する工程だが、バイオスパコンの演算能力で通常の何兆倍という速度で処理を行い、一気に完成させたというわけだ。

 オルガンの音はまだ響いてる……というかこれ、まんまトッカータとフーガじゃねーか。どっかから怒られてもしらねーぞ。





 俺様由来の完全物質は、あっさり出来上がった。

 能力的には、いま俺が手にしている賢者の石よりワンランク上のものだ。おそらく仙丹と同等以上の生体干渉能力を持っているはず。だがこれでも、チーの生体情報にアクセスするには、まだ出力不足だという。


「そこで、彼の出番となるわけです」


 と、ルードが指さしたのは、壁面の一角、透明な円筒ケース内で冷凍保存されている人物。

 全身真っ白のカチンコチンに冷えてる二代目勇者の遺体。


 ついさっき、そういう話をしてたしな。あれを追加素材として合成することで、ようやく新型完全物質の完成となるわけだ。


「移動させるのか?」

「ええ。まずは彼を、こちらのケース内に移します」


 ルードは、二代目勇者が収まったケースへ右手を差し伸べ、さっとその腕を左へ振った。

 一瞬にして、二代目勇者の遺骸は、もとの円筒ケースから、さっきまでエルフの髄液で満たされていた左側ガラスケースの方へと、瞬間移動していた。まるで手品だ。


 ルード自身も瞬間移動能力を持っているからな。この程度の芸当は当然やってのけるだろう。

 それはいいが。


 いままでどうにか原型を保っていた二代目勇者の遺骸は、瞬間移動と同時に、がらがらと一気に崩れ落ち、すっかりバラバラ死体というか組みかけのプラモというか、そんな感じの惨状に。


「ああ、崩れてしまいましたか。もっとも、素材としての質には影響ありませんので、気にせず続けましょう」


 ルードは、なんとも楽しそうに告げながら、今度は魔法陣へ歩み寄り、スイカ大の俺様由来の赤黒い半透明球体を、片手でひょいと拾い上げ、宙へ放り投げた。

 半透明のタマタマは、空中に赤黒い軌跡を描き、カラッポになっていた右側ガラスケースへ、吸い込まれるように飛び込んでゆく。 ガン! ガララン! と、けたたましい音を立てて、俺様由来の球体はガラスケース内に収まった。


 いやルードてめえ、もう少し丁寧に扱えや! 俺のタマやぞ! そりゃあれくらいで割れるほど俺様のタマはヤワではないが!

 なんかこう、一瞬、とても切ない気分になったというか。分かれても俺の息子なんだなあ、とか。そういう。


「では、作業再開です」


 俺の微妙な心理など知らんといわぬげに、ルードは、爽やかに告げた。



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