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842:どこかで見た装置


 ツァバトが、それはそれはもう良い笑顔で差し出してきた錫の小壷。

 受け取ると、ほのかに温かい。そりゃ今の今までツァバトのパンツの中に収まっていたわけだしな……。


 蓋をパカンとあけ、中身をのぞきこんでみると。

 緑色とも茶色ともつかぬ、なんともおぞましい色あいのドロドロした不気味な粘液。


 匂いも凄まじい……青臭さと獣臭とケミカルっぽい臭気とか入り混じり、この世のものとも思えぬ不快臭を放っている。

 ……これを飲めと?


 一般人が飲んだら、薬効がどうとか以前に、普通に腹を壊しそうだ。

 俺はたぶん、そのへんは平気だろうが……どうにも不気味すぎて、少々ためらわざるをえない。


「さあさあ、遠慮はいらんぞ? 我の体液もたっぷり入っておるから!」


 ツァバトがニコニコ微笑みながら促してくる。だから体液ってなんだよ! いややっぱ知りたくない、聞かせなくていい! 飲めばいいんだろ飲めば!


「ぬううッ――」


 俺は覚悟を決めて、小壷に口をつけ、ぐいっ! と、一気に中身を呑み干した。

 その一瞬、鼻の奥をジンッ! と押してきたのは、俺様も良く知る匂い。


 偉大なるハーバーさんとボッシュさんが人工的な合成法を確立させ、人類の農業生産力を飛躍的に発展させた、あの物質の。

 つまりツァバトの体液とは――いや今はそんな考察どころではない。


 舌の端をかすめて、喉の奥へと流れ込んでいくのは、不快な酸味と苦味とエグ味と臭味の絶妙なる一大交響曲。

 こんなの人間が飲んでいいものじゃない。体内に入れるべきものじゃない。


 不味い、なんて言葉じゃ、到底足りない。常人ならこの時点で失神を通り越して絶命しかねんほどショッキングな物体。

 だが魔王であり勇者であり精霊である俺様が、この程度でくじけてよいものではない。


 つい衝動的に吐き出しそうになるのを必死にこらえながら、急速に薄れゆく意識をギリギリで持ちこたえ、どうにか、かろうじて、地獄の粘液を最後まで喉の奥へと押し込み、やっとの思いで、飲み干した。

 たちまち、全身に、ギュゥゥゥン! と、よくわからないパワーが駆け巡り、四肢に活力がみなぎりはじめた。


 ……失われていた霊力が、一瞬にして、ほとんど満タン近くまで回復しているのが実感できる。

 なるほど、さすがツァバトが作った霊薬。確かに効果は絶大だ。


 ただし精神的には、むしろ大ダメージを負わされた。

 ツァバトの体液……。


 飲んでしまったよ……。

 人として大事な何かを、またひとつ、喪失した気がする。


 こうやって人は、一歩ずつ、大人の階段をのぼっていくのかもしれないな。





 失ってしまった俺様のアレは……放っておいても、じきにまた生えてくるだろうが、せっかく体力も霊力も回復している。

 さっさと復元しておくとしよう。


 賢者の石のインターフェースを用いて、該当部位の存在フラグを確認……きっちり無くなっている。

 数値を書き換えて、本来の状態を復元……と。


 おお。戻った戻った。俺様の息子が、にょきっと生えてきた。感動の再会だ。


「おや。近頃流行の性転換でもすると思ったが、やらぬのだな」


 ツァバトが、ちょっと意外そうに呟く。


「それも面白いかと思ったが……やめておく」


 俺はため息をついた。

 たとえば女装男子のパッサなんかは、ツイてるけど、外見だけでなく細かい挙措まで、きっちり女の子している。


 容姿に加えて、育ちなんかも、そういうところに出るんだろう。俺にそんな真似ができるとも思えんのでな。

 あと、アイツあたりに白い目で見られそう、というのもある……。


 俺たちがそんなことを話す間に、ルードが冷凍室に入り、なにやらガチャガチャと、忙しない物音を響かせていた。


「汝から提供された新鮮な『サンプル』へ、これより特殊な物質転換処置を施すところだ。見物するか?」

「そうだな……どうせ、もう俺はやることないんだろ?」

「いや、まだ最後の大仕事が残っておるぞ」

「そうなのか?」

「そうだ。とはいえ、まだ少々時間がかかる。しばし待つがよい」


 俺様のアレを提供するだけでは済まないのか。

 まーいいや。そういうことなら、再び俺の出番となるまで、ルードの働き振りを見物するも一興。


「ではまず、我を抱っこするがよい」


 ぱっ、と両手を広げ、せがんでくるツァバト。


「なんで抱っこ」

「汝の胸に抱かれておると、妙に落ち着く」


 幾十億年生きてきた大精霊の台詞とは思えん。なんか、幼児の肉体に、精神まで引っ張られ始めてるんじゃないか?


「この甘えんぼさんめ」


 ツァバトの望みに応える前に、俺は、分解促進――いわゆるクリーンの魔法を発動させ、ツァバトのかぼちゃパンツを魔法で浄化してやった。俺の血でずいぶん汚れてしまっていたからな。


「ほう。微生物による急速分解を促す魔法か」


 ぴっかぴかになった白いかぼちゃパンツで、すっかりご機嫌な様子のツァバト。しかしなんでずっと半裸なんだ……。今更聞く気にもならんが。

 ツァバトの小さな身体を、ひょいっと抱きかかえ、俺は冷凍室へと戻った。


「ちょうど、これから作業を始めるところです。どうです、面白い装置でしょう?」


 ルードが、ちょい得意気なイケメンスマイルで俺を出迎えてきた。

 冷凍室の奥に、新たに大掛かりな装置が設置されている。


 ガラス製と思しき、人間の身長ほどもある特大の試験管っぽいものが、二本並んでいる。それらの底部は、ごつい機械類でがっちりと固定されていた。

 その底部からは、複数のコードが壁面に繋がっている。おそらく、外のバイオスパコンもどきと接続されてるんだろう。


 巨大試験管の一方には、俺様から切り離したばかりの、モザイク必須のグロ物質。

 もう一方には、よくわからんが、半透明の液体が入っているようだ。


 装置の手前の床には、大きな魔法陣のようなものが描かれている。

 なんか。どっかで見たな、この光景。


 魔法陣からビュイーン! と悪魔が出てきて、今後ともヨロー……とかいいそうなやつだこれ。いまにもBGMにトッカータとフーガが響いてきそう。

 確かに面白い装置だが、これで何をするのか。


 ともあれ、見物させてもらうとしよう。



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