841:壷の霊薬
俺様の大事な大事なアレを、さくっと切り落とした後。
ずっと起動させていた賢者の石を操作し、インターフェースにある「元に戻す」を選択。
さきほど一時的に大幅低下させた肉体強度、霊体強度が再度書き換わり、元の数値に戻った。
しかしよく見てみると、肉体の現在耐久値……ヒットポイントは俺の回復魔法で既に全快していたが、霊魂のほうの現在耐久値……スピリットポイント? については、めちゃくちゃ低下したままだった。
最大値は兆を超えていたのに、今は二桁ぐらいしかない。大ダメージにもほどがある。
どうも、アエリアの威力を見誤っていた可能性がある。まさかこれほどまで霊を「切れる」とは。むしろよく死んでねえな俺。
急いで賢者の石で耐久値を操作しようとしたが、エラーメッセージが出て、弾かれてしまった。
賢者の石の能力をもってしても、大精霊の霊体部分の現在耐久値を直接いじくることは難しいらしい。
プロテクトが突破できない、とかだろうか?
つまり肉体と異なり、霊魂のほうはダメージを負っても、即座に回復させる手段がない、ということになる。
じれったいが、じわじわと自然回復していくのを待つしかないようだ……。
ともあれ、やるべきことは終わった。
もそもそと服を着る。
……全身がダルい。肉体は健康でも、霊魂が瀕死の重傷。
日常生活にも支障が出るレベル。……さすがに想定外だ。こんな事態は。
「おお。終わったようだな」
ちょうど俺が着衣を終えたところで、背後のドアが開き、ツァバトが、とてとてと歩み寄ってきた。
「おっほー。これが、アークの……おおう」
ツァバトは、床に転がる血まみれのモザイク必須のグロい状態な俺様のアレの切り身を、まったく躊躇無く、小さな両手で拾い上げた。血がボタボタ滴っている。
「ふふふふ、きっちり、タマタマもついておるなぁ。うふふふふ」
モザイク必須な血まみれグロ物体を両手に乗せて、嬉しそうな笑みを浮かべて眺めている幼女。
なにこの状況シュールすぎる。なんでそんな楽しそうなんだよオマエは。心底興味深げに観察してんじゃねえよ。
「先輩。すぐに作業を始めますよ。サンプルは所定の位置に、お願いします」
ツァバトに続いて姿を現したルードが、これもやけに優美なニッコニコ顔でツァバトに声をかけた。
「任せておけ」
ツァバトは俺様の血まみれのアレを抱えて、また冷凍室へ戻っていった。
「アークさん、お疲れさまです。……どうしました? 顔色が悪いようですが」
ルードが、ふと真顔に戻って、俺の様子を見咎めてきた。
「少々、加減を間違えた。だが心配は無用だ」
と、俺は力なく、自嘲気味な笑みを浮かべて応えた。
セルフ宮刑による肉体的なダメージは、さほどでもなかった。すぐさま回復魔法を使ったことで、外傷もない。アレも綺麗さっぱり無くなったけど。
それよりも、アエリアの威力で霊魂を「切り」すぎた。いまの俺の霊体には、凡人以下の耐久値しか残ってない。
ようするに、実はいま、俺はほぼ死にかけてる。そりゃ顔色が悪いどころの騒ぎじゃない。
だが、チーを救うためと思えば、この程度の苦行など……。
「やはり、そうなったか。備えが無駄にならなくて何よりだ」
いつの間にか、また冷凍室から出てきたツァバトが、ぴょこっとルードの隣りに立った。俺様の大事なグロ物体は、もう「所定の位置」とやらに置いてきたのだろう。両手はまだ血まみれのままだ。
というか、「備え」ってなんだ? よもや俺様がこうなるのを見越して、対策を立てていたってことか?
たしかにツァバトの権能ならば、そういう予測も可能ではあるのだろうが……。
ツァバトは、いまだパンツ一丁の半裸のままである。
見てると、そのツァバトは、まず、いそいそと両手についた俺の血を、自分のパンツで拭った。うわ、白いかぼパンが血で汚れて……。せめてタオルかハンカチぐらい使えばいいのに。
さらに、両手をかぼパンの前面に突っ込み、ごそごそ探りはじめた。
いきなり、なにやってんだコイツ……。
どっかで見た絵面だと思ったら、サージャが魔法の四次元かぼちゃパンツを探って何かを取り出すときの、あの仕草そっくりだ。
コイツも、パンツの中に何か入れてたってことか……?
「おお、あった」
と、取り出したのは、鈍く光る錫の小壷。
「ほれ。汝、これに見覚えがあろう」
ツァバトは、俺の前に小壷を差し出して、にっこり微笑んでみせた。
……うん。これは数日前、森ちゃんから七仙を介して、ツァバトへの会員限定送料無料配達を頼まれた錫の小壷。だからなんの会員だよ! あれはいいものだ。
あの時点での中身は、たしか地下神殿エリュシオンの空間内にのみ自生している、特殊な魔法触媒の材料だとか、なんとか。
「あのとき汝に運んでもらったのは、エリュシオンに自生しておる『世界樹の若木』の葉なのだ」
ツァバトが告げる。ほほお。世界樹の葉とな。どんな効用か知らんが、なんだか凄そうだ。
「で。その貴重な世界樹の若葉を煎じて、この我の霊力やら体液やらをたっぷり注いで、じっくりことこと熟成させて、最強の霊薬に仕上げたものが、いまこの中に入っておる。こんなこともあろうかと、持ってきていたのだ。ぐいっと一気に飲み干せば、たちまち、汝の傷ついた霊魂を爽やかに癒すであろう」
……いまなにげに、体液つったか?
ツァバトが保障するほどなら、その霊薬、確かに効くんだろうが……。
詳しい成分、聞きたいような、聞きたくないような。




