084:魔法相性
濛々たる砂煙の彼方、ロックアームのシルエットの周囲で、赤や青の光芒が間断なく閃き瞬いている。何事か?
急いで駆け寄るうち、次第に状況が見えてきた。
ロックアームは、ただ無闇に暴れ回っていたわけではないようだ。
岩の巨人を取り囲む、複数の人影。四人くらいか。茶色い革の外套を着込んだエルフたちだ。周囲にはさらに七、八人、似たような格好の連中が、血まみれで地面に横たわっている。おそらく、ロックアームにぶん殴られたか、蹴とばされたか。
ともあれ、ロックアームと、この謎の集団とが、いま戦闘の真っ最中ということらしい。どちらかというと、ロックアームが謎の集団を蹂躙している、というほうが正確か。駅亭の柱は、その巻き添えでへし折られたんだろう。
エルフたちは、おのおの呪文を詠唱し、火炎や雷撃の魔法を繰り出して、ロックアームの巨体めがけ叩き込んでいく。ロックアームはそれらを平然と受け流し、太い腕をぶんぶん振り回して反撃する。最も近い位置にいたエルフが、その一撃をかわしきれず、あっさり殴り倒された。残り三人。
この時点で、俺はようやくロックアームの背後、五十メートルほどまで距離を詰めている。べつに謎の集団がどうなろうが知ったこっちゃないが、まずロックアームを潰さないと、フィンブルは姿を現さないだろう。
背後から飛び蹴りでも食らわせて、一撃で終わらせてやろう──と思ったが、ふと、ロックアームが、くるりと俺のほうへ向き直った。ほう、気付いたのか。
たちまち、ロックアームは俺めがけて突進してきた。それまで戦っていたエルフどもを無視して。これがまた、以前とは桁違いに動作が素早い。あっという間に俺との距離を詰めて、太い腕をブンッと振りおろしてくる。
俺はサイドステップで攻撃をかわした。ロックアームはすぐさま体勢を立て直し、続けざま殴りかかってくる。以前より運動性が格段に良くなっている。
ロックアームに置き去りにされたエルフどもは、呆気にとられたように、ぽかんとこちらを眺めている。どういう集団か知らんが、邪魔はするなよ。
俺はしばらくロックアームの攻撃をかわしつつ、色々と試してみた。背後に回り込めば、人間以上の反応速度でこちらへ向き直る。足もとに近寄ると、器用に膝を曲げて、シャープな蹴りを見舞ってくる。挙動が自然で無駄がない。関節もしっかり作り込まれている。
この短期間で、ロックアームはめざましい進歩を遂げたようだ。ここまで改良するのは並大抵ではなかっただろう。フィンブルの苦心が偲ばれる。
とはいえ。
俺はロックアームの胴体に、横ざま、飛び回し蹴りを食らわせた。ただ一撃でロックアームのボディはガゴンッと砕け散り、そのまま、ぐわらんぐわらんと音を立てて崩れていった。
しょせん、材質はただの岩。こんな無機物風情に遅れを取る俺様ではない。
砕けたボディのなかに、例の青い球体が姿をのぞかせている。俺はそいつを掴み取ろうとしたが──いきなり、パァンッ! と破裂し、跡形もなく消え去ってしまった。くそ、間に合わなかったか。
どこからか響いてくる拍手の音。慌てて振り向けば、倒れた駅亭の大屋根、その残骸の上に悠然と腰かけ、こちらを見おろす白衣のエルフ。
「いっやー、まいったまいった。今度は結構いい勝負ができると思ったんだけど。まさか、蹴り一発とはねえ」
相変わらず嫌味ったらしいニヤケ顔。
「……ずいぶん手の込んだ仕組みだな?」
俺が声をかけると、フィンブルは眼鏡をクィッと持ち上げ、ニッと笑った。
「動力源のことかい? いわゆる機密保持ってやつさ。部外者に渡すわけにはいかないからね。いや、心配はご無用。予備はたくさんあるから」
誰も心配なんぞしとらんわ。俺は軽く身構えつつ、さらに尋いてみた。
「で? また、ぱちもんゴーレムのテストにいそしんでたってわけか?」
「……ぱちもんとは失敬な。ちゃんとロックアームと呼んでほしいな」
少々ムッとした様子で応えるフィンブル。ほう、なんかその名前にコダワリがあるようだな。
「ゴーレムがモチーフなのは認めるけどね。ご先祖さまが残してくれた、ゴーレムに関する断片的な記録を寄せ集めて、見よう見まねで再現した技術さ。でも性能は、こっちのがずっと上のはずだよ」
記録の断片から、見よう見まねでゴーレムを再現しただと?
その記録とやらがどんなもんか知らんが、所詮はエルフが残したもの。魔族の秘伝であるゴーレムの製造法を、そう詳しく把握していたはずがない。つまり、そのゴーレムに関する記録は、ロックアームの表面的なモチーフにすぎず、中身は実質、ほぼフィンブルの独自技術ということになる。
それが事実とすれば、さすがに少々驚きを禁じえない。このイヤミメガネ、実は途方も無い天才なんじゃなかろうか。ムカつくけど。
「ま、そんなことより……」
フィンブルは、またもニヤッと笑った。
「ぼくが気になるのは、なんできみがゴーレムを知ってるのか、ってことだね。僕でさえ、ゴーレムについて大した知識は持っていないんだ。なのに、地下育ちの人間が、なんで魔族の、それもとっくに時代遅れの魔導兵器について、そんなに詳しいんだい?」
意外に鋭いところを突いてくるな。歴史に詳しいルミエルも、ゴーレムについては知らなかったぐらいだし、そこに不審を抱くのはわからんでもない。しかし、ここで魔王カミングアウトはさすがに早すぎる。適当にはぐらかしておこう。
「説明したところで、お前には理解できんさ。勇者ってのは、そういうもんだ」
「へえ……? そんな知識が、勇者には先天的に備わってるっていうのかい?」
「そのへんは勝手に想像しろ。それより、もう少し聞きたいことがあるんだがな。そのロックアームとやらのことで」
少々強引に話題を変えてみる。フィンブルはあっさり食いついてきた。
「なんだい? ロックアームについての質問なら、なんでもお答えするよ。機密に触れない範囲で、だけどね」
嬉々として応じるフィンブル。よっぽどロックアームに思い入れがあるらしい。邪気の塊みたいな気配の持ち主のくせに、こういうときの顔つきは妙に無邪気だ。
「さっき、こいつは攻撃魔法を完全に弾いていたな。どういうわけだ?」
俺の蹴り一発でバラバラになるほど脆い割に、強烈な攻撃魔法を雨あられと食らっても、ロックアームは平然としていた。これはどんなカラクリなのか。
「へえー、そこに気付くなんてねえ。いや慧眼慧眼」
フィンブルはニヤニヤ笑ってうなずいた。本当に、なんでこういちいち嫌味ったらしいんだ、こいつは。
「実は、表層に特殊なコーティングを施してあるのさ。魔法相性ってあるだろう? あれを応用してね」
「ほう……?」
よく知られた事柄として、四種族のうち人間をのぞく三種族には、魔法相性というものが存在している。翼人はほぼ魔法を使えないが、魔族の魔法に耐性がある。ただしエルフの魔法には滅法弱い。魔族の魔法は翼人には効かないが、エルフには十分な効果がある。エルフの魔法は翼人には絶大な効果を発揮するが、魔族には一切通じない。人間には、とくにこういった相性はない。
「……つまり、魔族の魔法相性をコーティングした、ってわけか」
俺が答えると、フィンブルはまたも、ぱちぱちと拍手してみせた。
「正解! よくできました。いやー、さすがだねえ。あ、具体的な方法までは教えないよ。企業秘密ってやつでね」
フインブルは、再びクイッと眼鏡を持ち上げた。
「ま、今回は、きみを待ち伏せついでに、そのへんのテストも兼ねて、わざわざこんな辺鄙なところまで出向いたんだけどね。おかげで有用なデータをたっぷり取れたよ。前回に引き続いてのご協力、心から感謝する」
どこまでも鬱陶しい奴だ。少々イラついてきたな。
「べつに協力してやったつもりはない。誰であれ、俺に牙を剥く奴は、ただではおかん。それだけだ」
俺はアエリアの柄に手をかけ、ざっと身構えた。いいかげん、問答にも飽きてきた。わざわざ待ち伏せしてまで、一度ならず二度までも、この俺様にくだらんオモチャをけしかけてきた罪、そろそろ償ってもらわんとな。
「おや、何が気に食わないんだい? どのみち、まだまだ未完成の試作品程度で勇者をどうこうできるなんて、ぼくも思っちゃいないよ。あくまでテストの相手を務めてもらいたいだけさ」
「それが気に食わんと言ってるんだろうが。──アエリア!」
俺はアエリアに呼びかけつつ、地を蹴った。
──ハイヨー、シルバー。
馬かよ。
俺の跳躍と同時に、アエリアが飛行魔力を解放した。重力の束縛を脱し、一気に身体が軽くなる。
そのまま滑るように宙を駆け、俺はフィンブルに迫る──。




