838:勇者に捧ぐもの
魔王はこの世界の天然物であり、ルードがいうところの「土着の神霊」という表現が一番近い。
魔王は強い。魔王に統べられた魔族は、他種族を圧倒し蹂躙する。
これでは世界のバランスが取れない、と考えたのが、最古の四分霊シャダイ。
魔王があまりに力を持ちすぎたとき、これをピンポイントで討ち取り、世界に再び均衡をもたらす存在が必要ではないか。
そういう意図をもってシャダイが手ずから構築した、魔王絶対殺すシステム。
それが勇者だ。
現在までに、この世界に出現した勇者は三人。三代目はもちろん俺様。
初代については、あまり詳細はわかっていない。初代魔王と戦い、これを討ち取ったのが、今からおよそ六千年前ぐらいだとか。
出自はまったく不明。どうも人間よりもエルフと、より深い友好関係を築いていたようで、その事跡はエルフの森にて細々と語り告がれてきたようだ。
ただ一方で、初代勇者は魔王討伐後、親交のあったエルフの長老によって刺し殺され、遺体は厳重に保管されてきた……という取沙汰もある。これも詳細は不明だがな。
やがて、その初代勇者の死体を、あろうことか完全物質の素材とすべく、細かく切り刻んでエルフの肉体に移植するという、イカレた野郎が現れた。
そう、ルードだ。
いわゆる六将だの八部衆だのいうエルフの部将どもは、全員その被験体である。
彼らはルードによって体内に初代勇者の肉片を埋め込まれ、完全物質を生体培養するというイカレポンチな実験につき合わされ、しかも成功している。
魔王の肉体と霊魂から完全物質が作れるなら、勇者もイケるのでは? というルードの仮説の正しさが、これをもって証明されてしまった。
今でもクララやレマールの体内で、完全物質の核のようなものがすくすく育っているという。
そんなルードであるから、初代ばかりか二代目勇者の骸まで、こっそり丸ごと完全保存していたとしても、あながち驚くほどのことでは……いや、やっぱ驚くわ。そもそもどういう事情でこんなことになってんだ。
二代目勇者については、むしろ魔族の側で少しばかり記録が残っている。当時、直接敵対していたスーさんはいまも魔王城に健在だしな。
魔族にとっては、エルフとの大戦の最中、それもエルフ側の反撃に苦戦しているところへ、いきなり魔族軍の脇腹を突く形で参戦してきたのが二代目勇者だ。
完全な不意打ち。しかも勇者は魔族や魔王への特効能力を持つ。最初から魔族に勝ち目はなかった。
二代目勇者は怒涛の勢いで突き進み、当時の魔族側最強戦力だった天魔将軍アエリアを一蹴し、そのまま二代目魔王も討ち取って、王都へ凱旋した。
その後、二代目勇者が辿った運命は悲惨だった。魔王を倒したことで、あらゆる特殊能力を喪失した二代目勇者は、当時の人間側の王家によって謀反の冤罪をかけられ、あっさり処刑場の露と消えた。
狡兎死して良狗煮らる――こういう話はどこの世界でもあるものだな。
魔族の密偵が詳細を探り、ひそかに旧魔王城へ報告をもたらしたとき、当時の魔王妃……夫を勇者に討たれて未亡人となっていた「氷獄の女王」レリウーリアは、こう呟いたという。
「ざまぁ」
……二代目勇者の末路について、よほど人間の王家にとっては都合が悪いのか、関連記録をことごとく隠蔽抹消しており、実際に戦った魔族側にのみ、幾分かの記録が残った。
ただ、死後どうなったかまでは、さすがに魔族のほうでも把握していなかったのだが……。
「彼はですね。公開処刑で打ち首になった後、アレーシ川沿いの不浄塚……罪人用の墓場に、首も胴も雑に打ち捨てられていまして。これはよい拾い物と、腐りはじめる前に私が回収保存しておいたわけです。ですので、首は繋がっていないんですよ。糸で縫いつけてあるだけでして」
機嫌よさげに語るルード。無駄に生々しい。
さらにルードがいうには、実は二代目勇者本人だけでなく、その家族血縁、三族まで、全員処刑されたんだとか。いわゆる族滅ってやつ。
当時の人間の王家って、魔族よりよっぽどエグいことやっとるな。ここまでくると、単なる利害だけでなく、憎悪とか怨念レベルの情念みたいなものを感じる。なんでそこまでして二代目勇者を貶めようとしたのやら、さすがに少々俺の理解を超える。
……いや、当時の事情はさておき。もう過ぎたことだし。
重要なのは、この悲劇の勇者の遺骸を、ルードが回収した理由。その目的だが。
「初代の勇者は細切れにしてしまいましたが、こちらはなるべく原型を保った状態で、より強力な完全物質にできないものかと、あれこれ試していたのです」
生前の姿をとどめたまま……いわば勇者の立像の形で、完全物質を生成する、と。そんな実験をやっていたようだ。
もう発想が常人のそれじゃない。いやこいつ常人じゃなかったわ。
どうにも、俺にはちょっと付いていけんな……。
「理論上、ある特殊な触媒を用いることで、それは可能との結論に到達しました。ただ、触媒の調達もなかなか難しいのですが、それ以上に、従来のやりかたでは少々時間が掛かりすぎてしまうという欠点がありまして」
「どれくらい掛かるんだ?」
「このサイズですと、ざっと六百年ぐらいですかね。初代魔王によるエリクサーや仙丹の製作期間がだいたい千年くらいですから。ようは構成物質を炭素から珪素に変換しつつ、内部に積層構造の魔術回路を構築していくわけですが、その圧縮と書き込みの作業は、サイズが大きくなればなるほど、余計に時間が掛かってしまうわけです」
六百年か。大精霊の感覚では、さほどの時間でもあるまいが、人類にしてみればとんでもなく長い。エルフの寿命ですら四百年くらいだしな。
「そこで! 我の開発した演算装置の出番というわけだ!」
突如、俺の胸元で声をあげるツァバト。ものすっごいドヤ顔で。そういう顔も実に可愛らしい。可愛らしいけどなんかイラッとくる。
とはいえ、なるほど。本来ならルードが自分でこちょこちょ計算しながら手作業でやってた物質変換と魔術回路の構築を、例のバイオスパコンもどきの演算能力で高速処理してしまおうというわけだな。
「ええ。ツァバト先輩のおかげで、時間的な問題は既に解消しました。あとは、触媒ですが」
ルードは上機嫌な微笑を、俺に向けてきた。
「アークさんのお肉と霊魂、ちょっと削らせてもらってよろしいですか?」
やっぱりそう来るかよ……。現役魔王の部位が触媒になるってわけだ。
「具体的には、どのへんを削るんだ」
と訊くと、ルードは爽やかに答えた。
「生殖器です」
あっさりヒデェことを抜かしやがった。俺様にTS美少女にでもなれと?
そりゃ、そのうちまた生えてくるけどさぁ……。




