表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
838/856

837:よく冷えてるやつ


 大型演算装置。完全物質高速生成アプリ。完全物質の発明者たる魔王。

 この三点、いままさに、ここに揃っている。


 といっても、完全物質の発明は、俺様の二代前、初代魔王の仕事であって、俺とは無関係。

 ……ではない。


 魔王には、この世で魔王にしか行使しえない、魔王固有の特別な力が備わっている。

 それは誰に教わらずとも、魔王の魂が知っている、魔王だけが持つ力だ。


 魔族を従える力。

 魔族という、この世界本来の摂理から落ちこぼれた、歪み迷える諸霊を導く力。


 魔王の存在は、魔族の肉体と精神に直接影響を与える。

 魔王が是とせば是、非とせば非。


 魔王の意思と力は、魔族一体一体の肉体と精神に、程度の差はあるが必ず反映される。

 いわば、魔王は、魔族という巨大生物の脳味噌のようなものだ。


 かつて魔王不在の時代、魔族が急激に弱体化し、滅亡寸前の憂き目をみたのも、こういう事情による。

 魔王はいかにして魔族を思うままに従えるのか。その具体的な機序を知る者もまた魔王をおいて他にいない。


 魔王は、とくに意識することなく、魔族らの肉体と精神にリアルタイムで介入し、その行動を律している。

 それもほぼ常時、無意識に、全ての魔族へ同時にそれをやっている。


 ゆえに魔族は例外なく魔王の意のままになる。

 魔族といえども生物である。たとえ殺しても死なないアンデッドだって、死んでなければ生きている。なにを言ってるのかよくわからんかもしれんが、実は俺もよくわからん。


 とはいえ生物である以上、他の有機生命体と同様、魔族の生体データもプロテクト領域内に格納されている。

 四分霊はこれに介入できないが、魔王にはそれができる。


 他のいかなる上位存在でも模倣できない、魔王だけに備わる権能である。

 ……俺自身、いまもそうやって魔族を従えている。肉体や容姿でなく、魂に備わっている権能だからだ。


 おそらくこの先、俺が肉体を完全に捨てて精霊と化しても、この権能が失われることはないだろう。

 俺の魂とは、そもそも何者なのか……そのへんについても、近頃、色々と思い出しつつあるが、今はそこは本題ではない。


 魔王も四分霊と同じく、実はチート持ちであり、しかも魔族限定とはいえプロテクト領域を突破する権能がある、という点が重要だ。

 魔族にそういうインチキ操作ができる魔王ならば、頑張れば他の種族も、操れちゃったりするんじゃないか?


 という発想で、頑張ってみたら、本当にそういうアイテムができてしまった。

 それが初代魔王が作り出した、三大完全物質である。


 魔王自身の能力と四分霊の権能、その両方のイイトコ取りができるようになっており、生物無機物問わず、プロテクト領域をも無視して、万物のデータをいじくり放題という夢の逸品。

 しかも魔王じゃなくても使えるし、様々なプログラムを放り込むことで自律稼動すら可能になる。


 だが問題もあった。

 素材である。


 初代魔王は、自分自身の霊魂の一部を、ある肉体部位ごと、すっぱり切り離して、特殊な硬化処置を施し、素材化した。

 肉体については、どうせどこを切ろうが、すぐまた生えてくるし、霊魂を少々削ろうと、それも時間さえあれば回復する。なんせ魔王だから。


 そのきわめて特殊な素材へ、莫大な魔力を圧縮して押し込みつつ、膨大な計算に基づく複雑精緻な超小型集積魔法陣……いわゆる魔術回路を形成し、さらに物理干渉用のインターフェースを構築、実装することで、完全物質いっちょう上がり、となる。

 三種の完全物質、製作開始から、完成までの所要時間、約千二百年。


 理屈はそう複雑でもないが、実際やるとなると、とんでもない時間が掛かっていた。

 ようするにエリクサーも仙丹も、もとは初代魔王の霊魂と肉体の一部だったりする。


 後に、ルードが、魔王ではなく、大精霊シャダイが作り出したアンチ魔王システム……すなわち「勇者」の遺骸からでも、劣化版ながら完全物質を製作可能であることを突き止め、その研究を始めることになるが、それは初代魔王の時代からずっと後の話である。

 ……ここまで状況を整理して、ようやく、ここで俺のやるべきことが見えてきた。


 ツァバトが俺をここに連れてきたのは、俺の霊魂と肉体部位を素材として採取するため。

 それで新たな完全物質を作り出そうというのだろう。


 その完全物質のチート能力を用いて、現在絶賛死亡中のチーを蘇生させようというわけだ。


「なにせ、あのオーバーロードは、この世界においても少々特殊な存在でな。汝らの権能はおろか、従来の完全物質でも、あやつの生体データにはアクセスできん。ゆえに、より強力な完全物質が、新たに必要になるのだ」


 そうツァバトは告げてきた。

 前々から気になってたが、ツァバトが、チーのことをわざわざオーバーロードと呼ぶのはなんでだろうな。


 なんか理由があるんだろうが、どうせ直接聞いてもはぐらかされるだけだろう。いずれ明らかになる日が来るんだろうか。

 ともあれ今は、そのへんの余事はおいて、チーの蘇生を最優先に考えねばなるまい。





 横から、ルードが補足を入れてきた。


「実はですね。アークさんから採取できる部位だけでは、新しい完全物質とはなり得ません。他にも必要なものがありまして」

「というと?」


 と訊くと。


「さきほど言ったであろう。ルードが製作した、特別な完全物質が、ここに保管されておると」


 ツァバトが応えた。


 ああ……確かに出発前、そんなことを言ってたな。それが追加素材として必要になるってことか。


「奥の間に、もう用意してあります。こちらへ」


 ルードが、再び俺たちの先に立って歩きはじめた。

 黒い巨大な鉄製筐体がずらりと並ぶ生体スパコンの脇を通って、この広い空間の奥へ。


 ツァバトはまだ俺の胸にしがみついたままだ。どうせ飽きたら離れるだろうし、もう放っとくしかない。

 空間の奥、向かって右側に、まるで体育館の資材置き場かなんかのような、両開きの扉がある。


 ルードが前へ立つと、扉が勝手に左右に開いた。


「ここです。お入りください」


 促されるまま、部屋へ。

 内部はやけにヒンヤリと……って、いやこの室内、めちゃくちゃ寒いんだが!


 冷蔵どころか、冷凍庫だこれ!

 室内は薄暗かったが、ルードが魔力球を作り出して周囲を照らした。


 なんだか標本室のようだ。それも小動物だの、よくわからない生物のモツっぽい物体だのが、円筒形の透明ケースに冷凍状態で収まっている。


 そんな透明ケースが左右の壁際にずらりと並んでいた。


 つまり、ナマモノの冷凍保管庫か。ここは。


「……これです」


 室内の一番奥に、ひときわ大きな円筒ケースが屹立していた。

 その中に収まっていたのは、どうも人間の全身全裸の標本っぽいモノ。


 なにせ真っ白に冷凍されていて、詳細はわからん。こりゃよく冷えとるわ。

 性別は男、背格好は俺とあまり変わらんようだ。


「これは、アークさんの先代……二代目勇者の遺体です」


 ルードは、さらりと告げた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ